023.レイナの決意
秦野玲那は、稲葉冬馬の幼なじみである。
それに比べたら、異世界人だとか緑の聖女だとか。そんな肩書きは、まとめてゴミ箱に叩き込む手間さえ認められない。
「は? あたし聖女ですよ?」
けれど、その地位を笠に着て要求を通すことにためらいを感じることもなかった。
なにしろ、他でもないトウマのことなのだ。他のことならば多少は妥協できても、これだけは絶対に譲れない。
「それなのに、勇者の動向を教えられないってどういうことですか? へそを曲げますよ?」
神殿というよりは、まるで王宮のような一室。
派手さはないが、どの調度も品良くまとめられた光輝騎士の執務室でレイナは教導役へと詰め寄った。
「レイナ、何度来られても答えは同じです」
その聖女からの要求を受けるのは、光輝騎士ヴァレリヤ・イスフェルト。
金髪碧眼。怜悧な美貌は、聖女に迫られても揺るがない。教団が奉ずる聖女にして生徒であるレイナを、正面から見つめた。
光輝教会の重鎮。若くして輝士団の副団長を勤める才媛は、噛んで含めるように伝える。
「勇者トウマ・イナバは、非常に秘匿性の高い任務に従事しています。その詳細は、たとえ緑の聖女であるあなたにも伝えることはできません。従前から、そう言っているとおりです」
「何度も聞いてますよ」
着崩した制服を直すこともなく、堂々とした態度でヴァレリヤへ迫る。
「それなのに、あたしが要求している。そのことを、考えたらどうです?」
「それも考慮に入れた上での回答です。他に、言えることはありません」
「他人を異世界から拉致っておいて、よくそんなことが言えますね?」
「その点に関しては、いかようにも謝罪しましょう。しかし、その後は自発的に協力いただいているものと信じていますよ、レイナ」
ヴァレリヤの、氷のような美貌は突き崩せそうにない。
サイドポニーにして緩く巻いた髪に手をやり、レイナは一足飛びに切り込んでいった。
「モルゴールが“陥落”したことぐらいは、あたしも知っているんですけど?」
「ええ。多大な犠牲を払った末の偉業です。実に誇らしく思っています」
公式見解をオウムのように繰り返すヴァレリヤ。
その態度が気にくわなくて、レイナの追及も自然と鋭くなっていく。
「今までずっーーーと負け続けてたのに、急に攻略とかおかしくないですか? おかしいですよね?」
トウマが関係してるのは分かっているのだ。大人しく情報を寄越せ。
カラコンを入れているためやや緑がかった二重の瞳で、レイナは執務机に座るヴァレリヤを見下ろす。その視線は、噴火間際のような揺らめきを伴っていた。
けれど、光輝騎士の美貌を1ミリたりとも傷つけることはできなかった。
「聖剣軍の努力と、我らが神の加護の賜物でしょう」
「つまり今までは努力不足で、中途半端な加護しか与えられなかったわけですね? よくそんなの信じる気になりますね? 綺麗なのは外側だけで、中身は空っぽですか?」
モルゴール攻略に乗り出した聖剣軍の被害は甚大。陥落させても維持まではできず、撤退しているとも聞いている。
トウマがそれに巻き込まれたのではないかと心配で、レイナの舌鋒も自然と鋭くなった。我ながら口が悪いという認識はあるが、それを悪いとは欠片も思っていない。
トウマ以外にどう思われても、大した問題ではないから。
「神は乗り越えられぬ試練は与えられぬもの。翻せば、我らへの信頼の証でしょう」
「最初に神様をぶっ殺してもらっておいて、良くそんなこと言えますね」
スクールセーターと紺のプリーツスカートといった、制服姿。リボンは緩く、ルーズに着こなしているレイナに詰め寄られてもヴァレリヤは表情ひとつ変えない。
普通なら、こんな格好の小娘にいいように言われて思うところがあるだろう。なのに、副団長は挑発に乗ることはなかった。
