213.おいでよ、わくわくどーぶつの島
見上げるだけでは、終わらなかった。
「ぴぃ~~~~!」
巨大なひよこが、ばたばたとトウマへと更地を駆け寄っていく。
悪意も敵意もない。
「……どうしたものか」
ただ、自分と同じ大きさのひよこに迫られると恐怖心がないとは言えない。
「共犯者、ぐっとこらえよ」
「分かった」
ミュリーシアに言われ、トウマは足を前後に開く。
相撲ではないが胸を貸すつもりで、その場で待ち受けた。
「ぴぴぴぴぴぴぴぃ~~~~!」
真っ正面からひよこを受け止め……きれず、倒れそうになる。
「共犯者、親の意地を見せるのだぞ」
「親ってどういうことですか!?」
ミュリーシアとレイナの二人に支えられ、なんとかその場に踏み止まった。
「トウマ、やったのです!」
「……生まれたてなのにふさふさだな」
なにか溶液のようなもので濡れているのかと思っていたが、
頭をトウマの胸にすりつける。
「ぴぴっぴぴぴ~~」
「それで、どういうことなんだ?」
「インプリンティングってやつですか? でも、最初にセンパイを見たってわけじゃなくないです?」
位置的には、ミュリーシアのほうが前にいた。
「恐らくじゃが、魔力を糧にする霊獣か聖獣の一種なのであろう」
「……あ、センパイの《エボン・フィールド》」
「うむ。あれを生まれたてに食べ、親だと認識したようじゃな」
「雛に餌を与えるのは、親の役目ですもんね……」
「ということは、リリィたちの妹ということになるですか?」
トウマが魔力で作った負の生命力を与えられている、ゴーストたち。
それを親だとしたら、確かに兄弟ということになる。
「リリィお姉ちゃんなのですよ~」
「ぴ? ぴぴぴ?」
「そうなのですよ~」
図書館と城館跡の更地を、リリィと巨大なひよこが飛び跳ねながら
「帰還早々賑やかだナ、イナバトウマ」
そこに、階層核の還元に気付いた全身鎧のネイアードが現れた。
ノインへ状況を伝えた後、さらなる変化に備え第二層全体を警戒していた。
その必要もなくなって、戻ってきたのだろう。
「すまない。心配かけたな」
「ナニ、待つことには慣れてイル」
出てくるのは、時間の問題。それだけだと、ネイアードは言った。
「それでもだ」
「そんなに言われてハ、こちらの立つ瀬がナイ。なにしろ、目の前でなにもできずにさらわれたのだからナ」
「俺も、なにもできずにさらわれたのは同じだけどな」
終わったことだと、トウマは首を横に振った。
「そうカ。アア、拾って置いたゾ。階層核が残した、マジックアイテムダ」
「なんですか、それ?」
横からひょいっとレイナが顔を出すが、黒い直方体の箱に首を傾げるだけ。
「お経でも入ってそうだな」
「ああ。この縛ってある赤い糸がそれっぽいですね」
「マジックアイテムであることは間違いなかろうがの」
「食べ物じゃないのです……」
「ぴぴぃ……」
話に入ってきたリリィが、がっくしと肩を落とす。その横で、巨大なひよこも真似をしていた。
「そうそう美味い話はなかったのです。食べ物だけに! 食べ物だけに! なのです……」
「センパイと味覚の共有ができないと聞いて、めちゃくちゃショック受けてたんですよね」
「帰ったら、ノインにお願いしよう」
ノインなら、今からでもごちそうを作ってくれることだろう。
「ノインへの説明、頑張ってくださいね」
「……あ、ああ」
完全に忘れていた。
ずっと通話をしていたミュリーシアたちでも、あの反応だったのだ。
留守を任せっきりのノインは、どう思っているのか。
「まあ、なるようになるか」
人は、一分一秒経過する度に進化している。
であれば、未来のトウマは、今のトウマよりも有能に違いない。
「帰ろうか。特に寝不足ってわけじゃないけど、リラックスできる状況でもなかったしな」
「やっぱり、我が家が一番ですね」
緑がかった瞳に、いたずらっぽい輝きを浮かべるレイナ。
トウマは、帰ってきたことを実感した。
「ご無事のお戻り、祝着に存じます」
「あ、ああ。ありがとう」
流麗な所作で一礼し、自動人形の侍女が主人を迎え入れた。
整った歪みのない表情。美しく、触れることはおろか近寄るのも憚られるほど。
トウマは、一緒に迎えに来たレッドボーダーのゆりかごで眠るマテラを見る。今日も元気そうだ。
それは歓迎すべきだが、このままではいられない。
「心配をかけたな」
「いいえ、心配はいたしましたが……それは気に病まれることではございません」
グリフォン島は、すでに太陽が西に傾いている。
ゴーストタウンの広場に夕陽が射し込む中、ノインが先ほどよりも深く頭を下げた。
「ご主人様の危機になにもできず、申し訳ありませんでした」
「そんなことは……」
