233.ロードワームと死者の魂
影で編んだハーネスにより、ニャルヴィオンの外へとつり出されたトウマ。
「ぴぴぴぴぴぃ」
「はいはい。お父さんはお仕事ですから、いってらっしゃいしましょうね」
「ぴぃ~」
ちゃっかりと配偶者ポジションについたレイナはともかく。
トウマは、自らの役割をしっかりと理解していた。
「分かった、シア。遠慮なく、血を吸ってくれ」
「違うわっ」
驚くべきことに、誤解だった。
「……違うのか?」
「妾とて、時と場合はわきまえておるわっ」
それはつまり、余裕があれば吸いたいということになるのではないだろうか。
だが、トウマは疑問を無視した。ロードワームが地上へ這い出てきている以上、そんなことをしている場合ではない。
自然と、視線が下へ向く。ゆえに、ミュリーシアの頬が微妙に赤らんでいることには気付かない。
「じゃあ、俺はなにをすればいいんだ?」
「ほれ、敵を弱らせるスキルがあったであろう。妾のほうは、少し時間がかかるゆえな」
「そういうことか」
つまり、ロードワームとやらを足止めすればいいらしい。
なら、簡単だ……とは言えなかった。ピヨウスに魔力を補充したため、残りは心許ない。
「魔力を40単位、加えて精神を10単位、体力を40単位。理によって配合し、衰亡の運命を導く――かくあれかし」
それでも、断るつもりはなかった。
「《コラプスフェザー》」
スキルが完成すると、今度は砂漠に羽根が降った。
黒い、黒い。
柔らかそうで不吉な羽根が。
物理法則を無視して、黒い羽根がロードワームの巨体にまとわりつく。
身をよじるが、はがれず。さらに、降り積もっていく。
衰弱と衰微と衰亡と。
負の生命力がロードワームに取りつき、その場から動けなくなる。まるで、塩をかけられたナメクジのようだ。
タガザ砂漠における災厄の象徴が、見る影もない。
自然災害を食い止めたのと、同義。
けれど、トウマに誇る様子はない。いつも通りの自然体。
「シア、これでいいか? しばらくは、大丈夫だと思うが」
「うむ、助かる」
トウマを影で編んだハーネスでつり下げたまま、ミュリーシアが赤い瞳を閉じた。
「ちまちまとやるのは、性に合わぬ。一気に終わらせるとするかの」
トウマの詠唱が始まる前から、精神集中して準備していたのだろう。
ドレスからだけでなく、周囲の闇が集まり凝り固まっていった。
杭ではない。
現れたのは、十字架。
磔刑に用いられる、不吉にして神聖なる象徴。
「征くが良い」
ミュリーシアが、目を開いた。
同時に、影で編んだ巨大な十字架が落ちていく。
《コラプスフェザー》で動きの鈍ったロードワームの頭上へと落ちていく。
花びらよりも、ゆっくりと。
不可避の運命のように、確実に。
ロードワームに、逃れる術はない。
十字架が沈み圧迫し砕き押しつぶす。
圧倒。
瓦解。
圧壊。
崩壊。
地上に達した十字架が崩れ、黒い半球状の光が砂漠に生まれた。
黄昏に出現した、黒い太陽。
あまりにも神々しく、人知を越えた光。
痛いまでの静寂が、世界を支配した。
トウマが、影で編まれたハーネスに吊されながら
「ブラックホール……?」
「なんじゃ、それは?」
「光も飲み込む、重力の塊みたいな?」
「共犯者の世界は、時折とんでもなく恐ろしいものが出てくるのう」
「似たような現象を引き起こしたシアも、とんでもないと思うんだが……」
とはいえ、恐怖はない。畏怖も感じない。
あるのは、ミュリーシアはここまでできるのかという感心だけ。
「まあ、よく分からぬがそこまでではあるまいよ」
「とりあえず、集団暴走は収まったということで良さそうだな」
黒い十字架が崩壊した余波だろうか。耳なりのようなものを感じて、トウマが少しだけ話しにくそうにしつつ言った。
「生き残りのサンドワームがいたとしても、さっきの黒い十字架で一緒に潰れているだろうし」
「収まったっていうよりは、無理やりぶん殴って言うことを聞かせた感じですけどね」
「他に方法はなかっただろう」
「悪いとは言ってないですよ。お疲れ様です、ミュリーシア」
ニャンコプターモードのニャルヴィオンから、レイナがいたわりの言葉をかける。ベーシアは無言で親指を突き立て、モルドとステカは目が虚ろだった。
