210.見えない男
『【執事】も死者の魂を……というわけじゃないんですか?』
「違う。夢でも、【執事】は館から出て行かなかった。恐らく、ここを引き払う最後までいたんだろう」
だから、館も【執事】をエミュレートできた。
他の住民は、できなかった。
「その通りでございます」
「ようやく認めてくれたか」
自ら階層核――首謀者だと認めた。
それは同時に、トウマのことを本当の意味で認めたということでもあった。
「仰せの通り。これは、最後まで残った人間の姿を借りたものでございます」
「結果として、一番付き合いの長い相手を学習したということになるのか」
そう考えると、ヴァレットよりも人間の理解度は低いのかもしれない。
「AIと城館じゃ、比べられないな」
『センパイ、なにを言っているんですか? そこに誰かいるんですか』
「ああ。というわけで、本人の証言。自供を得た」
『は? そこにいたんですか?』
『なんともはや、大胆なことよの』
『さすがトウマなのです』
エントランスに戻ったとは言ったが、【執事】も一緒とは伝えていなかった。
まあ、些細なことだ。トウマは、そのまま流す。
「【執事】と階層核と。どっち呼べばいい?」
「……では、館とでもお呼びくださいませ」
「分かった。じゃあ、館。早速だが、確認したいことがある」
「答えられることでしたら」
階層核だと看破されても、少なくとも表面上はなにも変わらない。
直立不動で、館はトウマの言葉を待つ。
「事件の全貌を知りたいのか? それとも、この城館が見捨てられた理由を知りたいのか? どっちだ?」
「……両方でございましょう」
『むむむむむ~。そうなると、おかしなことになるのですよ?』
『なにがですか? いくら城みたいな館だからって、意思を持っているとかおかしな話ですけど』
『お家なら、全部見ていたはずなのです。それなのに、なんでそんなことを知りたいのです?』
的を射た意見。
スマートフォンの向こうもこちらも、沈黙が流れた。
「リリィは鋭いな」
『賞品は、チョコレート食べ放題でいいのです!』
「……頑張ろう」
ノインに相談すれば、そこは上手いことやってくれるだろう……と信じる。
『リリィの言う通りじゃな。しかも、死者の魂を用いてアンデッドにしているのであろう? それで真相が分からぬはずがなかろうよ』
「契約や支配をしていても、全部分かるというわけではないけどな」
リリィ、ヘンリー、それにノイン。
トウマも契約をしているが、すべての記憶を取り出せるわけではない。無理やり話させることも、余程のことではない限りできない。
「死霊術師として目覚める前のできごとを、すべて把握しているわけではございません。また、成り立ちが異なるため、死者の魂から完全に情報を得られるわけでもございません」
『その辺が分かってるんだったら、センパイ殺して利用するということもないというわけですね』
レイナが納得した。
直後、地面を蹴るような音が伝わってくる。
『というか、センパイを拉致したこととか謎解きさせてることへのお詫びとかお願いの言葉がないような気がするんですけど? その辺、どうなってるんです?』
「それは――」
「まあ、いいさ」
苦笑も見せず、トウマが手を横に振った。
付喪神。あるいは、家宅妖精か。そんな超常の存在だったとしても、人の機微という意味では子供のようなもの。責めても、仕方がない。
「それよりも、どこまで話したかな?」
『お家にも、分からないぐらいあるって話だったのです』
「ああ。それでも、城館の内部のことなら、だいたい分かっている。逆に言うと、外のことは分からない。それが、俺にとっては鍵だったんだ」
それが分かれば、芋づる式に真相らしきものにたどり着ける。
「まず、第一の事件」
『【騎士】が馬に蹴られて死んだ事件ですね』
「ああ。【騎士】を殺したのは――透明人間だ」
館は、比喩を理解できずぽかんとしている。
『いきなり、全部台無しになった気がするんですけど……』
『魔法で消えていたのです?』
『いや、館にとっての透明人間ということであろうの』
レイナにはぴんとこなかったが、ドラクルの姫にはトウマの言葉が理解できた。
『馬房があれば、馬丁がおる。庭を世話する庭師もおろう。館には住んでおらぬが、関係者であることには違いはない』
だが、一人も出てくることはなかった。
「シアの言う通りだろう。恐らく、透明人間はまともに館に入ったことがないんじゃないか」
『館の外だから、館自身には分からなかったというわけですか……』
だから、館は犯人だと認識できなかった。
