215.アムルタート王国への招待
「かくて、ネイアードの宿願は果たされり。
協力して狂える神を滅ぼした死霊術師は、彼の国へと誘う。
使命を果たしたネイアードに、否やはなし。
光輝教会の手をはね除け、安住の地へと旅立っていった」
リュートの情熱的な響きが、夜陰に溶けて消えた。
クロスブラッド。“魔族”と人間が交わって生まれた里の住人たちから、緊張が解ける気配がする。
「以上、優しきネイアードの詩」
アムルタート王国の建国記序章に続けて披露されたネイアードの詩は、クロスブラッドたちの心に残った。
万雷の拍手が、リュートの響きを上書きしていく。
粘体種ネイアード。
汚穢を好み、見れば記憶を無くすほど醜い。“魔族”とも人とも交わらない種族。
その認識は、ベーシアの詩で払拭されつつあった。
誰もがあり得ないと思いつつ、それでいて真実に触れたと感じている。
それもこれも、歌声を演奏を耳にしたから。同じ内容でも、文章だったらこうはいかない。
ベーシアの詩には、それだけの力があった。
「やあ、どもども」
「失礼するっす」
セタイトの集落と同じように、演奏を終えたベーシアとタチアナは長の元へと訪れた。
「いやはや、見事な詩だったね」
細い目をしたハーフエルフが、二人を迎え入れた。
笑みが張り付いており分かりにくいが、褒め称えているのは間違いないようだ。
モルドと同じ、ハーフエルフ。
彼よりも少し年上といった程度。親子というよりは、兄弟に見える。
だが、これは人間の認識。文字通り世界を股に掛けるベーシアにとっては、特に違和感を抱くようなことでもなかった。
「その上、サンドワームまで頂いてしまうとは……なにが目的だい?」
「父上!」
油断せずベーシアを見つめる父親の発言に、同席していたモルドが思わず声を上げた。
しかし、当事者はまったく気にしていない。
「さっき歌ったアムルタート王国に、皆様をご招待したいなってね」
「なるほど。ネイアードを受け入れたのだから、何者であろうと差別などしないと」
「安心材料にはなるんじゃない? 気を悪くするだろうから先に謝っておくけど、ここよりは全然過ごしやすいよ」
悪びれることなく、ベーシアは続ける。
「それに、ほら。なんか騙すつもりだとしても、もうちょっと近場でやるよね。うんうん、安心だこれは」
「先生、めっちゃにらまれてるっすよ!?」
「正直者は、なかなか理解されないね」
まったく動じず、にっこりと笑うベーシア。人好きのする、憎めない笑顔だ。
こんな状況であっても。
ただし、目の奥からは鋭い眼光が光っていた。
「我等の先祖は、罪を犯したんだ。今は、その贖罪の最中だからね」
「それが、村の総意?」
「もちろんさ」
目の細い壮年のハーフエルフが両手を広げ、あっさりと肯定した。
しかし、ベーシアはそれを見ていない。
意識を周囲に拡散し、他のクロスブラッドたち。ハーフエルフや、ハーフオーガ、ハーフドラコニュートなどの反応を観察している。
ダンジョンで罠を調べるときと同じ。それに比べたら、児戯に等しい。
「誰が許すんだろうね? 滅ぼされたっていう神様? それとも、魔王じゃなくて聖魔王さん?」
「それは……」
タチアナは答えられない。フードを目深にかぶったまま、下を向く。
「さて、難しい問題だ」
クロスブラッドの代表者。モルドの父も、直接は答えない。いや、最初から答える気がないのか。
「まあ、いいや。気が変わったら言ってよ。あと、集落の空き地を貸してもらえる?」
「なにをするつもりなのかな?」
「見てもらったほうが早いね」
説明はせずに、すたすたと移動していく。歩幅は短いが、誰よりも早い。
「そーい」
無限貯蔵のバッグから塔のミニチュアを取りだし、砂漠に放り投げる。
地面に落ちた瞬間。
まるで封印が解かれたように、地上10メートルはある本物の塔が出現した。
「先生、そんなマジックアイテム持ってたっすか」
「うん。さっき思い出した」
「もうちょっと真面目に生きて欲しいっす!」
「ははははははは。おもしろいこと言うね」
指を指して笑うベーシアに、タチアナが肩を落とす。
「というわけで、ボクとタチアナは引っ込ませてもらうよ。じっくり話し合ってね」
「……まあ、答えは変わらないと思うなぁ」
「それは残念」
肩をすくめて、ベーシアが塔の中に入っていった。タチアナが走って、それに続く。
幻影などではない。石造りの、がっしりとした塔。戦闘にも耐えられ、恐らくサンドワームの一撃も物ともしないだろう。
一階は物はないが、それなりの広さがある。中心には、螺旋階段が上へと伸びていた。
何階かにフロアが分かれており、そこに詰めて飛び道具で攻撃もできるのだろう。また、屋上にも出られそうだ。
