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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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202/295

202.再会には、まだ遠く

「……罠か?」


 ベッドの上で、それ・・を見つけたとき。トウマは、反射的に距離を取ってしまった。


 そんな反応を、知ってか知らずか。どこからともなく垂れた黒い帯が、その先に巻き付けた見憶えのある板をベッドの上で蠢かす。


 魚の視点で、釣り糸と針を見たらこうなるのかもしれない。


 だから、トウマが警戒するのはある意味で当然だった。


「どう見ても、シアの影とスマホだよな……」


 この第三層に出てくるには、あまりにも都合が良すぎる。なにかの罠でなかったら、幻覚の類だろう。


「そんなに、ワインを飲んではいなかったはずだが……」


 それ以前に、酩酊感はない。

 つまり、現実である可能性が高い。


「……他の人に見つかったら、厄介だしな」


 もしかしたら、【執事】なら大丈夫かもしれない。だが、不審だと処分されそうな気もする。【騎士】は面白い物が好きな雰囲気があるし、【商人】には絶対に渡さないほうがいい。


「やるか」


 頬をぴしゃりと叩いて、トウマは黒い帯をぎゅっと掴んだ。間髪入れず、動きを止めたスマートフォンを握る。


 続けて、慣れた手つきでロックを解除した。そのタイミングで、影の帯が消える。


 通話は、すぐにつながった。


「……レイナで、いいのか?」

『センパイ!?』

『共犯者!』

『トウマ!』


 いくつもの声が重なり、スピーカーが割れたような不協和音を奏でた。

 トウマは顔をしかめ、可能な限り手を伸ばす。


「驚いたな」


 いろいろな意味で。


『第三層への扉はありましたけど、誰も通り抜けられなかったんですよ』

『じゃが、物はその例外のようじゃったからな』

『すまほを、お届けなのですよ~』

「そんな抜け道が」


 天井を見ても、穴のようなものはない。理屈は、さっぱり分からなかった。


「良く、俺の居場所が分かったな」

『そこは、勘よの』

『相変わらず、むちゃくちゃですね』

『頼りになるのですよ~』

「ミュリーシアなら、それくらいできるか」


 不思議だ。

 不思議だが、ミュリーシアなら納得できなくはない。


 思考停止ではない。信頼だ。


「とりあえず、俺は無事だ。危害を加えられてはいない」

『良かった……』

「だが、洋館? 城館? まあ、館で足止めを喰らって変な役割を押しつけられている」

『変って、なにが変なのです?』

「とんでもない美人の【令嬢】と、彼女に求婚する【騎士】、【貴族】、【商人】を見定める役割だ。変としか言い様がないだろう?」


 トウマは、扉に吸い込まれた直後。

 城館に迷い込んでからの話を、スマートフォン越しに聞かせる。


 いきなり、【執事】から【旅人】と呼ばれたこと。

 大雨で、しかも外に出たらエントランスへ戻されたこと。

 一癖も二癖もある人物たちと出会ったこと。


 自分で説明しつつ、首を傾げてしまう。


『そんなに美人でしたか』

『ほう……。美人のう……』

「ああ。でも、芸術品とか美術品のほうが近いな」


 観賞する分には、最高だろう。

 だが、ともに過ごしたいかというと違う。少なくとも、トウマにとっては。


『精霊様の像みたいなのです?』

「それは少し違うが、シアなら彫れそうではあるな」

『よく分からないのです!』


 リリィがさじを投げた。


『役割に沿って動くルールみたいなのが、あるんですかね。ドラマの世界に迷い込んだみたいな感じですか?』

「ああ、言い得て妙だ」

『ふむ。そう考えれば、人数制限が存在するのも道理やもしれぬ』

「配役というのがあるからな」

『リリィたちの村の始まりの劇の前に、余所のお芝居に出ちゃったのです……』

「本当に芝居をしているわけではないんだが……」


 ともあれ、話を変える必要がある。


「ああ、そうだ。こっちで食事をしたんだが、味はどうだった?」

『な、なな……』

「な、七?」

『なんということなのですーーーー』


 スマートフォンから聞こえる声が、徐々に遠ざかっている。どうやら、驚きに飛んでいってしまったらしい。


「そうか、本当に俺の安否が分かってなかったのか。それで、あの反応になったわけだな」

『食い違いがあったのは、そういう理由でしたか』

『それならば、この温度差も仕方がないのう』


 認識のギャップが埋まり、トウマは窓際で安堵の息を吐く。


「次は、こっちの番だな。そっちは、大丈夫なのか?」

『心配される理由がないんですけど?』

