201.一堂に会す
「…………」
楚々とした足取りで、【当主】の左隣へと移動する令嬢。
ただ、歩いているだけ。
なのに、誰もが目を離せない。見慣れているはずの【当主】や【執事】さえ同じだ。
注目を浴びても、【令嬢】は変わらない。可愛らしくはにかみ、短い距離を進んでいく。
誰もがずっと見ていたかっただろうが、やがてその旅路は終わる。
小さく会釈をしてから、【令嬢】が席に着いた。
挨拶はない。
それどころか、声をひとつも発しない。
けれど、それは些細な。本当に些細なことだった。
「いやはや、これはこれは……」
まさに二の句が継げないという状況に陥っているのが【騎士】。口笛でも吹きそうな様子だ。
片目で顔には幾つもの傷が刻まれているが、そうしているとまるで少年のように見える。
すでに一度は会っているはずだが、そのときは軽く面通ししただけなのだろう。驚きは、本物のようだった。
「……ふんっ」
一方、【貴族】は不機嫌そうに顔をしかめて。どう思っているのか分からないが、言葉は発しない。
けれど、不快でないのは目を離さないことから明らかだった。
「素材がええと、最高級品でも負けてしまいますなぁ」
そして、【商人】はにこにこと上機嫌。彼が贈ったドレスを身につけているのだろうか。
自分の商品が劣っていることを見せつけられても、むしろうれしそうにしている。
それが、【令嬢】の美しさだった。
トウマでさえも、【令嬢】から目を離すことができずにいた。
ただし、他の三人とは事情が異なる。
(彼女も、アンデッドというわけではない……か?)
【騎士】、【貴族】、【商人】。
【当主】、【令嬢】、【執事】。
聞いていた人物は、この食堂に揃った。
死者の匂いは、この食堂にも漂っている。死霊術師の感覚を以てしても、特定するのは難しかった。
アンデッドにだけ効果のあるスキルを使えば不可能ではないが、なにが起こるか分からない。
しばらくは、この流れに沿って動いていくしかないようだ。
(まずは、この食事会で情報を集めることにするか)
トウマが目標を設定すると同時に、自己紹介が始まる。
そこで、特に目新しい情報は出なかった。誰彼も、本名を名乗らない。
自己紹介が終わったタイミングで、【執事】がワゴンを押して戻ってきた。
「食前酒でございます」
そして、目の前で栓を抜いたワインをグラスに注いでいく。
トウマは、最後に受け取った。
飲酒禁止令のことが頭をよぎるが、一杯ぐらいなら問題ないだろう。この程度で、酔うはずがない。
「素晴らしき出会いとなることを祈念して」
トウマも、【当主】にあわせてグラスを掲げる。そして、一息で飲み干した。
シルクのような舌触りで、軽やかな印象を受ける。たっぷりとしていながら穏やかな酸味と、フレッシュなフレーバーが広がっていった。
5秒ほど余韻を楽しみ、トウマはグラスを置く。
ワインのことはよく分からないが、不味くはなかった。ただ、やはり酩酊感はない。
おかわりが注がれ、次になにかのテリーヌやゼリー状のなにかの前菜が供された。
「……なるほど」
うなずいてみるが、食べてもなんなのかよく分からなかった。ノインであれば、食事が楽しくなるように説明をしてくれたのに。
少し、残念に思う。
ただ、美味しいことは間違いない。リリィも、楽しんでくれることだろう。それに、これで無事なことが伝わるはずだ。
「いや、これは絶品やな」
「うむ。我が家の料理人にも劣らない出来だ」
「たまには、こういうのもいいもんだな」
求婚者たち三人も、気に入ったようだ。まあ、ここで口に合わないなどと言うはずもないが。
「お三方には、素晴らしい贈り物を頂いている。少しでも返礼となれば幸いだ」
岩のように表情を変えず、【当主】は暗褐色の瞳で客人たちを見つめる。
ドラゴンの鱗、砂金、ドレス。どれも、結納品というわけではないことが改めてはっきりした。
それに対して、求婚者たちは抗議の声を上げることはない。
当然だろう。
あの【令嬢】を実際に目にしたら、納得するしかない。
