176.竜の腰掛け
「いささか、大きすぎたようだの」
「それはそうだろう……」
ゴーストタウンの上空に、巨大な岩が浮かんでいる。それを下ろそうとしたミュリーシアが、整地した土地とサイズが合わずに躊躇していた。
すっかり自分の家として馴染んだ“王宮”も眼下に見える。
その日常的な光景と、ドラゴンでも腰を掛けられる巨大な岩盤が宙に浮いているという超現実。
すさまじい対比に、頭がくらくらする。決して、地に足が着かないからというだけではないはず。
「一旦、別の場所に下ろして形を整えるしかないんじゃないか?」
「迂遠だのう」
ドレスの裾から伸びる影の帯でトウマと岩盤をつり下げたまま、ミュリーシアが羽毛扇を開いたり閉じたりしてもてあそぶ。
普段のミュリーシアなら、トウマの提案を受け入れていただろう、トウマの血を吸って高揚しているため素直にうなずかない。
「そもそも、ずっと持ち上げらていられるものじゃないだろう?」
「このまま一時間でも二時間でも余裕じゃが?」
即座に帰ってきた声は得意げで、決して無理をしているようには聞こえない。
「そうか……」
トウマは、すっと真顔になった。
生殺与奪の全権は、初めて会ったときから預けているようなもの。ミュリーシアの自由にさせるのが一番だ。
……という、悟りの境地に達してしまった。
「うっひゃー! 天空の城が浮かんでいるのですよ!」
「そうじゃない」
そこに、さらにテンションの高いリリィが空を飛んで合流する。
「でっかい! とにかく、でっかいのですよ!」
「うむ。これが、精霊殿の基礎になるのだぞ」
「やっぱり、精霊様のお家は空に浮かべるですか?」
「シアにずっと飛んでもらうわけにはいかないだろう」
「がっかりなのです……」
テンションが急降下し、リリが肩を落とす。
「リリィよ、親方たちを呼んでくれぬか? 整地した土地の寸法をこの岩に当てはめるように指示して欲しい」
「言ってくるのですよ!」
くるんっと、とんぼ返りしていくリリィ。
トウマは、しばし揺れる三つ編みを眺めていたが不意に我に返る。
「まさか、このままサイズの調整をするんじゃ……」
「合理的であろう?」
「残骸が地面に落ちるんじゃないか?」
「巨人のつるはしで作業するのだぞ? さらさらと砂のようになるだけよ」
「そうか……」
説得材料がなくなった。
それでも、ひとつ主張しなくてはならない。
「それなら、先に――」
俺を下ろしてくれ。
「親方たちが指示してくれるって言っているのですよ!」
そんなリクエストを口にする前に、ゴーストたちはミュリーシアの工法を支持してしまった。
「無理はしないでくれよ」
「無論よ。妾を信じよ」
「当たり前だ」
散々迷惑を掛けられている神に祈るよりは、ミュリーシアを信じる。
……というトウマの心境は完全には伝わらなかった。
「うむ。幽霊船に乗ったつもりで安心するが良い」
頼られたという喜びを胸に、ミュリーシアは影術で巨人のつるはしを操り作業を開始した。
ずうぅんっと、大地が揺れる。
あらかじめ整地していた土地に、岩棚が縦に沈んでいった。巨人のつるはしで切り離した滑らかな切り口が、地面に接する格好だ。
ゴーストタウンの中心に、奇妙なオブジェが誕生した。
ミュリーシアにつり下げられていたが、トウマは確かに大地の震動を感じる。もしかしたら、空気の振動を勘違いしたのかもしれない。
それほどまでに、切りだした岩盤……竜の腰掛けは巨大だった。
このままで、ひとつのモニュメントになるのではないかと思うほど。
その横に、ミュリーシアとトウマが降り立った。
懐かしき大地の感触。
トウマは思わず息を吐くが、屹立する元岩棚に目を奪われた。圧倒される。
「間近で見ると、またとんでもない迫力だな……。これを一人で運んで加工したのか……。シア、お疲れ様」
「うむ。じゃが、そう大したことではないぞ」
恐らくというか、確実に地球のどんな機材でもできない偉業を成し遂げたにもかかわらず。ドラクルの姫は、落ち着いていた。血の高揚が、今までの労働で発散されたからかもしれない。
「きちんと整地されたスペースに収まってるし、バランスも良さそうなのに?」
「そつなく仕事をすれば、そうなるものよ」
