191.特産品の収支報告
グリフォン島を離れていた間の出来事を説明していたトウマたちと、光輝教会からの贈答品を仕分けていたミュリーシアたちが“王宮”の前で合流した。
ただし、ばったり出会ったというわけでもない。
それも当然だろう。移動手段が、陸と空とで異なっているのだから。
「トウマ~~~!」
合流は、上空からリリィが落下してくるという形で果たされた。金髪の三つ編みが揺れ、その勢いのままトウマの胸に飛び込んでいく。
「プレゼントに、毒とかはなかったのですよ!」
「そうか。安心した」
光輝教会が抱える感情は別として、今さらこちらを害そうとするとは思っていなかった。
それに、向こうはレイナの取り込みを諦めてはいないようだ。手遅れのような気もするが、これ以上感情を損ねるようなことはしないだろう。
だが、推測と実証はまた別。ポータブルポイズンテスターで安全が確認でき、トウマは安心して肩の力が抜けた。
「二人への説明を任せて、すまなんだの」
そこに、ミュリーシアも下りてくる。背中の翼を格納し、精霊殿から戻ってきたトウマたちを見回す。
「いや、こっちこそ面倒な仕事を押しつけて悪かった」
「そこは、戦士は料理人のごとく振る舞えぬというものであろう」
適材適所と同じ意味だろうことわざを口にし、ミュリーシアは艶やかな唇の角度を上げた。
「マテラのことは、センパイとあたしで説明して二人とも納得してくれましたよ」
「よくよく考えたら、こっちもゴーストなんですから似たり寄ったりですよ……って、そうじゃないですよ!?」
ノインと同じ可憐な唇をわななかせ、ヘンリーが頭上を指さす。
「なんで、ニャルヴィオンが空を飛んでいるんですか!?」
指の先ではニャンコプターモードになったニャルヴィオンが、ローターを回して飛んでいた。
青空によく映えている。今のグリフォン島では、日常的な光景。
「あれ? なんで、皆さん驚いていないんです?」
「いヤ、驚いているゾ。きちんとナ」
「なぜと言われてもの……」
ミュリーシアが、輝くような銀髪をかきあげた。陽光を受けて、実際に光を反射する。
「荷運びに、便利だからだの」
「え? 空を飛ぶのが当たり前なんですか? 私が間違っているんですか?」
「……すまない。説明が抜けていたな」
「まあ、仕方ないですよ。優先順位は低いですから」
それに、ダンジョンで飛行機械を吸収したら飛べるようになったなどと言っても理解はしてもらえなかっただろう。
やはり、百聞は一見にしかずだ。
「優先度……。さっき聞いた話に比べたら、確かにそうですけど。そうですけども……っっ」
「まったく、愉快ダナ」
金属鎧に身を包んだネイアードが、カタカタと全身を震わせた。
こうして、合流した二組が円卓の間に集まった。
「センパイ、せっかくなので賑やかな音楽にしましょう」
「なにがせっかくなのかは分からないが、分かった」
「音楽? どういうことですか?」
しかし、ヘンリーの受難は終わっていなかった。
トウマが円卓に置かれた二つ折りのマジックアイテムらしきものを操作すると、どこからともなく軽快な音楽が流れ始める。
「それは、音楽を鳴らすマジックアイテムですか? それも、さっきの口振りからすると曲が選べたり……」
「ああ、そういう機能もある」
「伝説の次元大全のような知識の検索、異界の音楽の再生――」
「――動画も、見られるのです!」
「は、はあ……」
ヘンリーは、すでにいっぱいいっぱいだった。
「こちらのノートパソコンの携帯版である、すまほも二台ございます。島の中であれば、通話も可能です」
「そ、そうですか。それは便利そうで……」
さらに注ぎ込まれ、ヘンリーの中からなにかが溢れてこぼれた。恐らく、常識とか感情とかそういったものが。
「全部、火口のダンジョンの第二層で回収したマジックアイテムだ」
「想像を絶する場所だというのは、よく分かりました……」
「そこガ、我等の住処というわけダナ」
当然のように石の椅子に座ったネイアードが、円卓に肘をついてトウマへ視線を送る。
「ああ。階層核は解放したが、全域の探索には至っていない」
「今は、良さげな物資がありそうな場所を、ピンポイントで漁ってる感じですね」
「うむ。第一層と違い、モンスターが残っておる可能性は充分にあるの」
部屋の奥側に座ったミュリーシアが、重々しくうなずいた。
「問題ナイ。天使の樹と相対するのに比べレバ、どこであろうとナ」
表情はうかがえず、声もいつも通りくぐもって不明瞭。
けれど、自信は十二分に感じられた。
「まずハ、安全を確保するよう伝えていル。貴重な物資を劣化させぬよウ、しっかりと注意させよウ」
今まで、天使の樹を相手にして世界を守護してきたネイアードだ。ダンジョンの残党程度で、怯むことなどない。
それは非常に頼もしいが、このままではヘンリーの許容量が限界を超えてしまう。
「このままそちらの話を聞いているとあれなので、交易の話をしてもいですか?」
「ああ、頼む」
「ありがとうございます」
ノインと同じ顔で、ヘンリーが咳払いをした。
「ゴーストシルク、砂糖、チョコレート。これが特産品の三本柱ですね。全部高額商品で、それなのにいくらでも売れますよ」
「それは良かった」
「どれくらいになったんですか? あたしの感覚だと、金貨1枚で1万円ぐらいかなっていう感じなんですけど」
「1万円が、俺たちの故郷だと一番の高額貨幣だな。一般的に使われる中ではだが」