「なに、これでようやくまともに話ができるというものよ」
「どんな話をしても、言うこと聞いてくれちゃいそうですけどね」
「いわゆるひとつの砲艦外交ってやつ? ガツンと殴ってから話し合いとか、実に文明的だよね!」
「話……か」
結果として脅迫のような形になってしまった。
そのことにミュリーシアは、拗ねた子供のような表情を浮かべる。
だが、トウマはそれに気付かなかった。
というよりは、ロードワームが圧壊した後から聞こえていた耳鳴り。
その正体がやっと分かり、そちらに集中していた。
「……未練があるのか」
それはそうかと、トウマはうなずいた。
直接見たわけではないが、満たされた死に様ではないのは想像に難くない。
「一人一人と、というわけにはいかないが……」
魔力は心許ない。だが、契約は可能だろう。
「シア、ロードワームのところに下ろしてくれ」
「ほう。なにやら、面白いことになりそうだの」
期待に満ちた表情で、ミュリーシアがにんまりと笑う。
脅しになっていたことを気にしていた様子は消え、すぐさまトウマの要望に応えた。
「あっ。あたしたちも行きますよ!」
「にゃ~」
ニャンコプターモードのニャルヴィオンと一緒に、爆心地へと下りていく。
そこは、極めて陳腐だが有り体に言って地獄だった。
ただし、コミカルな。
まとめて、ぺしゃんこ。ロードワームもただのサンドワームも。有象無象の区別なく、等しく平面になるまで押しつぶされている。
血臭も死臭もしない。
わずかなそれも、すべて砂漠の乾いた風が吹き散らしてしまっていた。
いずれ、砂が堆積して存在を覆い隠してしまうだろう。
圧縮され、ガラス化した砂の大地も一緒に。
「ぴぴぴぴぴ~」
「くっ、ひよこなのに速くないです?」
ピヨウスがニャルヴィオンから飛び出して、トウマへ走り寄っていく。
すさまじいスピードだ。
レイナは諦めて、レッドボーダーのゆりかごではしゃぐマテラを連れて砂漠をゆっくり歩くことにした。運動は、緑の聖女の本分ではない。
それとは対照的に、砂漠を駆ける影があった。
「ミュリーシア様! ミュリーシア様ああぁぁぁあああっっ!」
タチアナが、砂煙を立ち上らせながら走ってくる。フードが外れ、赤い髪以外はミュリーシアとそっくりな顔が露わになっていた。
その背後から、砂漠の民たちも近付いてくる。
喜びの表情に、畏怖の仮面を被せて。
本心で言えば、今この場でひれ伏したかっただろう。
タガザ砂漠の真の支配者が何者か。彼らは、身を以て実感したに違いない。
「妾の共犯者にやることがあるゆえ、しばし待つが良い」
「はいっす!」
待てをされたことに不満を抱くどころか、命令されてうれしそうに飛び上がった。
「あそこまで、おかしな娘だったかな……。おかしな娘だったわ」
さすがに、妾の共犯者という呼び方には反応すべきではないだろうか。
これには、ベーシアですらも困惑気味だ。
そんな外界の騒ぎは気にも止めず、トウマは険のある瞳をロードワームのぺしゃんこになった巨体へと向ける。
「我は、死者の声を聞く者。その未練と歩む者。死霊術師、稲葉冬馬が希う。汝の願いを、我が心に届け給え」
応えはない。
だが、焦らない。
もう一度、愚直に繰り返す。
「我は、死者の声を聞く者。その未練と歩む者。死霊術師、稲葉冬馬が希う。汝の願いを、我が心に届け給え」
ぼうっと、不毛な砂漠に青白い光が灯った。
最初は、ひとつ。
やがて、いくつも地面から浮き上がってきた。
完全に日が沈んだ砂漠に出現したイリュージョン。
その美しさに、誰もが息を飲む。
だが、それはまだ早い。
ぼんやりとした光は、やがて形を変た。
人の形へと。
上半身は人間、下半身は蛇のセタイトがいた。
モルドのようなハーフエルフがいた。
頭頂部から目立たない角を生やしたハーフオーガがいた。
首筋や手の甲に鱗のあるハーフドラコニュートがいた。
ただし、すべて半透明で希薄。
トウマには見慣れた存在、ゴースト。
「お、おお……」
家族や友がいたのか。砂漠の民たちから、驚きと感動と哀しみの声が聞こえてきた。
死霊術師だけに聞こえた耳鳴りの正体。
それは、死者の声。
哀れに押しつぶされた、ロードワームやサンドワームのではない。
砂漠の民の魂だった。




