021.沸騰湾調査結果
「小さな霊を集めてスケルトンを生み出したら、頭が三つになっていた」
「まあ、そういうこともあるじゃろ?」
死霊術の可能性に驚きを隠せないトウマに対し、ミュリーシアはあっさりとしたものだった。
「共犯者のやることじゃ、その程度で驚いてはいられぬ」
「そうなのです! リリィたちも、それで助けられたのです!」
「まあ、別にいいが」
過去、そんなに無茶をした記憶はない。
今ひとつ釈然としないトウマだったが、今は沸騰湾の調査が優先事項。
「じゃあ、調査にスケルトン……ってだけだと分かりにくいな」
「ふむ。トリプルヘッドスケルトンでは、いささか長いかの?」
「はいはい! リリィは、ホネスケが可愛いと思うのです!」
「下手に個体名をつけると、スケルトンが増えたときに困りそうだ」
実用性と将来性で、あっさりと却下された。
「じゃあ、スケルトンシャークでいいか。これから、スケルトンシャークと感覚を共有するから。その間無防備になる。よろしく頼む」
「トウマのことは、リリィがばっちり守るのですよ!」
「うむ。母親に抱かれた赤子のように安心するが良い」
恐らく、大船に乗ったつもりでと同じ慣用句なのだろう。
そこまで頼るつもりはなかったが、トウマは無言でうなずいた。
軽く息を吐いて、精神を集中。
まぶたを閉じると、視界が即座に切り替わった。
ぼこぼこと煮え立つ海中。思わず声をあげそうになったが、なんとかこらえる。
視界はすぐに移動し、沸騰する海の中を縦横に動き回った。
VRゲームなど比較にならない臨場感。
絶え間なく気泡が生まれる海中の視界は悪いが、スケルトンシャークが泳げなくなるほどではない。
周辺の海底は、白い砂のような結晶で覆われていた。他に、目に付く物はない。
「これ、下手すると酔いそうだな……」
幸い、頭は三つあるが共有する視界は正面のひとつに固定されている。
まさに水を得た魚のように、スケルトンシャークは沸騰湾を軽快に泳いでいく。熱は感じなくとも骨格にダメージが入るのではないかと心配したが、杞憂だったようだ。
スケルトンシャークからは、楽しいという感情だけが伝わってくる。
「それで、共犯者よ。様子はどうじゃ?」
「海が沸騰してるのは間違いないんだが……これ、熱水が噴出してるってわけじゃなさそうだな」
そこまでは感覚共有されないが、熱が伝わらなくとも見るだけで海中も沸騰していることが分かる。
だが、その熱源は分からなかった。
「ふむ。共犯者がそう言うということは、そちらの世界では似たような事象があるのかえ?」
「ああ。こんな浅いところじゃなくて、俺が知ってるのはもっと深い海底でだけどな」
確か、熱水噴出孔だったか。
いつか、祖父と見たドキュメンタリーを思い出す。
動物とか自然とか宇宙を扱ったドキュメンタリーが好きな人だった。警察官をやっていた経歴からは、あまり想像できない趣味。
「海からお湯がぴゅーっと出るのですか?」
「ああ。何百度のお湯が海底の切れ目から噴出するんだけど、周囲の水温が低くい上に水圧も高いから沸騰はしてなかったな」
「となると、この沸騰湾とは、似て非なるものと言えるの」
確かに、地球の熱水噴出孔周辺ではバクテリアをベースに食物連鎖が築かれるが、この沸騰湾ではいかなる生命も存在できないだろう。
「見える範囲に、モンスターもいないな……」
「モンスターも、煮えちゃうからなのです?」
「環境に適応した魔物が発生しても、理屈上はおかしくないのだがの。火口に住むレッドドラゴンならば、沸騰した海でも問題なかろう」
「それは規格外過ぎる。いてほしくないんだが」
しかし、ここは魔法の存在する世界だ。
魔力の異常によって発生した事象は、また魔力によって無効化できて不思議ではない。
不思議ではないが、トウマや幼なじみのレイナが生きていける以上は物理法則がまったく異なるということもないはず。
「仮にだが。この沸騰作用が水分だけに作用してるとしたら?」
「熱そのものの放射ではなく、沸騰という概念の放出というわけか。充分あり得ることじゃの」
