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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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205/295

205.【騎士】の秘密

 葬儀に先だって、【騎士】の持ち物を確認したい。


 提案という形式を装った要望は、意外にもあっさりと受け入れられた。


 身内はいなくても、死を知らせるべき相手はいるはず。

 その正論を退けてまで拒否する理由は、どこにもない。


 大義名分は重要というミュリーシアのアドバイスは、実に的を射ていた。


 とはいえ、無条件にというわけではない。


「手助けになればと思っていたのだが……。むしろ、仕事を増やしてしまったようだ。すまないことをした」

「いえ。後回しにはできないことですので。お気になさらず」


 ぱたんと、小さな音を立てて扉が閉まった。【執事】が、備え付けのランプに明かりを灯す。

 揺らめく炎が、主のいない部屋を照らした。


 いや、主はいる。

 物言わぬ骸となって、ベッドに横たわっているだけで。


「すまないが、持ち物を確認させてもらう」


 部屋に入ったトウマが、【騎士】に向かって頭を下げた。【執事】も、それに倣う。


「では、始めましょうか」


 感傷は、ほとんどないかごくわずか。【執事】が顔を上げトウマを促した。


 さすがに、確認をトウマ独りに任せるわけにはいかなかった。

 その結果、トウマが【執事】を手伝うような格好になってしまったが不満はない。


「ああ、そうしよう。悪いことをしているわけじゃないが、【貴族】や【商人】に気付かれても面倒だしな」

「左様でございますな」


 ざっと部屋を見回す。

 トウマの部屋にはない物が、いくつかあった。


「荷物は、背嚢がふたつだったはずでございます」

「それから、この武具か……」


 代表的なのが、パーツ毎に分解した鎧を立てかけているトルソーだ。


 ネイアードの全身鎧ほどではないが、要所をしっかりと守る構造の板金鎧。

 所々にへこみがあるのは、経てきた戦いの激しさを物語っている。それでいて、手入れは細部にまで行き届いていた。


 もしこの鎧を身につけていたら、馬に蹴られても一命を取り留めることはできたはずだ。


 もっとも、暴風雨の夜にこんな鎧を着ていたら別の問題が発生していただろうが。


「剣と盾もあるな」

「お身内がいらっしゃらなければ、当家でお預かりすることになるでしょうな」

「ああ、それがいい。じゃあ、荷物を改めさせてもらおうか」


 背嚢はふたつあったが、分担して探すというわけにはいかない。


 トウマも【執事】もそんなつもりはないが、あとから窃盗の疑いを掛けられてもつまらない。

 ひとつずつ一緒に見ていくことになっていた。


 非効率的だが、必要なことでもあった。


「こっちは、着替えか……」

「そのようでございますね」


 最初に開いた背嚢には、生活用品が詰め込まれていた。


 二人で順番に、テーブルの上へと広げていく。


 携帯用寝具、毛布、火打ち石と打ち金、携帯食器一式、調理用具。携帯食料、ロープ、松明、水袋等々。筆ペンとインク壺もあった。


 どれも、一人で旅をするためには必須の装備。ジルヴィオと旅をしたときに運んだ品と、大きな違いはなかった。


 つまり、特に不審な点はない。


 強いて言えば、ペンとインクがあるのに紙がないことぐらいだろうか。


「どれも、ありふれた品ばかりでございますな」


 暗に処分すると言う【執事】に、トウマはうなずいた。もし【騎士】の相続人がいたとして、これを渡されても困るだけだろう。


「馬関係の装備がないのは、馬丁に預けたからか?」

「左様でございましょう」

「そういえば、馬は大丈夫なのだろうか?」

「ばたばたしておりましたが、どうやら逃げたようでございます」

「逃げたのか? この雨なのに?」


 耳をすます必要もなく、風雨の音は聞こえてくる。

 夜中も、変わらなかったはずだ。


 地面がぬかるむ暴風雨の中、馬が小屋から飛び出すものだろうか。

 あるいは、そういうことにして【騎士】の愛馬をかばっているのかもしれない。


「まあ、追いかけることもできないだろうしな……」


 殺人だった場合は証拠を失ったことになるのだが、仕方がない。


「もうひとつのほうも、見ていこう」


 無言で【執事】がもうひとつの背嚢を、運んでいく。


 こちらは、戦闘に関係する品を入れているようだ。


 武具の手入れをするための道具。

 傷薬や酔い止めなどの薬品。

 ナイフなどの予備の武器。


 それから、なんに使うのか鉄の手枷もあった。もしかしたら、足枷かもしれない。


 だが、目当ての物は出てこない。


