214.マクイドリ
マテラに合わせてか、テンポの速い曲がノートパソコンから流れていた。
レッドボーダーの横を通るときに、ぽんっと軽く触れる。レッドボーダーが、答えるように軽く揺れた。眠っているマテラが無意識に手を伸ばす。
その指にも触れてから、トウマは定位置になっている場所に座った。
「玲那の予想通りだから、あんまりこういうことは言いたくないんだが……」
久し振りに感じる“王宮”。
円卓の間で、トウマは深々と息を吐いた。
「やっぱり、我が家が一番だな」
「そこをもうちょっとひねりが欲しいですね」
隣に座ったレイナが論評するが、にこにこと満面の笑み。いつもの場所にトウマがいることに安心したのか、嬉しさを隠そうともしていない。
「本当に、温泉は良かったのかの?」
一番奥の上座に座りながら、ミュリーシアが不満そうに黒い羽毛扇を揺らす。
「温泉に入ったら、絶対に寝る」
「誰かと一緒なら、大丈夫なんじゃないですか?」
無言で険のある瞳を隣に向けると、レイナがぺろっと舌を出した。
やはり疲労があるようで、怒る気にはなれない。
「あいたっ」
代わりに、ふとももをぺしんっと叩いておいた。音の割りには痛くはない……はずだ。
「眠いなら寝てもいいのですよ?」
「いや、今寝たら中途半端な時間に起きそうだからな」
レイナとは反対側に浮かぶリリィの頭を撫でて、トウマは微笑んだ。
とはいえ、それだけが理由ではない。
ここで一食抜いたら、ゴーストたちに申し訳ないというのはもちろんある。
それに、巨大なひよこは卵時代を思い出したかのようにニャルヴィオンの二階席で眠りについていた。
その間に、あれこれを片付けたいというのもあった。
「ご主人様、お待たせいたしました」
「ああ、ありがとう」
そこに、トレイを持ったノインがしずしずと入ってきた。
「簡単なもので、申し訳ないのですが……」
「いや、俺のリクエストだから」
円卓の上に、石の皿が並べられていく。
鮭に似た赤い身の魚の塩焼き。
ニラに似た野菜が入った卵焼き。
第二階層で回収したみそで作った、具だくさんのみそ汁。
それから、こんもりと盛られたご飯。
「気の利いた定食屋の和食って感じですね」
「では、話は食べながらとするかの」
「いただきます」
トウマは、まずみそ汁に口をつけた。
慣れ親しんだみその香り。イモやネギなどの野菜は、即興だがレイナが育てた物だけに味は良い。
また、グリフォンの翼で獲ったイノシシも入っており出汁も良く出ている。
みそ汁と言うよりは、豚汁に近いか。
「う~ん。これは、しみじみと染みる味なのですよ~~」
リリィも、ご満悦だった。
それから、トウマは白米を口に放り込みじっくりと咀嚼する。
聖女米は噛めば噛むほど甘みと旨味が口に広がっていく。
間髪入れず、魚の塩焼きを投入。
沸騰湾の塩は味わい深く、脂が乗った魚の旨味を倍増させる。
我慢できず、一気にご飯を食べきってしまった。
「くっ」
まだ、おかずは残っている。
失態に顔を歪めた。
「ご主人様、どうぞ」
「ありがとう。助かった」
すっと差し出されたおかわりを片手に、今度は卵焼きへと箸を伸ばす。
「いつものも美味しいですけど、これもちょっと変わっていて良いのですよ~。おすすめなのです」
ニラに似た独特の風味が鼻から抜けていく。
それでまた食欲が刺激され、ご飯の量が減った。
ダンジョンの第三層。あの城館には、設備でも料理でも豪華さという意味では比ぶべくもない。
だが、リラックスできるのは圧倒的にこちらだ。これまた、比ぶべくもない。
「……ごちそうさまでした」
「美味しかったのですよ!」
「お粗末様でございました」
10分もかからず一気に食べ終えると、石の椅子に深々と体を預けた。そのままの姿勢で、後片付けをするノインの姿を見るとはなしに眺める。
「……あれ?」
今になって、ミュリーシアとレイナが食べていないのに気付いた。
「妾は、食べずとも問題ないからの」
「あたしは、後にします」
「そうか……。どうも、感覚にずれがあるみたいだな」
過ごした時間が違うのだ。それも仕方がないことだった。
「それよりあの子の名前ですけど。あたしとしては、ピヨちゃんがいいと思うんですよ」
「安直すぎる」
成長したらどうするのだと、あっさりと却下した。
しかし、レイナにも言い分がある。
「育つとして、どれくらいかかると思います?」
「それは、なんとも言えぬのう」
「いいじゃないですか。昔の人みたいに、成長したら名前を変えたら」
「元服か。それはそれでめんどうじゃないか?」
だが、今のところ外見以外に名前を付けるヒントがない。
