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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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207/295

207.第三の事件

 トウマが取り込まれたダンジョンの第三層。この城館には、死者の匂いが充満していた。

 それが、死霊術師の感覚を鈍らせる。


 けれど、悪いことばかりではない。


「魔力を16単位、加えて精神を8単位。理によって配合し、監視の目を創造する――かくあれかし」


 自室の床に座り込み、トウマはスキルの詠唱を始めた。


 その目の前には、厨房から持ち込んだ豚の頭蓋骨。

 それを借り受けて、スキルの焦点具として使用している。


 もっとも、返却されても扱いに困るだろうが。


「《スカル・アラート》」


 スキルが完成すると、頭蓋骨がぼんやりとした青い靄に包まれた。

 ゆっくりと浮き上がり、虚ろな眼窩に丸くて赤い光が宿る。


 消灯時間は、すでに過ぎていた。


 そうでなくても、あまりに怪しい。あらぬ噂を立てられそうだ。


 けれど、トウマはまったく気にしていない。


「頼んだ」


 頭蓋骨がうなずいたように見えたのは、錯覚だろうか。


 トウマが扉を開くと、館の反対側。【令嬢】の部屋へと、《スカル・アラート》が移動していく。


 指定した者以外が近付くと、警告を発するスキル。


 こんなものが飛んでいたら、あまりにも怪しすぎる。トウマだって、それは理解している。


 だが、この城館の空気とは合う。目立たないところに設置すればだが、意外と気付かれずに済みそうだった。


 今回は、【令嬢】の部屋に近づく者がいたらアラームが鳴るという条件付けをしている。


「あとは、部屋で待つだけだな……」


 しかし、昨日の今日では動きはないだろう。

 ミュリーシアたちと会話をした後に思ったように、焦らないように心を落ち着ける。


 スマートフォンのロック画面を眺め、雨と風の音に耳を傾けること数時間。


 そろそろ、リリィと話をしようか。


 スマートフォンのロックを解除しようとした、その瞬間。


 動物の。まさに、豚の鳴き声のような絶叫が響いた。


「もうなのか!?」


 驚きつつも、トウマは立ち上がった。


 なにかあったらこうなることは、【執事】には説明済み。【令嬢】は、念のため部屋を移動してもらっている。


 憂いはない。


 護身用の棒を手に、トウマは部屋を飛び出した。

 武器は、奪われて相手に使われる危険がある。だから、素人には防具のほうが適している。


 その理屈は分かるのだが、手軽な防具というものがなかった。レッドボーダーがいれば、どれだけ心強かっただろうか。


「でも、マテラの相手をしてもらうほうが俺を守るよりも重要だしな」


 城館の廊下を駆け抜け、一分もかからずに現場に到着。


「そこを動くな!」

「謀られたということかいな!」


 部屋の前には、右手に筒のような物を手にした【商人】がいた。どうやって手に入れたのか。鍵が刺さっており、今にも扉は開く寸前。


「こうなったら……ッッ」

「警告はしたぞ!」


 トウマは、《スカル・アラート》の持続を切った。

 力を失った豚の頭蓋骨が、【商人】目がけて落ちてくる。


「ひぃぃっっ。なんや!?」


 直撃こそしなかったが、バランスを崩してたたらを踏む。


 ぽとりと、【商人】が筒を取り落とした。

 おむすびのように、廊下を転がってくる。


「あああ、なんちゅう。なんちゅうことやっ」


 身も世もなく、四つんばいになってガラスの筒を追いかける。


 トウマは、それと目が合った。


 【商人】と、ではない。


 転がってきた、ガラスの筒。


 液体に浮かぶ、いくつもの目とだ。



「目や」

「目?」

「ああ。【令嬢】はんの目に、ワシはぞっこんでな」


 ぶるりっと、【商人】が体を震わせた。


「あんな美人には、お目にかかったことあらへん。美を売り物にしとる、このワシがやで」


 言っていた。確かに、言っていた。


「目か……。まさか、物理的な話だったとは思わなかった」

「見られてしもうたなぁ」


