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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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175.両思いの吸血行為

「今日のところは、とりあえず基礎までかの」

「それって、かなり大変なんじゃないのか……?」


 ひとまず、レイナとノインは元の仕事に戻った。

 リリィも、その手伝いに回っている。


 久し振りに、トウマとミュリーシアの二人きり。


 ……というわけでなく、親方を始めとするE班のゴーストたちも一緒だ。


 精霊像や涸れ井戸のあるゴーストタウンの中心。精霊殿の縄張りを行うため、広場にやってきていた。


「井戸は潰さず、その向こう側に配置するかの」

「井戸は今のところ必要ないけど、復旧できるかもしれないしな」

「うむ。そうと決まれば、縄張りとするかの」


 影術で細く黒い糸を編んで、それを猛烈な勢いで飛ばしていく。


 大工のゴーストたちが黒い糸を引っ張り、建物の土台。その輪郭を定めた。


「では、均していくかの」


 巨人のつるはしを手にし、ミュリーシアが牙をむき出しにして笑う。


 土木作業なのに、実に楽しそうだ。


「俺も手伝う。邪魔な土を運ぶぐらいだけどな」


 制服の上からベルト・オブ・ストレングスを巻いて、トウマも志願した。ミュリーシアが作った岩のスコップも、マジックアイテムのお陰で楽々振るえる。


「うむ。助かる」


 こうして、建築作業が始まった。


 土を掘り返して、水平に均し。

 邪魔な建物の残骸を撤去し、それをとりあえずの廃棄物置き場へ移動させ。

 地面に埋まっていた石は、そのまま砕き。


 途中でミュリーシア以外は休憩を挟みつつ、作業すること数時間。


「さて、どうかの?」


 綺麗に整地された土地で、リリィに比べると輪郭の薄いゴーストが、親指を立ててOKを出した。


「まさか、本当に今日中に終わるとは……」


 どうやら、きちんと水平になったらしい。水平機を使用しなくても判断できたのは、熟練の技か。それとも、ゴーストになって別の感覚が発達したからか。


「それで、基礎ってどうするんだ? 石を敷くんだったか?」

「うむ。この大きさの岩をグリフォンの爪の山から運んでくる」

「この大きさの岩を?」


 体育館ひとつ分。600平方メートルはあるだろう巨大な岩。


 それを運んでくると、事も無げに言ったのだ。


「さすがに、無茶――」


 トウマは影術で編んだハーネスに囚われていた。


「飛ぶのか」

「飛ばねば行けぬからの」


 そういうことになった。





 グリフォン・フジが存在する、グリフォンの爪。

 ゴーストタウンが存在するグリフォンの心臓から突き出すような半島になっており、山がちな土地。


 温泉に、ダンジョンにとアムルタート王国の資源地帯と呼んで差し支えないだろう。


 その上空を、ミュリーシアが飛んでいた。影術で編んだハーネスでつり下げた、トウマと一緒に。


「使えそうな岩がないか、ここら一帯は調査済みよ」

「なるほど。心当たりがあったのか」

「うむ。妾は勝手に、竜の腰掛けと呼んでおる」


 はっきりと声を出さずに笑うと、ミュリーシアが旋回してグリフォン・フジの裏側へと飛んでいく。


 トウマは、無心で為すがままになった。


 そのまま飛ぶことしばし。


 眼下に、巨大な岩盤が現れた。確かに、ドラゴンが休めそうなほど広く厚みもある。

 それが、山の途中からせり出していた。もう少し大きければ、岩棚ではなく崖と呼ばれていたかもしれない。


「ふむ。ちょうど良さそうだの」

「大きさというか広さは……確かにそうだな」


 目算でしかないが、あの基礎枠より小さいということはあり得ないだろう。


「まあ、大は小を兼ねるか」

「良い言葉だの。こちらでは、剣でも野菜は切れるというのだがの。ずっと、きちんと包丁を使えと思うておった」

「食べ物だしな」


 身も蓋もないトウマの言葉に噴き出しそうになりながら、ミュリーシアは岩棚に降り立った。


「ミュリーシア、血を吸わないか?」

「……なんじゃと?」


 光彩陸離。まばゆいほど美しいミュリーシアの相貌が、驚愕に歪む。

 けれど、すぐに険しいものへと変わった。


「……いや、すまぬ。本来であれば、妾から請わねばならぬことであったの」


 聞いてしまったというか、聞かされたトウマの本音。


 血を吸われる度に、ドキドキしているという告白。


 話したトウマがすっかり忘れているため、ミュリーシアも知らない振りをしていなくてはならない。


 しかし、ある意味吸血行為に関しては相思相愛であることが判明した。


