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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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200/295

200.美しき【令嬢】

 かつて、ヴァレットが君臨していた場所。大学の図書館の跡地で、残された者たちは合流した。


 様々な感情でぐちゃぐちゃになって、それでも前を向くことを決めたレイナ。


 その緑がかった瞳に、ミュリーシアの姿が映る。


 しかし、ただの女王ではない。

 影の帯で巻かれた、巨大な卵を背負ったミュリーシアだ。


「……一体全体、なにやってるんですか?」


 驚きに瞳を見開き、次いであきれてため息をつき。レイナは湿度の高い視線を、ミュリーシアへと向ける。


「仕方があるまい。共犯者は捨て置けぬが、この卵も放ってはおけぬ」


 だが、ミュリーシアはそれを平然と受け止めた。なにも悪いことはしていないと、胸まで張っている。


 その双丘に、レイナは舌打ちをこらえるので精一杯。


「なるホド。泣き崩れていた臣下ヲ、体を張って慰めようとしているということカ」

「泣き崩れてないですけど!?」


 レイナがネイアードの足を蹴ろうとするのを赤い瞳で眺めつつ、ミュリーシアは荷物を地面に下ろした。

 影の帯が解かれ、素早く明滅を繰り返す巨大な卵が姿を表す。


「言ってた通り、点滅が早くなってますね……。爆発寸前っぽくないですか、これ?」

「さてのう。素直に解釈すれば、生まれる前兆ではないかと思うのじゃが」


 なにしろ、前例はない。

 できることは、安全に配慮しつつ見守ることだけしかなかった。


「それよりも、なのです! ネイちゃん、扉はないっていう話だったんじゃないのです?」

「気付いタラ、戻ってイタ」

「扉なのに、ほいほいいなくなってもらっちゃ困るのですよ!」


 リリィが拳を腰に当て、頬を膨らます。すみれ色の瞳の先には、更地になった図書館跡に出現した次の階層への扉。


 トウマをさらって消えていたはずの黒い扉が、元の場所に戻っていた。


「なに、消えたままよりは良いではないか」

「それはそうですね。殊勝なことです。このあと、どうなるかも知らずにね」

「ミュリーシアとレイナが、笑いながら怒っているのです……っっ」


 顔は笑っているが、目は醒めきっている。

 その鬼気とすらいえる波動に、リリィは戦慄した。生前、母親から大目玉を食らった記憶が蘇りそうになり、慌てて封印する。


「次の階層へ行くということデ、いいのだナ?」

「無論」


 有無を言わせぬ迫力に、ネイアードも圧倒された。


「そうカ。あの卵ハ、こちらで監視をしヨウ」

「うむ。任す」

「なら、一番乗りはリリィにお任せなのですよ!」


 空中で片足を上げ、駆け出そうとする。


「近衛じゃなくて、特攻隊長じゃないですか」

「それ、格好良いのです!」

「ああ、焚きつけたわけじゃないんですけど!?」


 レイナが伸ばした手は、空を切る。

 びゅんっと音がしそうな勢いで、リリィが空を駆け。


 ――そして、衝突した。


「あたたたたたた……なのです」


 見えない壁のようなものに弾き飛ばされ、リリィが錐揉みで吹き飛ばされる。


「リリィちゃん、大丈夫ですか!?」

「大丈夫なのです。ただ、痛いだけなのです」

「便利というか、不便というか……」

「これは、沸騰湾のときを思い出すのう」


 グリフォン島の北。グリフォンの頭に存在する沸騰湾。

 常に海水が沸き立つ、魔力異常により生まれた神秘の地。


 そこを調査しようと海に飛び込んだリリィだったが、見えない壁のようなものに遮られてしまった。


 トウマは、一種の地縛霊ではないかと判断した。つまり、リリィは島から出られない。


「でも、今までダンジョンはオッケーだったんですよ? ここも島の一部ってことになるんじゃないですか?」

「つまり、第三層はその例外か……」

「ゴーストなのは関係なク、あらゆる存在を拒んでいるかダナ」


 ミュリーシアとレイナの顔色が、さっと変わった。この扉をくぐれなければ、トウマを奪還する筋道が失われてしまう。


「ここは、妾から行くとしようかの」

「……いいですよ。譲ります」

「うむ。共犯者のことは、妾に任せるが良い」

「あたしも、後から行くんですよ!」