 ぎゅるぎゅると、【商人】が笑う。

 眼球入りのガラスの筒を大事そうに懐へしまい、我が子を抱き寄せたかのように笑う。


「美しいもんが、失われる。それは、世界の損失や」

「だから、そこに保存をすると?」

「そうや。目は、ええ。なにも言わんでも、意思が通じる。なにより、美しい」


 狂気に満ちた目で、【商人】がトウマを見た。

 怖気がするような視線。

 今にも逃げ出したくなるような、陶然とした表情。


 口を利くガマガエルにつきまとわれているかのような怖気。


 それは、とても日常では遭遇し得ないもの。


 しかし、トウマは平然と受け止めていた。


 ジルヴィオに指を落とされ、投げかけられた言葉。

 黒騎士やアンデッドパイレーツの不気味さ。

 ダンジョンの過酷さ。

 天使への嫌悪感。


 この程度の狂気、どれにも及ばない。


「そうか? 過去の【令嬢】から今の【令嬢】になるだけだろう。それだけの違いだ」


 実のところ、【令嬢】は過去も今もなにも変わっていない。

 それを知りつつも、トウマは嘘偽りのない本音で語った。


「もちろん、本人の気持ちの面では違いがあるだろう。だが、それは外野が論評することじゃない」


 ヘンリーを待ち続けたカティア。

 彼女は、今も昔も美しい。


 それと同じことだ。


「大丈夫や。今なら、まだ大丈夫や。けったいな肉腫に覆われとったが、瞳の美しさは変わっとらんはずや」

「まったく、話が通じていないな……」


 根拠があるのか。それとも、ただの願望なのか。

 この部屋は無人だが、このまま放置はできない。


「なにを言っても、【令嬢】の目を手に入れるつもりみたいだな」

「当然や!」


 劇の主役のように気合いを膨らませ、【商人】がトウマへ飛びかかる。


 この体重差だ。

 組みつかれたら、脱出は困難。


「だから、その前に終わらせる」


 トウマが、護身用の棒を正眼に構えた。

 壁に掛けられたランプの明かりが、トウマの横顔を照らす。


 背筋が伸び、呼吸が整う。

 城館の廊下が、意識の中で道場へと塗り替えられる。


 目をコレクションしていることは、関係ない。

 武器も持たず、ただぶつかってくる暴漢への対応だ。


 どうする?


 当たったら危険な面か。

 違う。


 でたらめに動かしている小手か。

 それも、違う。


「胴!」


 分厚いが的の大きな胴を狙った。


「ワシは!」


 鈍い手応え。気持ちいいものではない。

 しかも、【商人】は倒れない。


 トウマは思わず、眉をひそめた。


「欲しい物を手に入れるんや!」


 だが、それはそれとして追撃。


 足を止めた【商人】の胴を、もう一度打ちすえる。


「ウグアッッ」


 まだ、倒れない。


 だから、愚直に。


 折れるまで、打ち続けた。


「ワシは……ワシは……こんなところで……」


 倒れ伏し。それでも、地面を掻くようにして決して諦めない【商人】。


「ジイさんも、異世界で役に立つとは思わなかっただろうな」


 延々と練習しつづける姿勢だけは、褒められたものだ。

 あまり楽しくはないので、辞めてしまったが。


「人生、なにが起こるか分からないもんだ」


 トウマは苦悶する【商人】の腕を取り、関節を極めた。

 祖父から仕込まれた、剣道と柔道。つまり、警察で使用される武道を駆使して無力化する。


「【旅人】様」

「ああ、いいところに」


 騒ぎを聞きつけて駆けつけた【執事】の声を聞いて、トウマは安堵する。


 これで、終わり。


 ミュリーシアたちのところへ帰れる。


「【当主】様が、亡くなられました」


 安心した直後、淡々とした【執事】の声が聞こえてきた。


「どうして、【当主】が……?」


 言葉の意味は、理解している。

 誤解のしようもない。


 思わず、【商人】の拘束を解きそうになる。


 慌てて、関節を極め直し。


 そうしながらも、渦巻く疑問が頭から離れなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 目ならえぐっても高位の回復魔法で……と言ってはいけないw しかし当主ですか……ミステリの王道を行く被害者チョイス。
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