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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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222/295

222.グリフォン島移住案内 その2

「久し振りに地面に立つといいものですね」

「やはり、しっかりとした地面は安心感が違う」


 空の上からの光景には感動したが、それはそれこれはこれ。

 目的地であるグリフォンの頭に到着し、ニャルヴィオンから降り立ったモルドとステカが笑顔をかわす。


「ニャルヴィオン、お疲れ様。このあとも頼む」

「にゃ~」


 熱帯雨林の入り口に蒸気猫スチームキャットを残し、トウマたちは四人と一羽はさらに北へと進んでいく。


「さあ、行こうか。目指せ、沸騰湾! いえーい!」

「沸騰湾とは、また……」

「ですけど、この気温ですから。なにかがあるのは、明らかです」


 ニャルヴィオンを下りる前に、概要は聞いていた。

 けれど、聞くのと体験するのとでは大違いだ。


 熱帯雨林を進んでいきながら、先導するトウマが気遣わしげに尋ねる。


「暑くはないか?」

「いや、日差しが柔らかな分だけ過ごしやすいぐらいだな」

「砂漠は、もっと乾いていると思っていたんだが」

「むしろ、湿気が快いぐらいです」

「なるほど」


 トウマは、意外そうにうなずいた。

 乾きすぎると、また話が違ってくるものらしい。


「ボクには聞かないの?」

「ベーシアは、初めてじゃないだろう? リリィに案内されてたよな?」

「うん。そもそも、このマントがあるから暑さも寒さも関係ないんだけど」

「実は、俺もこの指輪で暑さは大丈夫だ」


 緑の聖女とお揃いの指輪。ただの指輪ではなく、マジックアイテムだった。

 やはり、ただならぬ関係なのだろうとモルドは納得する。


 一方のステカは、密かに感動していた。

 草が生い茂る土地だが、砂漠よりも、よほど歩きやすい。


 同時に、故郷とはなんなのかと思わずにはいられなかった。


「初めて来たときは、でかい猿に遭遇したんだが以降はあまり出くわさないな」

「敵対する理由がなければ、そうだろう」

「臆病なものですからね、本来は」


 サンドワームには、そういった知能自体がないので例外なのだが。


「猿は、あんま食べる気がしないからね~。出てこなくていいかな」

「他にもなにかいるかもしれないし、一応気をつけてくれ」

「ぴぴぃ」


 ピヨウスが辺りの植物に顔を突っ込んでは、楽しそうに鳴き声を上げる。


「どれひとつとして、見憶えのあるものがないな」


 知っているのは、不毛な砂漠だけ。だが、それを差し引いても植生が変わっていることは一目瞭然だ。


「こういうのは、玲那のほうが得意なんだが……」

「得意というか、本職だよね」

「まあ、俺でも門前の小僧程度のことはできる」


 歩きながら、トウマが周囲の植物を指さしていく。


「あの大きな葉の植物は、バナナだ」

「なんとも、気味の悪い実の生りかただな……」

「だが、甘くて美味い。栄養もあったはずだ」

「でしたら、なんの問題もありませんね」


 砂漠の民にとっては、見た目など二の次だった。


「あっちは、チョコレートの元になるカカオ。実は、かなり高値で売れる」

「チョコは美味しいもんね」

「そうだな。チョコバナナは、リリィもかなり気に入っていたな」


 説明したところで、トウマは食べ物ばかりに偏っていることに気付く。

 周囲を見回しながら歩みを進めると、見憶えのある植物を発見した。


「あとは、あの大きな植物が籐。玲那に加工してもらうとベッドなどの家具にもなる」

「南国って感じだね~」


 今のところ、なぜかひとつしか作ってくれないのだが。


「普通のベッドよりも通気性がいいから、そっちのほうが良ければ玲那に頼んでみよう」

「まあ……」


 ステカが口に手を当て意味ありげにモルドを見る。


「……ん? ああ、ああっ。まあ、そうだな」

「ぴぴぴぴぴぃ」


 精悍なハーフエルフが焦るところが面白かったのか、ピヨウスがくちばしで突っついていく。


「ピヨウス、やめないか」

「いやー。ちょっとクールダウンしたいなー」


 ベーシアがリュートをつま弾くと、近くのヤシの木から実がひとつ落ちた。

 それを軽々とキャッチすると、どこからともなく取り出したナイフで


「ほほい、ここでひとつ小魔術キャントリップをひとつまみっと」


 ぱちんっとベーシアが指を鳴らすと、ヤシの実が一瞬だけ霜に覆われた。


「う~ん。冷たくて美味しいね」

「今のは、魔法で冷やしたのか?」

「うん。お酒を冷やすために、憶えたんだけどね~」


 なんでもないように言いながら、トウマとピヨウス。それに、モルドとステカの分も用意していった。


 お礼を言いながら受け取りつつ、トウマは疑問を口にする。


「ベーシアの魔法は、不思議だな。俺たちのスキルと似ているようで、違う」

「いやいや、トウマくんたちのスキルのほうが源流に近いよ」

「源流?」

「魔法もスキルも、大元は神々の奇跡だからね。結局は、その模倣だよ模倣。悪いことじゃないけどね」

「そうなのか?」

「初耳だな」

「はい。そのような話は、聞いたことがありません」


 二人でひとつのヤシの実を味わいながら、モルドとステカが同時に首を横に振る。


「魔術は、現実を改変する力である。

 古代、神々はその一挙手一投足。