そうこうしているうちに前菜は片付き、続いて濃厚なポタージュが供された。
これも、なかなか絶品だった。分かりやすい美味しさで、リリィも満足してくれるはず。
美味い料理に美味い酒。
これらが揃えば舌も滑らかになりそうなもの。
だが、顔合わせとなる食事会は粛々と進んでいった。
その理由は、【令嬢】だ。
求婚者たち三人は気もそぞろで、料理にも会話にも集中できない。
であれば【当主】が取りなすべきところだろうが、求婚者たちを見極めたいという思惑があるのか。
最低限の話だけ振って、言葉少なに沈黙している。
そして、【令嬢】は額縁に飾りたくなるほど愛らしい笑顔で食事を進めていた。求婚者たちやトウマの視線も、気にした様子はない。また、言葉も発しない。
もっとも、トウマはそこまで【令嬢】を見てはいないのだが。
今後のことも含めて、料理のほうに比重を置いているぐらいだった。
なにせ、ここはダンジョン。料理が、きちんとしたものだとは限らないのだ。
結果として、それは杞憂に終わった。
味もするし、腹もふくれる。昔話のように、目が醒めたら泥団子だったということもなさそうだ。
こうして食事会は進み、最後にデザートの果物が何種類か目の前に置かれる。
それに手をつけず、トウマは【当主】に険のある瞳を向けた。
「俺は今回の件を見届け、参考意見をと言われているのだが……」
ナプキンで口を拭き、水を一口飲む。
「基準は、どこに置けばいい?」
食後の弛緩した空気が、一気に緊張するのが目に見えて分かった。
ただ、【令嬢】だけは変わらず微笑んでいる。
「人柄、家柄、知力、体力、年齢、容姿、実績。配偶者を選ぶにあたって、決め手となる要素はいくつもあるだろう」
「その通りだな」
「では、俺はどの点を重視して意見を言えばいい?」
「ふむ……」
終了間際に投下された爆弾。
それを投げ込んだトウマではなく、言葉を探す【当主】に視線が集まる。
今まで反応していなかった【令嬢】ですら。
静寂が、食堂を支配する。
城館の奥にある食堂にまで、風雨の音が微かに聞こえてきた。
「当家にとって、最も有益なのは誰か。私は、それを第一に考える」
「なるほど。それは、明確な基準だ」
親ではなく【当主】ということであれば、それは決して間違いではない。
間違いではないが、そのまま受け入れることは難しかった。少なくとも、トウマにとっては。
「では、【令嬢】自身の意思は?」
「ふむ……」
巌のような【当主】が、暗褐色の瞳を閉じる。
どういうことなのか、理解できないといった様子。
「誰を相手とするか、いかにも甲乙付けがたい。そのようなことになった場合には、意見を聞くこともあるかもしれん」
「……了解した」
どうやら、【当主】の辞書に【令嬢】の自由意思という言葉は載っていないようだった。
レイナが知ったら、人には見せられない顔をしそうだ。もちろん、トウマも簡単に納得はできない。
ただ、これで勝利条件ははっきりした。
つまり、求婚者たちのターゲットは【令嬢】ではない。【当主】のほうになる。
いかに自分がこの家にとって有益な人間か。それを【当主】にアピールするのだ。
あるいは、【令嬢】をこの城館から連れ出してしまう。つまり、将棋盤をひっくり返してしまうか。
この方法は、一発逆転の可能性を秘めている。
ただし、【騎士】の追跡を受ける可能性がある。【貴族】も【商人】も身元がはっきりしているはず。逃げ場はない。
逆に言えば、【騎士】がこの家の財産など要らないということになったら手が付けられないということになる。
もっとも、この雨では実行も難しいだろう。
それに、どちらにしろ【令嬢】の意思は無視されることになるが。
「その基準で、見届けさせてもらう」
「理解してもらえたようだ」
実務的な話は、ここまでだった。
それから、勧められるままワインを何杯か口にし。
まったくぶれない足取りで、トウマは宛てがわれた自室へと戻っていった。
そして、そこで思いがけないものと遭遇をすることになる。




