179.ニャルヴィオンと謎の卵
「にゃ~」
「ニャルヴィオンは、任せて欲しいと申しております」
「そうか、助かる。迷惑を掛けるけど、よろしく頼む」
「にゃにゃ!」
「迷惑など、そんなことはないと申しております」
戻ってきたニャルヴィオンに卵の件を伝えたところ、快く受け入れられた。
相変わらず、ニャルヴィオンは心が広い。
と、トウマは頭が下がる思いだった。
「泣き声ひとつに、意味が詰まりすぎじゃありません?」
「言葉以外でも、コミュニケーションを取っているんじゃないか?」
「あー。自動人形と蒸気猫って、親戚みたいなものでしたっけ」
どちらも、地霊種ドワーフによる被造物だ。
「ああ。その辺で、分かり合うものがあるんだろう」
「まあ、親戚でも話が通じなかったりしますけどね。実の親もそうですが」
「否定も肯定もしづらい」
レイナの過去を聞かされているノインは、幼い相貌になんとも言えない表情を浮かべ沈黙を保った。
レイナの親子関係はともかく、事実としてニャルヴィオンは二階席へのタラップを下ろしてくれている。
卵を受け入れようとしているのは、明らかだった。
「では、妾が運び入れるとするかの」
「よろしくなのです! ほら、マッスルースターたちは離れるのですよ!」
「クケケケー!」
ミュリーシアが近付いたことと、リリィが頭上を飛び回ったこと。
そのどちらが決め手だったのかは分からないが、白と黒のマッスルースターたちが卵から離れた。
「念のため、共犯者たちは近付かぬようにな」
「ああ、そうだな」
あの巨大な卵を軽く持ち上げ平気で運んでいるが、ミュリーシアでもアクシデントは起こりうる。余計な気を使わせないように、少し距離を取って作業を見守ることにした。
「ほら、ちゃんと距離を取るのですよ」
「コココココ」
卵をニャルヴィオンへ運ぶミュリーシアについていこうとしたマッスルースターたちが、リリィに注意され言う通りにした。
従順という言葉からほど遠いニワトリたちだが、リリィも上位者として認められているようだ。
「ちゃんと、一列に並んでついていっているな」
「どこのカルガモの親子ですか」
「それにしては、迫力がありすぎるけどな……」
スケール以外は微笑ましいマッスルースターたちの前に、ノインが立ちふさがる。
「暴れるのは元より、粗相は許しません。騒がず、優雅に精励恪勤するように。いいですか?」
白と黒のニワトリたちが、びしっと静止した。言われたとおり声は上げず、揃って右の羽根をあげて敬礼する。
「よろしいでしょう」
ノインが満足そうにうなずくと、すでに登り切ったミュリーシアを追ってニャルヴィオンのタラップを一段一段足を掛けた。
「一体、なにを見せられているんだ……?」
疑問しかなかったが、トウマは深く考えないことにした。気にするだけ無駄だ。
「あたしたちも行きましょうか」
「ああ、そうだな……」
「リリィは、先に行くのですよ~」
「私めは、マテラを連れて最後に」
瀟洒に一礼するノインに見送られ、トウマとレイナはマッスルースターたちに遅れてタラップを昇った。
そしてたどり着いた、ニャルヴィオンの二階席。
「見よ、調整してくれたぞ」
「至れり尽くせりだな」
その最後部に、発掘した卵が据え付けられていた。
座席の形が変わって、すっぽりと収まるようになっている。これなら、不意な震動で倒れるようなこともないだろう。
「暖かそうなのです!」
「うむ。ここにマッスルースターたちが加われば、万全じゃな」
鳴き声は出さず、再び右の羽根を上げて敬礼するマッスルースターたち。実に、統率されていた。
「ミュリーシアが羽毛扇を持ってるから仲間だと思っている疑惑が、あたしの中であるんですよね」
「いや、実力で従えているんだろう」
同族だからという配慮などない。