反射的に否定しようとして、トウマは寸前で留まった。
なにもできなかったが、問題ない。
それは、ノインは頼りにならないと言うのと同じだ。
「ノインがマテラも含めて面倒を見てくれているから、俺も不安を抱かずにやるべき事に集中できた」
「内助の功というやつだの」
ミュリーシアがぱっと羽毛扇を開き、意識と視線を引きつける。
「妾たちも、近くにいたというだけでなにができたわけでもないしのう」
「センパイをさらいやがった相手には、一発叩き込みたかったんですけどね」
「……申し訳ございません。私めのわがままでございました」
みんな同じだという慰めを受けて、ノインは引き下がった。
しかし、完全に納得しているわけでもない。
わだかまりを感じて、トウマは再び口を開く。
「まあ、今回は正直不可抗力だから巻き込まれたこと自体は謝る気はないんだが」
「センパイ、正直ならいいってもんじゃないですよ」
「だが、二度とこんなことが無いように気をつけよう」
和装のメイドを見るトウマの目は、この上なく真剣。適当なごまかしで言っているわけではなかった。
「はい。ご主人様の安全は、なににも勝る重要事。どうぞご自愛くださいませ」
話を逸らされたような気もしたが、それはノインの為。
そう考えると、心のつかえが消えていく思いがした。
「それに、ノインの本番はこれからかもしれぬぞ」
「おいでよ、わくわくどーぶつの島ですからね」
「はい。それは、認識いたしております」
精霊殿が設置された、ゴーストタウンの中心。涸れた井戸のある広場は、心和む光景が広がっていた。
「にゃ~~」
「ぴっ! ぴぃ~?」
「コココココ」
「クケー!」
「クァー! クァー!」
巨大なひよこが、興味深そうにニャルヴィオンの鼻先をくちばしで突っつく。
好きにさせながら、力が強すぎて痛い場合にはちゃんと前肢で注意する。
その周囲を、白と黒のマッスルースターたちが囲んで騒いでいる。巨大なひよこの誕生を祝っているかのよう。
「ほらほら、あんまりががっていくと怖がるのですよ。落ち着くのです」
そんな野放図な野生の出会いを、リリィが空中に浮かびながら制御を試みていた。
「にゃっ。にゃにゃにゃ」
「ぴ? ぴ~。ぴっ!」
「コココココ」
「クケー!」
「クァー! クァー!」
言葉が通じたのか。それとも、迫力に負けたのか。
ひよこがニャルヴィオンを突っつく動きは穏やかになり、マッスルースターたちも興奮の度合いが下がった。
「むふふ~。それでいいのですよ~」
リリィが満足そうに頬を膨らませて、体をぐねぐねさせた。
「幼女と動物は、異世界でも鉄板コンテンツですね。撮れ高、撮れ高」
それを、当然のようにレイナはスマートフォンで撮影する。
「実に微笑ましい眺めじゃな」
「そのこと自体に異論はない」
ただし、幼女はゴースト。
動物も、蒸気猫と正体不明の巨大ひよこと筋肉質なマッスルースターである。
地球の基準に照らし合わせると、軽い百鬼夜行になりかねない。
「一旦、“王宮”に戻ろうか」
肝心なことが残っていることを思い出し、トウマは広場から移動しようとする。
「とりあえず、ひよこの――」
「名前決めでございますね」
「――正体をノートパソコンで検索……する前に、名前だな」
事故を起こす前に、トウマが強引に針路を変えた。ギリギリで、衝突は回避。
ただし、あまり上手とは言えない。
「ああ、名前は絶対に必要だからな」
「…………」
夕焼けの精霊殿前に沈黙が流れ、ノインの白皙の美貌が朱に染まる。
「ええと、今のはさすがにセンパイを責めるのは酷かなってあたしも思ったりなんかしちゃったりするんですけど……」
「なんのお話でございましょうか? 心当たりがございませんが」
すました顔で、ノインがアメジストのような紫の瞳をレイナへ向ける。
ただし、手はずっと月下美人のかんざしを握っていた。
なにかをこらえるかのように。
「いや、ひよこがなんなのかしか頭になかったのは問題だ。指摘してくれて助かった、ありがとう」
「わ、私めは夕餉の準備がありますので。失礼いたします」
トウマの追い打ちで、自動人形の閾値を超えた。
耐えきれず、ノインは踵を返す。
そのまま“王宮”へと向か……おうとして、マテラを置いてたままにしてしまったことに気付いて戻ってきた。
「私めは夕餉の準備がありますので、失礼いたします」
何事も無かったかの様にやり直し、レッドボーダーとともにノインは戻っていった。
トウマは、和装メイドの後ろ姿を見送ることしかできない。
「今のは、共犯者のやりすぎじゃな」
「もうちょっと、手加減というものをですね」
なぜなら、ミュリーシアとレイナにがっちりと肩を掴まれてしまったから。