「他のことなら、いかようにも。しかし、その件だけは答えられません。時期を待ってください」
最終回答。
それを耳にしたレイナの薄い。本人としてはややコンプレックスのある胸が上下した。
「そういうことなら、分かりました」
「分かってくれましたか」
「センパイに会えるまで、すべての活動を拒否します」
一方的に言い放ったレイナが、踵を返してヴァレリヤの執務室を出て行こうとする。
これには、冷静さしかなかった副団長もわずかに柳眉を逆立てた。
「聖女の加護を待つ民を見捨てると?」
「結果としては、そうなるかもしれないですね」
立ち止まることなく、レイナは答えた。
「困る者も多く出ます。飢えて死ぬ者もいるかもしれません」
「それは光輝教会の責任で、あたしのせいではないですね」
誤解も妥協の余地ない。
平静そのものの声で言い放ち、レイナはすべてを拒絶して執務室を後にした。
ミッドランズの南側。ブーツのような形をした半島に版図を持つアンドレアス公国に、神都サン=クァリスはあった。
その北側に存在する、染みひとつない石造りの広大な光輝神殿。
ミッドランズの中心とも言える場所を早足で移動しながら、レイナは食卓に嫌いなレバーが並んだときのような表情をしていた。
「お兄ちゃんになにかあったのは、絶対間違いない。なのに、調べる手がないなんて……」
いつものセンパイではなく、昔のようにお兄ちゃんと呼んでしまったことにも気付かない。
やり場のない怒りを抑えるため、無意識に親指の爪を噛んでいた。そうしてから、トウマがいれば噛む前に止めてくれていたとまた苛立つ。
それくらい、レイナの心は焦りささくれ立っていた。
トウマの件を除いて、待遇に文句はない。
民衆の前で笑って挨拶させられるのは辟易だが、緑の聖女として荒れ地を癒したりダンジョンを攻略する任務にも不満はなかった。
地球から突然連れてこられた点も、トウマと一緒だから我慢はできる。
それなのに、トウマの安否が分からない。我慢ができるはずがなかった。
そもそも、トウマとの週に一回の面会というのもかなり妥協をしてのもの。
それを反故にされた挙げ句、機密の一点張りでは不審感が募るのも当然。
確かに、困る人が出るのは思うところはある。
だが、あれは人質を盾に要求を突きつけるテロリストと同じだ。
妥協をすればつけ込まれるだけ。
レイナから頭を下げる気は、まったくなかった。
問題は、ストライキがどこまで通用するかだ。
適当な情報でお茶を濁してきたら、その時は本当に決別の時だろう。
「でも、センパイの居所が……」
与えられた自室への階段を上っている途中で、レイナは立ち止まった。
左手の薬指にはめたマジックアイテムの指輪をなぞり、心細そうな表情を浮かべる。
対となった指輪の持ち主の状態や位置が分かるマジックアイテム。
ダンジョンで発見し、迷うことなくトウマへ贈った指輪。
だが、故障しているのか。それとも他の要因なのか。
何度合言葉を唱えて起動させても、まったく反応がなかった。まるで、圏外のスマートフォンのよう。
モルゴール方面へ向かっていたのは分かっているので、その後なにかが起こったのは確実なのだが……。
「他に有力な手がかりは、ジルヴィオ・ウェルザーリですね」
レイナにとってのヴァレリヤ・イスフェルト。
トウマと常に行動をともにしていた、軽薄な光輝騎士。
「はっきり言って気にくわない相手ですが……なんとか、情報を吐かせましょう」
行動方針を定めたレイナは、プリーツスカートの裾が翻るのも気にせず階段を上っていく。
そして、誰も入らせないようにしている自室に戻る……と。
「トウマの件だ。こいつは口止めされてるんだが、嬢ちゃんには伝えないといけないと思ってよ」
無人のはずの室内。
そこに、悪魔の表情をした光輝騎士ジルヴィオが待ち受けていた。