 黒いドレスを身にまとった、ミュリーシアがゆっくりと。けれど、しっかりとした足取りで第三層への扉に近付いていく。


 そのまま足を緩めることなく扉をくぐり抜け――られなかった。


 行き止まり。

 ガツンっと鈍い音がして、その先に進めない。


「あや~。ミュリーシアも、リリィとおんなじになっちゃったのです」

「なんと、忌々しい……」

「これ、ネイアードが当たりってことですか?」


 レイナもチャレンジするが、結果は同じだった。

 それだけでなく、ネイアードまでも。



「拒めるがゆえニ、元の場所に戻ったということのようダナ」

「扉は開いているのに入れないなんて、間違っているのです!」

「階層核に、ここまでの権限ってあるんですか? これができたら、オーバーフローも起こし放題じゃないですか」

「……人数制限やもしれぬな」


 ミュリーシアが、形の良いあごをなぞっていた指を離す。


「だとすれば、共犯者は無事ということになるが……」

「こっちから助けには行けないと。やっぱり、とんだクソ仕様じゃないですか」


 レイナが、忌々しげに地面を蹴った。トウマがいないので、悪態がとどまるところを知らない。


「じゃあ、人じゃなければ大丈夫なのです?」

「そうです、リリィちゃん賢い! 手紙かなにかを……」

「それができるのであれば、共犯者からの連絡があるのではないかの?」

「……確かに。じゃあ、どうするんです?」


 泰然自若。レイナに詰め寄られても、ミュリーシアは動じない。


「貴重な、すまほ。捨てる覚悟があるか。それだけの問題よ」


 ドレスの裾から影で編んだ帯を伸ばし、口角を釣り上げて白い牙がむき出しにした。





 トウマが案内をされたのは、広々とした縦長の食堂だった。


 壁は絵画やタペストリで飾られ、目立たないが印象的に彩られている。


 頭上には、煌びやかなシャンデリア。マジックアイテムなのか。ろうそくではなく、それ自体が発光して周囲を照らしている。


 トウマは、精霊殿の擬似太陽を思い出していた。


 中央に部屋と同じく縦長の食卓が設置され、やけに広い間隔で椅子が用意されている。

 すでに、【騎士】、【貴族】、【商人】は着席していた。【執事】に案内されるまま、その三人とホスト側の間に座る。


 緊張か。それとも、敵同士でなれ合うつもりはないということなのか。

 三人の間に、会話はなかった。それは、【旅人】であるトウマが加わっても変わりない。


「少々お待ちくださいませ」


 テーブルには、カトラリーが綺麗に並べられている。

 それを眺めていると、程なくして【当主】が姿を見せた。


 周囲に合わせて、トウマも立ち上がって迎え入れる。


「このような天候の中、我が娘のために集まっていただき感謝する」


 岩のような男。

 トウマが【当主】に抱いた第一印象は、硬いだった。


 角形の頭も、表情も、口調も。すべてが硬い。


「思うところは様々あるだろうが、今宵はそれを忘れて楽しんでもらいたい」


 一方的に言って、【当主】が長方形のテーブル一番奥側。短辺の席に座った。それだけで、頭上に重石が置かれた気分がする。


 食堂に、先ほどよりも重たい静寂が流れた。

 沈黙を苦にしないトウマだったが、いささか息苦しい。


 自己紹介でもすべきか。それは、【令嬢】が来てからのほうがいいのか。


 迷っているうちに、事態が動いた。


 実際、目にしたわけではない。

 ただ、彼女が入ってきた。同じ空間にいる。


 それだけで、重苦しい空気が吹き飛んだ。


 金髪碧眼の美少女。

 理想的な淑女。


 雲を織り上げたような白い肌。

 芸術の神が自ら鑿を打ったかのような美貌。

 星そのもののような青い瞳。

 大人しくたおやかな所作。

 常に柔らかな微笑みを浮かべている相貌。


 言葉は、いくらでも出てくる。

 万言を費やしても、表現しきれない。


 だが、それは野暮だ。


 美。


 それで、事足りる。それ以上は、なにも言わない。


 美しいという概念。

 それを具現化したら、こうなるのかもしれない。


 トウマがそう思ってしまうほど、彼女は美しかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] スマホに紐付けて投げ込む前に石かなんかで試すべきでしょうけど……。
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