196.ミミックルート栽培計画
ミミックルート。
非常に長い。数キロメートルにも及ぶ根を張り巡らす、肉食植物。根の先にある器官で、肉食獣も含む動物を補食する。
そうして取り込んだ動物を捕食器官で擬態し、次の獲物を求めて森の中を徘徊する。
本体は、気付かず踏んでしまいそうな小さな花。水中に生息し、ひっそりと咲いている。
「実ニ、不可思議な生態ダナ。この身で言うのモ、なんだガ」
「これで分類としては、ただの植物なんだ。不思議でいいと思うぞ」
しかも、それだけではない。
擬態という性質のためか、その根を加工することで少量ながら物質をコピーすることができる。
もちろん、緑の聖女のスキルがあってこそではあるが。
「というわけで、安全に養殖したいんですよね」
「話ハ、理解シタ」
ネイアードが、市民農園の入り口から奥を見る。
かなりの広さがあるが、雑草が生い茂り作物は枯れ果てていた。
そして、動物は虫の一匹も見当たらない。
歪な環境だ。
「この辺りには近付かないようにするガ、さすがに土着の生き物の駆除はすぐには終わらぬゾ」
「蜥蜴蜘蛛やジャイアントラットだな」
「他にも、なにかいるかもしれないですよね」
ヴァレットの実験から生まれた動物たち。失敗作に関心はなく、なにがどこにどれだけいるのかは分からない。
「ただまあ、ここなら別にいくら食べてもらっても構わないと言えば構わないんですよね」
「ネイアードには、危害を加えられないだろうからな」
ネイアードが持つ種族特性、“劣化”。
石や金属を除き、精神すら劣化させ記憶を失わせる。世界を守ると同時に、他者との共存を不可能にした力。
「ダガ、あまり好き勝手されてもというわけダナ」
ネイアードが、全身鎧の割には軽快な動きで市民農園の片隅へと移動した。
そして、2メートルほどある物を拾い上げて戻ってきた。
「言われたものハ、用意してアル」
それは、バスタブだった。
周囲の家にいくらでもあるが、それを持ち出すのは相当な労力だっただろう。
「ありがとう。大変だっただろう」
「そうでもナイ。集合住宅の物ハ、容易に取り外セタ」
謙遜しているようだが、ネイアードにとっては感心するトウマを見られただけで報酬としては充分なのかもしれない。
「ありがとうございます。こういうの、本当はミュリーシアに頼むべきなんでしょうけどね」
「女王をなんだと思っているノダ?」
「喜んでやるからな……」
「むしろ、やらせないと拗ねますよ」
ミュリーシアのことは一旦脇に置き、作業を始める。
といっても、それほどの作業量ではない。
まず、ネイアードがバスタブを移動させる。
「念のタメ、中央に設置ダナ」
「かなりシュールな光景ですけど、やむを得ないですね」
「安全第一だからな」
市民農園の真ん中に、白いバスタブ。
産業廃棄物の類にしか見えないが、気にしても仕方がない。どうせ、他に人もいないのだ。
そこに、市民農園に放置されていたスコップで土を詰めていく。
力仕事は、トウマとネイアードの担当だ。ベルト・オブ・ストレングスも使って、短時間で終わらせた。
「ありがとうございます。それじゃ、捕獲したミミックルートを植えちゃいますね」
引き抜かれ、水から上げられ。たった一日で干からびてしまっている。
だが、緑の聖女の感覚は生きていることを伝えていた。
それをバスタブの中心に開けた穴へと突き刺す。
「水は張らないのか」
「水中栽培すると、根を張るスペースがなくなりますから」
「これよりも大きな容器モ、探せばあるかもしれぬガ……」
「まずは、水中でなくても大丈夫かどうか実験ですね。栄養だけなら、あたしが補助しますし」
最後に、土へ魔力を軽く流して終了。スキルを使うまでもなかった。
「定期的に、生肉を置いてあげましょう」
「それはいいんだが、バスタブでもだいぶ狭く見えるな」
トウマが、大丈夫なのかと首を傾げる。
植木鉢としては巨大だろうが、話に聞くミミックルートからすると手狭すぎるように思えた。