「こっちにも、手紙や日記のようなものはないか」

「ございませんな。このようなことになるとは、思ってもいなかったのでございましょう」


 だが、ペンとインクはあるのだ。

 メモのひとつもないのは、不自然ではないだろうか。


 納得のいかないトウマは、まだ調べていない場所……武具を改めて捜索する。【執事】も、なにも言わずに協力した。


 数分後。


「これは……」


 盾の裏側に、スリットが隠されていたのを発見した。

 一般的なのか、それとも特注なのか分からない。だが、明らかな進展。


 手を差し入れると、待望の感触。紙らしき物にあたった。


「手紙の下書きか?」

「恐らくは……」


 ランプの近くに寄って、便せんを開く。


 それは、【騎士】が仲間に宛てた手紙のようだった。


「すまない、読ませてもらう」


 手紙は、ドラゴンを倒したことへの慰労で始まっていた。


 トウマは、心の中で拳を握った。

 私信だが、これこそ求めていたもの。


 しかし、その直後顔が曇る。


 怪我の具合を心配するのはいい。


「次のドラゴンこそ本命というのは、どういうことだ……?」


 おかしい。

 仲間に、次の戦いに備えて養生するように伝えようとしているのはなぜなのか。


「【騎士】は復讐を終えたはずだった」

「……左様でございます」

「だが、まだ終わりではないようだ」


 二人して、黙ってしまう。

 雨音が、やけに響く。


 先に口を開いたのは、【執事】だった。


「次の討伐のための資金や人員を、当家に求めたのではないでしょうか?」

「資金が欲しければ、ドラゴンの鱗を売ればいい」


 それに、【令嬢】に求婚したのもおかしい。

 人員が欲しいだけなら、ライバルのいない貴族や商家に婿入りでもなんでもすればいいのだ。それくらいの名声はあるだろう。


「……遺体の服には、特になにもなかったんだよな?」

「はい。それは確認いたしております」

「じゃあ、仕方がないか」


 トウマは、テーブルに並べられた装備からナイフを握った。続いて、空にした背嚢を手に取る。


「なにを……」

「手っ取り早い方法を採らせてもらう」


 背嚢にナイフを突き立て、躊躇なく引き裂いた。

 断面を確認しておかしなところがないとみると、さらに細かく切り――解体していった。


「こっちだったか」


 ふたつ目の背嚢を半分にしたところで、トウマはナイフから手を離した。

 背嚢の布と布の間に指を突っ込み、中身を取り出す。


 巧妙に隠されていたのは、羊皮紙を自分でまとめてノートにしたと思しきもの。


「真面目に探せば、隠しポケットのようなものが見つかったんだろうがな」

「は、はあ……」


 もはや【騎士】に謝罪もせず、トウマは羊皮紙を広げた。


 そこに記されていたのは、ドラゴンとの戦い方について。

 人生と命を賭けて、【騎士】が得てきた情報だった。


「埋もれさせるには、惜しい内容ではあるのでしょうが……」

「期待したものじゃなかった……。いや、ここから様子が変わったな」


 それまでは、ある程度他人の目を意識していた。

 だが、末尾の数枚は走り書きに近い。


「やっぱり、次に戦うつもりだったのが【騎士】の故郷を滅ぼしたドラゴンか」


 敵を冷静に分析し、その結果、勝てないと結論づけた。


 それでもなお、殺すにはどうすればいいか。


「考え抜いた末の結論が、囮か」


 初めて会ったときに、【令嬢】を評して言っていたではないか。


「ああ。ドラゴンでも見惚れるだろうな」


 ――と。


「つまり、【騎士】様が当家を訪れたのは……」

「【令嬢】をドラゴンへの生贄にするため……ということになりそうだな」


 トウマは羊皮紙をたたみ、乱雑に髪をかき乱した。


「期せずして、【令嬢】にとっての危険人物が排除されたことになるが――」

「はい。本当に良うございました」

「――こうなると、他の二人にも裏があるのかもしれない」


 疑惑。あくまでも疑惑だ。

 それに、トウマまで怪しいということになってしまう。


「まさか、そのような……」


 にわかには、信じられない。

 だが、否定はできない。


 前例が、できてしまった。


「こうなると、この手枷だか足枷だかも別の意味がでてくるな」


 トウマは、揺れ動く【執事】を正面から見つめる。


「俺にひとつアイディアがある。【当主】と相談をして、どうするか決めて欲しい」


 そして、トウマにしかできない作戦を口にした。

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― 新着の感想 ―
[一言] まさかの囮!? うっかり口が滑りでもしない限り殺される動機としてはどうなのか……。
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