「色か……。黄色……イエロー……」
「黄色と言えば、玉子なのですよ!」
「動物に食材は止めましょうよ」
「あの……ご主人様、奥様。名前よりも先に、正体を調べるべきではないでしょうか?」
「いやいや、名前は大事ですから」
「あまり気遣われますと、私めとしても困ってしまうのですが」
ノインを困らせると、なにが起こるか分からない。
ノートパソコンを引き寄せ、音楽を流しながらブラウザらしきものを起動。
入力欄に特徴を書いて検索すると、ひとつヒットした。
「マクイドリ……?」
「こっちも大概、安直じゃないです?」
マクイドリ。
魔力を吸収して活動する霊獣の一種。
定住はせず、魔力の強い土地へ移動する。群れも作らない。
成長すると、5メートルほどになる。
神蝕紀に大幅に数を減らし、それ以降ほとんど姿は見られない。
「……ということらしい」
「共犯者の《エボン・フィールド》を吸収したのは一致するが、大きさがだいぶ違うようじゃの」
「大きさが一緒だったら、最初に検索したときに出てくるはずですよね」
「そのものではないということか」
「大きいことは、いいことなのですよ~~」
岩棚の中に、卵が埋まっていた時点で普通ではない。
細かいことは、気にする必要はないだろう。
それよりも、大事なことがあった。
「しかし、マクイドリですか。名前が角張っててかわいくないですね」
「角張ってるか?」
「レイナの言う通りなのです」
「そうじゃの」
「仰せの通りかと」
「そうなのか……」
文化が違う。
この時点で、トウマは命名に口を出すのは止めた。暫定だが、親のように懐かれているのだ。ここで命名までしたら、不公平ではないという想いもあった。
代わりというわけではないが、館が残したマジックアイテム。
黒い直方体の箱をもてあそぶ。
「おっきなマクイドリということで、おーちゃんがいいのです」
「だいぶ丸くなりましたね。でも、ニャルヴィオンと仲が良さそうですし共通性を持たせたほうが良くないです?」
「むむむむむ。レイナの言う通りなのです」
漆塗りというわけではないだろうが、しっとりとした品のある黒。
見るからに高級品だ。
お経が入っていそうな箱というイメージも、あながち間違いとは思えなかった。
かなり軽く、振っても特に音はしない。だが、空というわけでもなさそうだった。
「古い言葉で、黄色をフラウスと言う。それにちなんで、ピヨウスというのはどうじゃ?」
「ピヨちゃん、かわいいのです!」
「早速本名呼ばれてないですけど、いいんじゃないですか?」
「よろしいかと」
「じゃあ、ピヨウスということで」
最初のレイナの案がほぼ通ったようなものだが、トウマも代案があるわけではない。
安直ではなく、きちんと考えた末ならピヨちゃんでもぴーちゃんでも構わないのだ。
「そういえば、階層核のマジックアイテムもあったの」
「ああ。せっかくだから、開けてみるか」
トウマの手元を見ていたミュリーシアの言葉を受けて、するりと赤い紐を解いてふたを開く。
玉手箱のように煙が吹き出すこともなく、中身が見えた……が。
反応は、芳しいものではなかった。
「写真……じゃない。絵か」
「金銀財宝をきたいしてたわけじゃないですけどねぇ」
「リリィは、最初から食べ物じゃないって分かっていたのですよ!」
「ふむ。派手なら良いというわけではないが、なんとも地味よの」
「悪い気配は感じませんが……」
そこには、モノクロのカードが束で入っていた。
もしカードゲーマーがいたら、デッキを連想したかもしれない。
「カルタとか百人一首のわりには、地味な絵柄ですね」
「これは、壁か? 同じのが何枚もあるな」
「こっちのカードは、床のようじゃな」
絵は写実的で、恐らく技術は高いのだろう。
しかし、モチーフは壁や家の床や天井。それに、照明やベッドなどといった家具しかない。
「空白のカードもありますね」
「神経衰弱ぐらいしかできそうにないな……」
「これ、たぶん建築系のマジックアイテムだと思うな」
「そんなことまで分かるのか」
「そこは、経験だよね経験。長いこと冒険者やってると、だいたい分かるもんだよ」
なるほど……とうなずきかけて、トウマはカードを黒い直方体の箱に戻した。
目を擦って、ついでに眉に唾をつける。
迷信だろうと、なんでもやりたい気分だった。
「……ベーシア?」
「大きなことを言うようだけど、異世界広しと言えども……今や吟遊詩人のベーシアはボク一人だね」
キャスケット帽をかぶり、喉や両手首に包帯を巻いた草原の種族。
突然。
脈略もなにもなく。
いきなり。
旅に出ているはずの、宮廷吟遊詩人がそこにいた。