「タチアナは、二階の部屋を使っていいよ」
「了解っす」
しかし、すぐには移動しない。
塔の一階。階段の下で、タチアナが肩を落とした。
「……なんていうか、どっちもけんもほろろって感じっすね。ミュリーシア様の国にケチを付けるなんて、許せないっす!」
「まあ、仕方ないんじゃない? ここで楽なほうに行ったら、今までの苦労はなんだったんだって話になるもん」
「これから先は、楽になるのにっすか?」
「そういうもんだよ。それに、彼ら視点じゃ確定じゃないし」
断られているのに、まったく気にしていない。
ベーシアでなければ頭がおかしい……と、思うだけの理解度にタチアナは達していた。
「ただ、若い世代はそうでもないね」
「……そうっすか?」
「セタイトのほうのステカに、こっちのモルドだったっけ。あの二人は、移住の話に反応してたじゃないか。気付かなかった?」
タチアナが、首を傾げた。
確かにフードをかぶっていたが、そんなに分かりやすかっただろうか。
「人間観察もできずに、吟遊詩人なんてやれると思う?」
「先生の腕なら、歌うだけでうっはうっはだと思うっすけど」
「それ、ほめてるようでほめてないからね?」
「ふっふ~ん。先生は、あーしに褒められたいんすか?」
ベーシアが、人差し指だけで帽子を投げた。
「あいたっ」
まともにタチアナの顔にヒットし、椅子の上で仰け反った。
「えええ……。目の前で完全に奇襲してくるとか、どういう腕してるんすか。自信なくすっすよ」
「まあ、それはともかく」
ひょいっとキャスケット帽を拾い、軽く放り投げて被り直す。
「タチアナには、モルドという村長の息子をあっちとこっちの間にあったオアシスに呼び出してもらおうかな」
「あーしの言うことなんか、たぶん聞いてくれないっすよ?」
「ボクはセタイトの集落に行って、ステカを勧誘するつもりだったんだけど。逆が良かった?」
「万難を排して、任務を遂行するっす」
タチアナは背筋を伸ばして立ち上がると、
また砂漠を横断。避けられるなら、絶対に避けたい。
それは偽らざる気持ちだった。
だから、気付かない。
別に、全部ベーシアに任せても構わないという事実に。
「なぜ、俺とステカが恋仲だと?」
「どうして、私とモルドの関係を……」
翌日。
セタイトとクロスブラッド。ふたつの集落の間に存在する小さなオアシスに、驚きの声が響き渡った。
今日も、容赦なく降り注ぐ太陽が降り注いでいる。
水場といったほうが正確なそこに、両者が五人ずつ集まっていた。
「そうだったんすか? 先生、そういうことなら最初から教えておいて欲しいっす!」
そこで発せられた第一声に、タチアナがフードで隠した目を丸くした。
「それはもちろん、このボクが物語の神に愛された存在だからさ」
草原の種族が、不敵に微笑んだ。
もちろん、偶然である。そこまでとは、思っていなかった。
しかし、これは好機。
そんなことはおくびにも出さず、ベーシアはリュートをつま弾いた。
「ここに来たということは、ボクらの国に興味があるってことでいいんだよね?」
「ある。それは、間違いないが……」
「分かってるって。警戒するのは、ごもっとも。だから、今からちょっと見学に行かない?」
「それは、どういう……」
モルドとステカが、戸惑いを見せる。
当然だ。だが、それを許すベーシアではない。
「ボクの数あるふたつ名のひとつは、ホライゾンウォーカー。地平線まで歩けば、どこであろうと目的地にたどりつけるのさ」
「ふたつの意味、分かってるっすか?」
「というわけで、二人はアムルタート王国に来てみない?」
「それ! それ! あーしも行きたいです!」
「あ、タチアナは二人のことを適当にごまかしといて」
「えええええ……」
「ミュリーシアに会ったら、ちゃんと話は通しておくから」
「分かったっす。絶対にっすよ!」
タチアナに待てをしてから、ベーシアはハーフエルフとセタイトに向き直った。
「さて、どうするの? 今なら、新天地にたどり着けちゃうよ?」
キャスケット帽の位置を調節し、モルドとステカ。ふたつの集落における次代の指導者候補を見上げる。
その瞳は、挑戦的で。
あまりにも、抗いがたい誘惑に満ちていた。
「……分かった。連れて行ってくれ」
「モルド一人を行かせるわけには、いきません」
「良し。じゃあ、早速行こうか!」
考える時間も迷う時間も与えない。
着いてくるよう身振りで指示し、返事も待たずに歩き出した。
ハーフエルフとセタイトが、慌てて追いかける。仲間たちに、別れを言う暇もない。
ベーシアとモルドとステカ。
外見上まるで共通点のない三人は、地平線まで歩き……。
そして、グリフォン島に姿を表した。




