208.最後の事件
「【貴族】が、これを……?」
初めて足を踏み入れた、城館の三階。
執務室の隣にある【当主】の寝室は、惨憺たる有様だった。
床の絨毯はめくれ上がり、壁のタペストリーは無慈悲に破られている。
血臭――命が失われている匂いが濃く、トウマの嗅覚はむちゃくちゃになっていた。
「……【貴族】様は、密かに【当主】様に面会を申し出られました」
「そのときに……か……」
そして、【当主】は仰向けに倒れている。
胸から剣を生やし、岩のような全身を投げ出していた。
表情は苦悶。加えて、驚きに彩られている。死ぬなどと、まったく想像もしていなかったという表情。
トウマが【商人】を相手にしている間に、こんな事が起こっていたとは。道理で、あれだけ騒いでも【貴族】が現れないはずだ。
「こんなことになるとは、想像もしていなかったな……」
ここに来て驚いてばかりだなと、トウマの冷めた部分が苦笑を浮かべる。
慣れたくはないが、【騎士】のときほどの衝撃はなかった。
その代わりに、もしかしたら……という疑惑が頭をもたげる。
「いや、それは後回しだ」
根拠のない思考を打ち切り、トウマは【貴族】向き直った。
天蓋はないがかなり大きな、【当主】のベッドに我が物顔で座る【貴族】に。
「どうしてと、聞いてもいいか?」
「ふはははは。こんな機会は、なかなかないだろう。どうしてもと、いうのであればやぶさかではないぞ。慈悲深い僕で良かったな」
傲慢そのものという【貴族】だったが、【騎士】が持っていたと思しき手枷でベッドとつながれていた。
「自ら、拘束を望まれました」
「僕は、もちろん逃げも隠れもしない。だが、凡俗には見える形でそれを示す必要があるということだ。そうだろう?」
「そのことに関してだけは、感謝しておこう」
お陰で、【執事】が呼びに来てくれた。
ただ、それだけだ。行為自体は、決して肯定できない。
なのに、なぜか【貴族】が砂を噛んだような顔をする。
トウマには、理由がよく分からなかった。
だが、事情を聴取するだけなら支障はない。
「改めて聞こう。なぜ、【当主】を殺したんだ?」
「砂金を返してもらえないか頼んだのだが、すでに向こうの物だと言われてね。口論となったのだよ。まったく、所詮は地方の豪族というわけだ。あれっぽっちの金に目の色を変えるとはね」
「……分かった」
「ほう。【旅人】のくせに、物分かりがいいな」
トウマに、【貴族】の意思は完全に伝わった。
正直に話すつもりはない。
そう言っているのだ。
「これ以上は、止めておこう」
「まだ、僕はなにも喋っていないと思うが?」
「【騎士】を殺したのも【貴族】かと聞いたら、肯定されてしまいそうだからな」
「…………」
図星だったようだ。
初めて、【貴族】が素の表情を見せる。
こんな状況だが、なかなかの美青年だった。この態度で接したら、【令嬢】からも受け入れられたかもしれない。
今となっては、もしもの話でしかないが。
「【当主】がいない場合、犯罪者の処断はどうなるんだ?」
「近隣の街で事情を説明して……と、なるでしょうな……」
「それまでの間、どうするか……」
まさか、私刑を加えるわけにもいかない。
どこかに閉じ込めておくしかなかった。
「【執事】、すまないが牢屋のようなものはないだろうか」
「地下にございます。長いこと使っておりませんが……」
「【貴族】と【商人】は、そこに入ってもらうしかないだろう」
「……左様でございますな」
それから、【当主】の遺体をきちんとする。【令嬢】にも、きちんと説明しなくてはならない。
やるべきことを頭の中で並べていると――
「くっ。こんなときに、眠気?」
――不意に、意識が暗転した。
夢。
今度の夢は白昼夢で、モノクロだった。
またしても、トウマは城館のエントランスにいた。
移動はできない。視点は完全に固定されていた。
なにか、荷物が運び出されようとしている。
目をこらす。
長方形の箱……棺だった。
最初にひとつ。
続けて、もうひとつ。
そこから遅れて乱雑に、ひとつ、ふたつ。
合計で四つの棺が、城館から出て行った。