「でっかくて、なにやらすごいのです! 精霊様もお喜びになるのですよ!」
親方たちゴーストを引き連れる形になったリリィが、ミュリーシアの胸に飛び込んできた。霊体を抱き寄せ、艶やかな唇が微笑を象る。
「ちょうど良い岩があったからの」
「今から、できあがるのが楽しみなのですよ!」
「完成品か……」
トウマが腕を組み、岩棚を見上げる。
別に、オブジェやモニュメントが欲しかったわけではない。ここから、避難所にもなる精霊殿を作り上げるのが本来の目的。
しかし、この偉容を見るとこのままでもいいのではないかと思ってしまう。
「基礎というか、岩山を移植したようなものだな……」
とにかく、スケールが違う。段違いだ。
「……なんですか、これ。むちゃくちゃな力技じゃないですか」
「さすがは陛下。常人の枠には囚われぬ発想でございます」
騒ぎを聞きつけて、レイナとレッドボーダーのゆりかごで眠るマテラを伴ったノインが姿を見せた。
「おお、騒がせてしまったようだな。すまぬ」
「いえ、そのようなことは」
「あるでしょう。ありますよ。なに考えてるんですか」
「基礎にすることを考えておるが」
レイナの緑がかった瞳でにらまれても、ミュリーシアは一切動じない。
「それに、リリィも喜んでおったぞ」
「お空を飛ぶ日が楽しみなのですよ~」
「飛ばないからな」
「……じゃあ、ゴーストになったら飛べるのです?」
「発想が斬新だな……」
だが、残念ながら空飛ぶホーンテッドマンションなど聞いたことがなかった。
「空を飛ぶのは後々やるとして――」
「リリィが期待してしまうだろう」
「――それはともかく、これそのままは不安になるからどうにかして欲しいんですけど?」
無遠慮にミュリーシアを見つめ、レイナが屹立する元岩棚を指さす。
「私めも、お手伝いいたします」
「なに、妾一人で充分よ。これから巨人のつるはしで、床の厚みを残して上の部分は切り離すからの」
「そうだったのか?」
「他にあるまい?」
トウマが理解していないとは、思っていなかったのだろう。ミュリーシアの赤い瞳が、驚きで細くなった。
「そりゃ、常識的な岩の厚みだったらそうなるでしょうけど」
見かねて、レイナが割って入る。
目の前の岩棚は、見るからに非常識だった。
「この巨大さなら、中身を削ればいいじゃないですか」
「洞窟を作り出すようなものでございましょうか」
「おおっ」
ミュリーシアが、ぽんっと黒い羽毛扇で手を叩いた。
「確かに、これだけの高さがあれば内部をくりぬいて壁として残せば良いというわけだの」
ふむふむと、ミュリーシアが何度もうなずく。本当に、基礎や床としか見ていなかったらしい。
「長い食パンの中身を取り出して、耳の部分を壁にするようなイメージだったんですけど」
「あるいは、巨大な車両をそのまま建物にするような感じか」
岩を積み上げて壁を作るより、遥かに楽で合理的だ。
「まさか、ミュリーシアがこんな天然かますなんて。びっくりですよ」
「妾一人では気付かぬこともある。ゆえに、皆がおるのではないか」
「さっき、妾一人で充分とか言ってませんでした?」
「奥様、それは部分的な切り抜きかと」
「大丈夫です。分かって言ってますから」
「なお性質が悪いな」
トウマが、レイナの後頭部をぴしゃりと叩いた。いたずらっぽく、見ようによってはうれしそうにぺろっと舌を出す。
「でも、ミュリーシア」
「うむ? 如何したのだ、リリィ」
「親方たちが、ちょっとがっかりしてるのですよ」
「確かに、これは一般的な建築とは違うよな……」
腕を振るえると思っていたところにこれでは、確かに落胆もするだろう。
「であれば、木造の屋根を乗せるのはどうじゃ? 天井はそのままで良いとしても、別に屋根は必要であろう」
「あとは、外側の装飾を手伝ってもらうのはどうだ?」
「それは良いの」
トウマの助け船に、ミュリーシアが迷いなく乗船した。
リリィの背後にいる輪郭の薄いゴーストたちから、同意の空気が伝わってくる。
「喜んで腕まくりしてるのですよ!」
話は決まった。
「陽が差すうちに洗濯をせよじゃな」
善は急げと同じ意味だろうことわざを口にし、ミュリーシアが無骨なつるはしを振り上げた。
黒い、体の線が強調される魅力的なドレスに身を包んだまま。