 あるいは、思念ひとつで世界を作り替え生命を生み出した。

 その力を只人でも扱えるように、神が与えたのが才覚スキル

 それを解析し、学習することで使えるようにしたのが魔法」


 まるで詩を口にするように、ベーシアが語る。

 その言葉には、不思議なまでに説得力があった。


 ただ、真剣な雰囲気は長くは続かない。続くはずがない。


「今は、その境目も曖昧になっているけどね。魔法も、世界によって流派がたくさんあるし。どんな魔法が使えるか、生まれながらの素質で確定しちゃう世界もあるもん」

「それは随分と、硬直化した世界だな」

「まあ、ボクの親友の受け売りだけどね」

「なるほど。それは信用できる」

「でしょ?」

「ベーシアが信用する相手だ。余程、すごい人なのだろうからな」


 混じりっけのない本音。


 それが分かって、ベーシアはキャスケット帽を目深に被り直した。


 それを見逃す、ピヨウスではない。


「こら、ピヨウス」

「さささ。さっさと行こう!」


 あからさまに早足になったベーシアを追っていくと、植物が途切れて砂浜にたどり着いた。


 海。


 間近に海が見えた。


 もちろん、ただの海ではない。


「前に来たときと、なにも変わってないな」


 海が煮え立つように沸騰している。

 まるで、パスタを茹でる鍋のようにぐらぐらと。


 潮の香りと一緒に、風が熱気を運ぶ。


 だが、今まで海を見たことのないハーフエルフとセタイトには衝撃的すぎた。


「…………」

「…………」


 気絶はしないが、言葉が出ない。


「ぴぴぴぴぴ~」


 なにが楽しいのか。ステップを踏むピヨウスとは対照的だ。


「海底に魔力異常の源がある。それが、この現象を引き起こしている」

「その影響で……か」

「いつ見ても、面白いね~」


 モルドとステカは、上手く笑えなかった。

 空から見たときは、どこまでも広がりどこへでも行けそうだったのに。


 島のすぐ近くに、こんな驚異的な場所があるとは。


 二人が複雑すぎる心を持て余しているところで、トウマは説明を続ける。


「この海底に、海水が蒸発して残った塩が積み重なっている。それを乾燥させたのが、アムルタート王国で最初の特産品だな」

「あの塩が……」


 様々な料理に使われていた塩。味もさることながら、海がある限り無尽蔵に取れるのが素晴らしい。


 それを思い出し、モルドは驚きから立ち直りつつあった。


「この煮立った海から、どうやって塩を?」

「ゴーストの皆が、担っているのではないのか?」

「いや、リリィたちゴーストは島からは出られなくてな」


 タイミングを見計らったように、海からなにかが飛び出してきた。


「紹介しよう。アムルタート王国の海の安全を一手に担うスケルトンシャークだ」

「スケルトンシャーク……」


 大きく跳んで沸き立つ水面から飛び出すと、砂浜まで泳いでくる。


「この魔力異常に巻き込まれて死んだ、海の生物たち。その未練が集まった存在だ」


 名は体を示すというが、そのままといえばそのまま。

 スケルトン。骨格だけになってしまった鮫。


 ただし、頭は三つあった。

 鋭い牙を備え、なんであろうと噛み砕けるような迫力。


 しかし、今は石でできたバケツのようなものをくわえている。


「あれで、底に貯まった塩をすくっている……と」

「ああ。それ以外の時間は、この周辺の海を好きに泳ぎ回っている。それが、スケルトンシャークの未練だからな」


 使役よりも、未練の解消を優先しているようにしか思えない。

 モルドもステカも、疑問を抱かずにはいられなかった。


 けれど。


 トウマの言葉からも表情からも、それが当たり前という感情しか読み取れない。


「ぴぴぴぴぴぃ」


 砂浜に打ち上がったスケルトンシャーク。ピヨウスが興奮して、ステップを踏む。


「スケルトンシャークから魔力を食べないようにな」

「ぴっ」


 心外だと言わんばかりに、ピヨウスが背伸びをして抗議をする。ステカの表情が目に見えて緩む。それを見たモルドの耳が赤くなる。ベーシアがにやりと笑う。見事な連鎖が発生した。


「すまない、すまない。でも、大事なことだからな」

「ぴぃ」


 ぱたぱたっと、またピヨウスがステップを踏んだ。


「利口だな」

「ボクを見ながら言うのはどうしてかな?」


 トウマは、黙ってピヨウスの羽毛を撫でてやった。


「とりあえず、この辺り……グリフォンの頭はこんなところだな」

「魔力異常と、上手く付き合っているのだな」

「モンスターが発生するわけではないからな。運が良かった」


 幸運だった。

 それは間違いのないことだろう。


 しかし、あのスケルトンシャークがいなければ海底に眠っているという塩も宝の持ち腐れ。


 それを活かす力があってこそ。


「じゃあ、次へ行こうか」

「次がある……あるのですね」

「そりゃあるよ。ありまくるよ」


 ベーシアが、天真爛漫に笑う。


 不吉だ。


 しかし、ここで挫けてなどいられない。

 タガザ砂漠で待つ仲間たちのためにも、きちんと知らなければならないのだ。


 お互いの心を奮い立たせ、ニャルヴィオンの元へと戻っていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] トウマつええ……
[一言] ネコバスが空を飛び海がわく人外魔境って説明で入植者を募るのはちょっと……w
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