ジジッジジッと、夢の光景にノイズが走る。
映像の明度が、徐々に下がった。
次に出て行ったのは、様々な家財道具だ。
ワードローブが、ベッドが。
丸められた、絨毯やタペストリーが。
絵画が食器が棚がワインが書物が。
まるで引っ越しでもするかのように、次々と運び出されていった。
いや、これは実際に引っ越しだ。
今度は、人が出ていく。
使用人たちが荷物をまとめ、エントランスから外へと出て行った。
二度と、戻ってこない。
トウマは、誰にもなににも触れられない。
声をかけることもできない。
誰にも、気付かれない。
ただただ、見ているだけ。
次々と人が出ていき、最後に見憶えのある人物が姿を表した。
見間違えるはずがない、【令嬢】だ。
もちろん、包帯などしていない。
その美貌は、輝くばかり。
荷物は、先に運び出されているのだろう。身ひとつで、エントランスに立つ。
すぐには出て行かず、城館を一人静かに見回した。
感慨深そうに。
だが、寂しそうではない。
最初に夢を見たときには、【令嬢】が館から出て行くことを不自然に感じてしまった。
残念ながら、今はそうではない。
求婚者が死ぬか犯罪者となり、父である【当主】は身罷った。
そんな館に、誰が住みたいと思うだろうか。
(くっ)
突然、頭痛が走った。
短いが強烈な痛み。
まるで、城館から抗議を受けたかのようだ。
やがて、【令嬢】は館に背を向けた。
後ろ髪を引かれることはない。
振り返ることもない。
だから、分からない。
一体、どんな表情をしているのか。
喜んでいるのか。
哀しんでいるのか。
後ろ姿からは、今回も推し量ることができない。
扉は、すでに開け放たれている。
暗い城館から、明るい外の世界へ。
ゆっくりと。しかし、止まることなく【令嬢】は進んでいく。
前に見た夢と同じく。外には馬車が駐まっていた。
足取りに戸惑いはない。
振り返りもしない。
もはや、なんの未練もない。
ついに、【令嬢】は馬車へと乗り込み……。
――ぶつり。
視界が黒で塗りつぶされる。
そして、誰もいなくなった。
「わたくしは、【執事】と申します。畏れ多くも、【当主】様より当館の維持管理を任せられております」
灰色の髪を綺麗に撫でつけた【執事】が、胸に手を当て華麗に一礼した。
その所作で、ノインを連想する。戻ったら、怒られそうだ。
「この先の川が増水し、とても橋を渡れる状態ではないと聞き及んでおります」
雨の音は、途切れることなく続いている。
飽きもせず、ずっと。
「窮鳥懐に入れば猟師も殺さずと申します。我が家と思って、おくつろぎくださいませ」
「いや、もう充分だ」
最初の、あの時と場所に戻ってきた。
そんな感慨を見せずに、手を突き出してトウマは話を遮った。
「――は?」
「求められてることは、最後の夢で分かった」
レイナは、間違っていた。
このダンジョンの攻略条件は、【令嬢】の生存ではない。
トウマが求められたのは、別のこと。
最後のモノクロの夢まで見て、気付いた。
差し詰め、あれはクイズの出題だったのだ。
であれば、ここで答えを出せるはず。
出題者にも無理だった答えを。
「そちらの疑問に、答えることはできると思う」
回答らしきものにたどり着けたのは、すでにヴァレットと遭遇していたからだろう。
ダンジョンの階層は、相互に影響を受けるらしい。そのことは、ミュリーシアから聞いたことがある。
だが、階層核までとは知らなかった。
主を失い、狂ったAI。
第三層の階層核も、ヴァレットと同じ穴の狢だったらしい。
「……その前に、ひとつ要望がある」
「なんでしょうか……」
「すまないが、電話を掛けさせてもらいたい」
「…………」
「ああ、電話というのはこの機械を使って離れた場所にいる相手と会話をするすることだ」
「……ご随意に」
答えらしきものには、たどり着いている。
それは間違いないが、ひとりで謎解きなど自信がない。
了承を取り付け、制服の内ポケットからスマートフォンを取り出した。
必要とあれば、雰囲気を台無しにしても気にしない。
どこまでも、トウマだった。