「なるほど、なるほど。そうなると、感覚的には近いかもしれないですね」
ヘンリーが、ぺろっと指先を舐めて売り上げの話を始める。
「ゴーストシルクは、最終的に通常の絹の10倍でということになりました」
「10倍」
「ええ、あんまり出元を大っぴらにできないのでやや安く設定せざるを得ませんでした」
「やや安く」
約1メートル四方で金貨100枚ほどになるという。
次に、砂糖は約500グラムで金貨3枚。こちらも、甜菜の砂糖より高く取引されている。
「砂糖ってスーパーで、1キロ200とか300円ぐらいでしたよね?」
「金貨1枚1万円計算なら、1キロ6万円か。200から300倍ってことになるな」
「怖いですね……」
そして、チョコレートはさらに暴利。
魔力が回復するという付加価値も込みで、たった約500グラムが金貨100枚に化けた。
「……は? チョコが500グラムで100万円ですか?」
「そんなに驚くことじゃ、ないですよね? ああ、元のカカオではなく加工した状態でですよ」
「それでも、おかしくないか? いや、一種のマジックアイテムだと考えればおかしくはないのか……」
むしろ、おかしいのは気軽におやつにしていた自分たちではないか。
しかし、そう思っているのはトウマとレイナだけ。
「なかなか見る目があるのです」
難しい話なのでマテラを構っていたリリィが、腕組をしてうなずいた。すみれ色の瞳が、きらりと光る。
「まあ、そのくらいにはなるであろうの」
黙って聞いていたミュリーシアも、喜びはしても驚いてはいない。
「それよりも、沸騰湾の塩がさほどでもないというのが妾としては残念じゃの」
「やはり、専売制の壁は分厚いですね。ただ、質は比べるべくもありませんので……」
「そうなのです。沸騰湾のお塩は美味しいのです!」
「三本柱の販売で得た利益とつながりをテコに、塩の製造・販売している商会を買収するつもりです。カティアが張り切ってます。ほんと、生き生きとして……」
カティアは、ヘンリーと再会して以来若返ったようだ。楽しそうにしている様が、トウマの目にも浮かぶ。
ただ、計画はなかなかえげつない。
「ふむ。国に塩を納入する権利を買うわけじゃな」
「はい。安売りは、しません。納入価格は、そのままです……が」
「生産コストは、圧倒的にこっちが上だな」
というよりも、生産はしていない。
沸騰する海の底だが、回収するだけ。そして、ほぼ無尽蔵だ。
普通に販売するだけで、簡単に利益が発生する。
「沸騰塩を大量に流通させても、市場が壊れるだけであろうからの」
妥当な対応だ。
「それで、ここまではいいんですがひとつ問題がありましてですね」
「こっちが、買う物が現状あまりないことだな」
「ええ。買い掛けで処理してもいいんですが、あまり健全ではないですし。そもそも、金貨で支払ってもグリフォン島では使い道がないですし」
いつまでも物々交換では、問題が発生しかねない。今はなにもかもが足りないが、そのうち輸入に頼らずに済むようになったら取引が行えなくなる。
「立派な神殿……。精霊殿ですか。あれも、資金を使わず作ってますし……」
「普通は、建築資材や人件費が必要になるよな」
「それなのに、光輝教会から贈り物が来ちゃいましたね」
「こっちからのお返しは、うちの名産品でになるだろうしな」
自給自足に慣れすぎて、買う物がなくなりつつある。
「ひとまズ、服や寝具などを発注すれば良いのではなイカ? 精霊によれば、人が増えるのだロウ?」
「そうだな。布関係だと、うちで一番簡単に支給できるのがゴーストシルク製品になるしな……」
「ベッドも籐のを作れますけど、買ったほうが良さそうですね」
「その辺は、あとでリストを作りましょう。些細な物でもいいんで、どんどん消費ですよ」
一方的に売るだけでは、商売にならない。
第二層で手に入れた地球の物品は、しばらく売りに出さないほうが良さそうだとトウマは自重する。
「しかし、そういうことならある程度換金して島でも貨幣を使う態勢を整えるべきかの? 光輝教会からの贈り物を換金すれば、そこそこの額になるであろう?」
「それでもいいんだが……」
トウマが、険のある瞳を彷徨わせた。
珍しく迷っているようだが、結局は口を開く。
「ミッドランズの貨幣は、暗黒大陸では通用しないよな?」
「金は金、銀は銀じゃがの」
商取引はおろか、賠償金や身代金のやり取りもなかった両勢力。
当然、交換レートなど決まっていない。
「もっとも、先ほどから話を聞く限り大きく価値に違いがあるわけでもなさそうだがの」
「そうなんですか。それは興味深いですね」
ヘンリーが、ノインと同じ顔に商人の表情を浮かべる。
しかし、レイナは心配そうだ。
「先に敵のお金が流通してたら、あんまりいい気はしませんよね」
「ああ。それに、うちが事実上の交換レートを決定することになってしまう」
この世界で唯一、ふたつの貨幣が使用される国になる。
それ自体は構わないが、争いの種になっても面倒だ。なにしろ、面子がかかってくる。
「でも、それならどうするんです? あたしのスキルで、木のお金でも作って先に流通させます?」
「それでもいいが、俺が考えてるのはこっちだな」
トウマが、座ったままポケットに手を突っ込んだ。
取り出したのは、財布。
「いっそのこと、これを使えないかなと思っている」
小銭入れから、500円、100円、50円、10円、5円、1円。
様々なコインを並べ、全員を見回した。