「センパイ。ミミックルートは、なぜあんな長いこと根を伸ばしたんだと思います?」
「それは……そうか」
「ええ、獲物を狩るためですよ」
「手近なところデ、餌が手に入ル。であれバ、根を無駄に伸ばす必要はナイ」
「水の中にいたのも、外敵から身を守るため……か」
つまり、この状態はミミックルートにとって理想的な環境と言える。
人間と共生関係を築けるかは分からないが、その第一歩ではあった。
「そういうことです。あとは、育つのを待つだけですね」
「《シューティング・シャワー》だったか。スキルで生長させないのか?」
「急に育って扱いきれなくなっても困りますし。そもそも、急いでミミックルートの根が欲しいってわけでもないですから」
「足りなくなってからデハ、遅いからナ」
合理的だと、ネイアードは満足そうだった。
「これで足りないんだったら、次はどっかの地下室に土を詰めて植えてやりましょう」
「候補ハ、探しておこウ」
ネイアードが、協力的だ。意外と楽しかったようだった。
「ゆっくりト、帰るがイイ。せっかくノ、二人きりの時間なのだからナ」
「そういうことは言わなくていいんですよ」
レイナが、八つ当たりでバスタブを蹴った。
大きく、バスタブが揺れた。
「え? そんな強く――」
「地震だ」
「地震ですか? ダンジョンで……って!?」
トウマがレイナを抱き寄せ、かばうように身を伏せた。
震動は、それほど強くはない。恐らく、震度4程度だろう。だが、不気味に長く続いた。
「なにが起こったんですかね……?」
トウマの腕の中で、レイナが不安げにつぶやく。
地震は収まったが、ダンジョンの中でまで起こったこと自体が異常だ。
「揺れで瓦礫が落下したところはあるようダガ、特に被害は出ていないようダ」
「それは良かった。玲那、外のほうを確認しよう」
「ああ、そうですね。スマホ……」
トウマが立ち上がり、レイナの手を引き立ち上がる。
スマートフォンを取り出して通話しようとしたところ、向こうから着信があった。
「リリィちゃん、どうして……」
『トウマ! 卵が大変なのです!』
『卵の明滅が、早くなっておる!』
「……こっちも、ダンジョンで地震が起こりましたよ」
『なんじゃと!?』
突如として始まった異変。
起こるはずのない、ダンジョンでの地震。
卵の明滅の変化。
無関係であるはずがないが、原因が分からない。
「なにかが起こっているようダナ。まったく、退屈しナイ」
「ひとまず、シアたちと合流しよう」
「そうですね。外へ……」
通話を切って、ネイアードは悠然と。トウマとレイナは、やや焦燥に駆られて。
それでも、しっかりとした足取りでダンジョンの出入り口を目指して移動を開始した。
直後。
市民農園を出た辺りで、ネイアードも余裕を失う事態が発生した。
「扉? なんでこんなところに扉が!?」
「これは、第三層への!?」
目の前に、扉が出現した。
黒い、階層核を処理したあとに出現する次の階層への扉だ。
農園の真ん中のバスタブよりも、シュールな光景。
「ま、まあ、扉なら避ければ……」
そして、その扉が滑るようにこちらへ接近してきた。
「なんで扉が動くんですか!?」
まったくもって完全に正論だが、黒い扉が聞くはずもない。
「下がっていロ」
ネイアードが前に出て、扉の前に立ち塞がった。
「ナァッ!?」
――だが。
全身鎧のネイアードが、簡単に弾き飛ばされた。
「……くっ」
逆に、トウマは扉へと吸い寄せられていく。風もないのに、見えないロープで引きずられているかのよう。
「おにいちゃ――」
「玲那っ」
レイナが、必死にトウマの肩を掴む。
「後は頼んだ」
「は? なにを言って?」
トウマは、レイナの手を振り払った。
笑顔を浮かべて。
「お兄ちゃんッ!?」
再度、レイナが手を伸ばすが届かない。
トウマはそれを掴むことなく。手を伸ばすことすらなく。
そのまま飲み込まれて、消えた。
トウマも、黒い扉も……。