「卵が光り出したって言っていただろう」

『ああ、それですか』


 レイナが、あからさまに興味をなくした。一緒にいたら注意していただろうが、この状況ではそうもいかない。


 やはり、離ればなれというのは良くないなとトウマは思う。


『卵の明滅は、早くなったまま変わらぬの』

「見えてるのか? どうやって?」

『ミュリーシアが、運び出したのです』

「なるほど……。それでも光っているのか」

『急に光らなくなるほうが、心配なのですよ~』

「精霊殿の擬似太陽が、影響しているんじゃないかと思っていたからな」

『…………』

『…………』

『…………』


 その可能性が、すっかり抜け落ちていたらしい。返ってきたのは、沈黙だった。


「もう擬似太陽のアシストは必要ないと、いうことだとしたら……。これもしかして、本当に生まれる寸前だったりしないか?」

『あり得るのう』

「もっと顕著な変化はないのか? あれからもう半日近くだろう?」

『なにを言っているんですか。まだ一時間も経っていないですよ』

「……時間の進みも違うみたいだな」


 そうなると、この通話はどういう理屈で成り立っているのか。

 今、トウマたちはどういう状況なのか。


 それすらも、分からなくなってくる。


「あまり、長話をするのも良くなさそうだ」

『……ですね。ちょっと、ぞわっとしましたよ』


 レイナが、腕をさすっている光景がトウマの脳裏に浮かぶ。

 笑っている場合ではないかもしれないが、自然と口角が上がった。


「みんなと話ができて、安心した。これなら、俺も頑張れる」

『そ、そうですか? センパイにしては、珍しく心細かったんですね』

『影でやり取りができることは、分かったのだ。必要な物があれば、遠慮無く言うが良い』

『大丈夫なのです。リリィたちが、ついているのですよ!』

「ありがとう。早く、みんなと会いたいな」


 それは、紛れもない本音。心からの言葉だった。


 しかし、それを浴びせられたほうは堪ったものではない。


『センパイ?』

『共犯者?』

『トウマ?』

「ん? どうかしたか?」


 妙に硬い、みんなの声。【当主】ほどではないが、違和感がある。


『お酒を飲みましたね?』

『飲んだのじゃな?』

『噂に聞く、トウマのストレート状態なのです』

「そんな、ニャルヴィオンのニャンコプターモードみたいに言われてもな」


 飲んだと言っても、ワインを何杯か。ミュリーシアと一緒に飲んだときよりも、遥かに少ない。


「出された以上、断るのも不自然だしな。安心しろ、酔ってはいない」

『酔っている。センパイは、その状態で酔っているんですよ……』

「珍しく、心配性だな。そういう玲那も、好きだがな」


 スマートフォンの向こうで、息を飲む気配がした。

 だが、トウマには理由が分からない。


『……共犯者、今日はもう寝たほうが良いぞ』

『なのですよ~。レイナのことが好きなら、寝るべきなのですよ~』

「玲那のことは好きだが、つながりがよく分からないな」


 いや、それは真実だが正確ではない。


「もちろん、玲那だけじゃない、シアもリリィも好きだぞ」

『きょ、共犯者……』

『リリィも、トウマのこと好きなのですよ~』

「それはうれしいな」

『ぐふふ~。てれってれっなのです』


 スマートフォンの向こうで、リリィはぐるんぐるん回っていることだろう。一食分損をしたことは、すっかり忘れてくれたようだ。


『共犯者、寝るのだ!』

『そうです! もう寝てください! これ以上、人と接するのは危険です』

「……まあ、寝ること自体に異存はないが」


 やや理不尽を感じつつも、トウマはベッドに入る。

 途端に、眠気がやってきた。


 どうやら、限界だったらしい。


『お、起きたら連絡くださいよ?』

『そうじゃな。それで時間経過の齟齬も、ある程度判明するであろう』

「ああ、そうしよう。みんなのお陰で助かった。ありがとう」


 なぜか、スマートフォンの向こうで安堵の声が聞こえてきた。

 そのまま、通話が切れる。


「安心したのは、こっちのほうなんだがな」


 トウマは小首を傾げ……すぐに、答えにたどり着いた。


「ああ、そうか。俺が想っているように、俺も想われているということか」


 心配も不安も愛情も一方通行ではない。

 それはとても、素晴らしいことだ。


 離れて分かることもある。


 怪我の功名にトウマは、少しだけ微笑んで。


 着替えもせず、そのまま眠りに落ちる。


 ただし、夢も見ずにとはいかなかった。

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[一言] 物ならいける……自動人形は?
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