「残念なのです。リリィなら大丈夫なのに……」
「行けても行かせるつもりはないが、確かに比較対象にはならないな」
スケルトンシャークもゴーストも、水分とは縁遠い存在だった。
「でも仮説は仮説だ」
「隠れてるだけかもしれぬか」
「確かめてみよう。スケルトンシャーク、頼む」
トウマはスケルトンシャークに命じて、白い海底を擦るように泳がせた。
胸びれや尾びれで海底の結晶を舞い散らすが、それだけ。視界が一瞬濁り、海底に残っていた貝殻や石が舞い散る。
だが、他になにかが飛び出してくることはなかった。
「やっぱ、なにもいないな。まあ、今は別の場所にいるだけって可能性は残ってるけど……」
「妾の心配しすぎであったか」
「……あ、待った」
白い結晶が舞って露わになった海底の一部。
裂け目になっているそこが、赤く輝いているのが見えた。
「そこが、魔力異常の核かの」
「だとしたら、どうにかできるものなのか?」
「物理的に潰すか、魔法的に処理するかじゃが……」
「場所が場所だけに、どっちも難しそうだな」
水分にのみ作用するという仮説が正しくとも、スケルトンシャークを突っ込ませるだけではどうしようもないだろう。
「魔力異常って、普通はその区域にしか影響を及ぼさないものなのか?」
「どういう意味かの?」
「海水が蒸発するのなら、もっと広い範囲に影響が出るんじゃないかと思ったんだが」
「ふむ。言われてみると、線で引いたように範囲が決まっておるのう」
それが、こちらの世界の常識らしい。
「だったら、シア。これは静観が一番かなと思うんだが」
「妾も賛成じゃ」
「スケルトンシャークは、この海域を中心に監視役として残しておく」
「ふむ。ならば、異常の解決より我らが国のために役立ってもらうことを考えるべきかの」
「ああ、ヤシの実なんかは貴重な資源だな。今思ったけど、サトウキビが生えてたら砂糖も手に入るな」
「それは良いの」
「そう言えば、トウマ。海の底にあったっていう砂は、なにかに使えたりしないのですか?」
トウマはスケルトンシャークの視界にリンクしたまま、海底の結晶を見つめる。
「砂か……。溶かしたらガラスができたりするかもしれない」
「ほう。ガラスとな。共犯者の知識には、ガラスの製法もありそうだの」
「そんなに詳しくはないが……」
「とりあえず、回収してみてはどうじゃ」
トウマはうなずき、スケルトンシャークに命じて海底に残っていた大きめの貝殻をくわえさせた。
それで海底の結晶をすくい、砂浜へと移動させる。
「ありがとう。これからもよろしく頼む」
貝殻は熱せられているため、そのまま受け取ることはできない。
砂浜に置かせてから受け取ると感覚の共有を切って、スケルトンシャークを海へ帰した。
そして、回収された海底の結晶をまじまじと眺める……が。
「これ、砂じゃなくて塩なんじゃないか?」
「え? お塩ってもっと茶色っぽいのですよ?」
「いや、きちんと精製した塩は白いぞ」
海水が煮沸され、塩分だけが残って堆積した。
その可能性はあるのではないかと、言おうとした直前。
「味をみれば良かろう」
論より証拠と、内部の比較的濡れていない部分を影術で編んだ小匙ですくう。そのまま、ためらいなく口に運んだ。
「ふむ……」
暗送秋波。視線だけで、ミュリーシアは間違いないと伝える。
「これは、特産品第二号じゃな」
第一号――巨人のつるはしで削り出した石器のクリエイターであるミュリーシアが、いきなり抱きついてきた。
「喜ぶが良い、共犯者よ」
「シア!? なんで、抱きついて!?」
たわわに実った果実が、これでもかと押しつけられる。
普段はあまり仕事をしないトウマの表情筋が、ここぞとばかりに活動した。
「トウマ、面白い顔なのですよ!」
「なんじゃ、うれしくないのかえ?」
「いや。それ、どっちの意味なんだ……」
「さて、のう……」
嘘はつきたくない。
かといって、本当のことを言ったらどうなるか。
「とりあえず、食卓が充実しそうで良かった」
迷った挙げ句、花より実を取ることにした。