トウマには、簡単に指摘できた。
『今の流れからすると、馬丁が【騎士】を殺した犯人ですか?』
「凶器が凶器だからな。そう考えるのが自然だ」
「ああ……。そんな、そんな簡単なことだったとは……」
額を抑えて、館がうめく。
見えない男――The Invisible Man。
今回のそれは、郵便配達人ではなく館に入れない使用人。
館にとっては、見えない透明人間だった。
【執事】の姿を取ったままの館が、完全に表情をなくす。
愕然。それ以外に、表現すべき言葉はない。
ダンジョンに取り込まれ、階層核となって死霊術に目覚め。
そこまでしてもなお知りたかった真実の一端が、これ。
「下らない。なんて、下らない答えなのか……」
変に八つ当たりをしないだけ、まだ理性的といってもいいぐらいだ。
「まあ、限界はある。仕方がないだろう」
慰めるつもりはない。
ただ単純に、事実は事実として認めるべきだった。
『馬の世話をする人だからって、そんな意図的に事故を起こせます?』
「魔法かスキルか。手段は考えられる」
『そんな都合の良い……』
『それは、本末が転倒しておるやもしれぬな。都合の良い手段があったから、犯行に及んだとも考えられるであろう?』
ミュリーシアに言われて、レイナは押し黙った。
現実に対して、文句をつけても仕方がない。
それでも、納得できないポイントがある。
『でも、待ってください。結果的に【令嬢】を救ったことにはなりますけど、そんな危ない橋を渡ったんですか』
『それは確かに気になるところだの。相手は、竜殺しじゃからのう。余程の――』
『好きだったんじゃないのです?』
ミュリーシアもレイナも。もちろん【執事】も、一斉に固まった。
「たぶん、そういうことだろう」
例外は、その可能性をあらかじめ考慮していたトウマだけ。
「犯人――見えない男は、【令嬢】を愛していた。状況からして、【令嬢】もそうだったはずだ」
『うひゃーー。両思いなのですよ~~~』
見えないが、リリィがくるくると回っていることだろう。
その光景を想像し、トウマがわずかに相好を崩す。
「もしかしたら、【騎士】の本心をどこかで聞いたのかも知れない」
「可能性はございましょう。見えない男……ですからな」
「それに、俺が来る数日前から滞在していたんだろう?」
「左様でございます」
その間、馬をずっと預けっぱなしだったとも思えない。
様子を見に行くときに、独り言で【令嬢】を囮にすること。あるいは、まだ復讐対象が残っていることをぽつりと口にした可能性はある。
「あるいは、単純な嫉妬心か」
『恋のライバルを殺すって、短絡的すぎません?』
『じゃが、それくらいせぬと【令嬢】は手に入らぬであろうよ』
『【商人】より、ヤバイやつじゃないですか』
「やるんじゃないか? 【令嬢】の協力もあったはずだし」
「それは、あまりにも……」
【執事】の見た目を模した館が、天を仰ぐ。随分と、人間らしい仕草だ。もしかしたら、モデルにした人物の癖なのかもしれない。
しかし、意外だったのは館だけのようだ。
『めっちゃ美人だって話ですし、共犯関係と言われてもむしろ納得できますね』
『ミュリーシアに失礼なことを言っちゃ駄目なのですよ~』
『妾を持ち出されても、困るのだがの』
少なくとも、レイナはあり得ると思っている。
『確かに、【令嬢】からなにか言われない限りあんな大雨の夜に外には出ませんよね』
「今の館なら、分かるだろう? 【当主】が【令嬢】と使用人の結婚なんか認めるはずがないって」
「仰る通りではございますが……」
使用人が犯人だったことは理解できても、【令嬢】が共犯と言われては納得ができないようだ。
館にも、特別な感情があるのだろうか。
しかし、トウマにそれを斟酌する理由はない。
「二人が共犯なのは、確実だ。少なくとも、恋仲でないと【貴族】の件が説明できない」
『それですよ!』
声が大きくて、スマートフォンからの音声が微妙に割れた。
『なんで、【貴族】がいきなり【当主】を殺したんですか。唐突すぎて、意味が分かりませんよ? もしかして、【令嬢】が唆したとかですか?』
「そこまでじゃないとは思うが……。【貴族】の動機を考えれば、そう難しくはない」
『動機ですか?』
「ああ。この場合、殺人はただの手段だ」
あんな支離滅裂な行動を取った理由。
推測でしかないが、ひとつしかない。
「愛だ」
『は?』
「愛だ」
大事なことだからというわけではないが、二度言った。
ミュリーシアたちからは見えない。
だが、トウマは完全に真顔だった。