マッスルースター的ヒエラルキーでは、トウマが最下位に違いない。
「このような形となりましたか」
「ああ。これからは、卵のことも気にかけて欲しい。忙しくなって――」
「本懐でございます」
トウマに最後まで言わせず、ノインは微笑んだ。
レッドボーダーのゆりかごで眠るマテラを伴っているため、まるで聖母のよう。
「ふむ。こうなると、ニャルヴィオンも建物に入れたほうが良いかのう」
「確かに、そうだな」
まだ、このグリフォン島で雨には遭遇していない。だが、それは運が良かっただけだろう。
それに、朝晩は冷え込みもある。
「私めもニャルヴィオンも暑さも寒さもあまり関係ございませんが、卵への配慮は最大限にするのがよろしいかと」
「となると、精霊殿にニャルヴィオンも入れるような入り口を作るわけですか。強度的に大丈夫ですかね?」
「そこは、親方たちとも相談してやっていくしかなかろうよ」
「そうだな。手伝えることがあったら、遠慮せず言ってくれ」
「うむ。さて、他に卵のことで考えるべきことはあるかの?」
「どの程度、この態勢を維持するかぐらいじゃないですか」
レイナの残酷な。そして、必要な言葉にトウマはノートパソコンを開いた。
「……恐竜で、半年ぐらい孵化にかかるという仮説があるみたいだな。もちろん、種類にもよるだろうが」
「半年のう」
「その間、あんまり動けないのはかわいそうなのです」
「にゃ~?」
そんなことはないとニャルヴィオンは否定したが、一気に空気が重たくなる。
それを吹き飛ばすかのように、ミュリーシアがばっと羽毛扇を開いた。
「まずは、一月じゃな」
「そうだな。今後のことは、それから決めても遅くはない」
「分かりました。あたしも、なにか良さげなスキルが作れないか、確認してみます」
口を挟まず、ノインが目を伏せる。
方針は決まった。
「それじゃ、任せるのですよ!」
片羽根を上げるマッスルースターたちに見送られ、トウマたちはニャルヴィオンの二階席から地上へと戻った。
「しかし、卵が出てくるとは驚いたのう」
「まったくだな。ミュリーシアが振った、サイコロの目みたいだ」
「驚いてはおらなんだ癖して、よく言うわ」
どちらが国王か決めるために行った、丁半博打。その際、ミュリーシアなら12――6ゾロを出すと、信じて疑っていなかったトウマ。
そのときのことを思い出し、ミュリーシアがトウマの脇腹を閉じた羽毛扇で突っついた。
「それでは、私めは作業に戻ります」
「ああ。中断させて悪かったな」
「あたしも、今のうちに片付けておきましょうかね」
「妾も、進められるだけ進めるとするかの」
皆が、それぞれ自分の仕事へと戻ろうとする。
トウマ以外が。
「……俺にしかできない仕事って、ないんだな」
「その分、どこでも手伝えるのが共犯者だがの」
「あ、そういうことならちょっとセンパイの手を借りたいんですが!」
手を挙げて、レイナが緑がかった瞳でトウマを見つめる。
「実は、あたし用の菜園を作っているんですよ」
「そうなのか。まあ、ゴーストシルクにかかり切りになる必要もないか」
「ええ。そこに植える? 植物? のことで、センパイに知恵を借りられたらなと」
「なぜ、植えるとか植物が疑問形になるんだ?」
手伝うことはやぶさかではないが、やや不穏だ。
自然と、トウマの表情が険しくなる。実際、そこまで変わりはないが。
しかし、別の気配を感じ取った者もいる。
「むむむむむ。なんだか、美味しいものの気配がするですよ!」
リリィだ。
「さすが、リリィちゃん。鋭いですね」
「分かった、手伝おう」
こうなると、放置するほうが不安だ。
「シア、というわけだ」
「うむ。手伝いが必要なら呼ぶゆえ、そちらは任す」
「さささ、こっちですよ!」
気が変わらないうちにと、レイナが手を取る。
そのまま、引きずられるようにトウマは広場を後にした。