 これは険しく厳しい表情を作らねばならない。


 そうしなければ、自然と緩んでしまうから。


 もうひとつの本音。


 吸血行為で興奮しているのは、気持ち悪いと思われていると考えている。


 その前提に立てば、笑顔は誤解を与えるだけだろう。


「いや、シアの力に頼らなければならない俺たちのせいでもある」

「そんなことを気にする必要はなかろうよ。なにしろ妾たちは――」

「共犯者、だったな」


 もはや、言葉は要らない。


 ミュリーシアは、ゆっくりとした動きで。それでいて絶妙のタイミングで距離を詰める。

 トウマのうなじに高く整った鼻を近づけ、皮膚の下までかぎ取ろうかというように息を吸った。


 汗の――トウマが、生きている匂い。


 そんな当然のことで、ミュリーシアの心臓は高鳴った。


 両腕を巻き付けるように、トウマを抱きしめる。きつくはないが、決して離すつもりはない。


 少なくとも、今この瞬間は。


「シア、ボタンが外せない」

「良い。妾がやろう」

「……任せる」


 トウマには珍しい、逡巡。

 しかし、それもわずかなことだった。


「……いや、任せるとは言ったが」


 次の瞬間、トウマは前言を翻しそうになった。


 それも無理はない。


 ミュリーシアが詰め襟に口を寄せるなどとは、想像もしていなかったのだ。


「外せるのか……」


 ましてや、器用に牙を操って詰め襟と制服のボタンを口で外してしまうなどとは。


「なにやら、気分が高揚するの」

「それはなにより……っっ」


 トウマが言い終わる前に、つぷりと牙が首筋に突き立てられた。


 もう、何度目になるか分からない行為。

 何度経験しても、慣れない行為。


 これから、何度も。何度でも、快感をもたらす行為。


 飲んでいる。

 母から与えられた乳のように、ミュリーシアが必死で血を飲み込んでいる。

 目を閉じ、ただ吸血行為に集中している。


 それが可愛らしくて。

 自分の一部が必死に求められているのがうれしくて。


 トウマは、夢見心地で眺めていた。


 夢見心地なのは、ミュリーシアも一緒だ。


 手の中にあるトウマの体温と。

 刺し貫いた牙の感触と。

 溢れ出る血の熱さに、身も心もとろけている。


 トウマが、吸血行為を嫌がっていないのは分かっていた。


 同時に、ただの食事だと思っていると考えていた。


 そこに特別な感情はなく、ただ必要だから与えられている。


 そんな後ろめたさから、完全に解放されていた。


 トウマも、この行為を特別だと思っている。

 同じように心臓を高鳴らせている。


 その事実を知っただけで、血の味がまったく変わった。


 極上の甘露。さらに、その先があることを知った。


 知ってしまった。


 もう他では満足できない。

 異性の血はトウマ以外知らないが、これ以上は絶対にない。あり得ない。


 だから、このままずっと――


「……危ないところであった」


 いつものように吸い過ぎそうになって。

 いつもよりは余裕を見せてミュリーシアがトウマから離れた。


「ああ、満足したならそれでいい」

「満足? まさか、大満足よ」

「それはなお良いな」


 血を吸われたにもかかわらず、やや紅潮した顔のままトウマが制服の乱れを直す。

 ……前に、一応、ハンカチでボタンを拭いた。不衛生というわけでなく、素手で触れるのがいけないことのような気がしたからだ。


「さて、励むとするかの」


 再び影術で編んだハーネスでトウマとつながりつつ、ミュリーシアは岩棚の付け根へと取り出した。


「共犯者、見ておれ」


 そして、影から巨人のつるはしを取り出した。

 相変わらず、黒いドレスにつるはしは似合わない。


 そんなトウマの感想は、ミュリーシアがその場でつるはしを振り上げたことで吹き飛んだ。


「ここなのか?」


 基礎にするには、明らかに厚すぎる。てっきり、横から切開して必要な分だけ持って行くのかと思っていた。


 そんなトウマの常識を破壊するのに必要だったのは、わずか一撃。


 それで、それだけで岩棚にひびが入り自重で折れて落下していく。


 ――ところ。


「うむ、絶好調である」


 同時に幾条もの影の帯がドレスの裾から放たれた。


 10トンなのか、100トンなのか。もっとなのか。それすらも分からない重量物が、つり下げられた。


「これも、共犯者の血のお陰よの」

「そうなのか……? シアが言うなら、そうなのか……」


 さすがに、そこまでではないのではないか。


 そう思うが、否定するのは難しい。


 実際、危なげなくゴーストタウンまで運び込めたのだから。

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