174.設計案あれこれ
「神殿というか、メインは避難所? 講堂って感じですか」
そのまま書記をやるつもりらしく、レイナが第二階層からサルベージしたシャープペンシルをくるりと回した。
初めて見るペン回しに、リリィがすみれ色の瞳をきらきらと輝かす。
だが、不幸なことに。レイナは気付かず、真面目に議事進行してしまう。
「ある程度の広さは必要になりますよね。体育館って、どれくらいでしたっけ?」
水を向けられ、トウマが答える。見守るつもりだったが、これくらいはいいだろう。
「バスケができるぐらいだから、30メートルはあるんじゃないか?」
「長方形だから、横は20メートルぐらいですね。そして、天井は低くても大丈夫と。バレーボールやるわけじゃないですからね」
「でも、あんまり低いと圧迫感があるんじゃないか?」
「それはそうですね」
納得したらしく、レイナがノートに注意事項として書き込んでいく。
「外観は後回しにして、中はシンプルにしましょう」
書き上げた概略図は、本人の言う通り簡単なもの。
長方形で、最奥は一段高くして精霊像を安置。その下は、椅子もなにもなく空間が広がるだけ。
出入り口は、手前と左右に一箇所ずつ。
「床材は、グリフォンの翼の木を《ファブリケーション》して敷き詰めるつもりです」
「石材では、暮らすのに難渋するでしょうから。良いご配慮かと」
「ここで寝泊まりする場合は、仕切りの板である程度プライバシーを保つわけか」
「そうなりますね」
恐らく、100人は優に収容できるだろう。移住者の数が少ないと、逆に寂しく感じられるかもしれない。
「叩き台としては悪くないと思うが、いささか殺風景に過ぎるのではないかの?」
ノートに描かれたスケッチを見せられ、ミュリーシアが眉をしかめた。
閉じた羽毛扇で、線をなぞる。
「これでは、ただの箱ではないか」
「じゃあ、壁とか天井にレリーフでも彫ったらどうです?」
「なるほどの」
レリーフと聞いて、ミュリーシアが俄然やる気になった。
芸術に乗り気な王というのは国家の衰退を招きかねないが、これくらいなら特に問題はない。
それはそれとして、別の理由でトウマが釘を刺す。
「あまり立派とか荘厳になりすぎても、ここで過ごす人が萎縮しちゃうんじゃないか?」
「強度の問題もあるかと存じます」
「……む。言われてみれば、それもそうだの」
ミュリーシアが、羽毛扇片手に腕を組む。悩ましげで官能的ですらあったが、内容が内容だけに微笑ましくもあった。
「どうせならば、建国記でも刻もうかと思うたのだがの」
「シアはともかく、俺まで彫られてもな……」
「あたしは見たいですけど?」
「僭越ながら、私めも」
「きっと格好良いのですよ!」
危惧したとおり、暴走が始まった。
だが、心配していたということは予想通りでもある。
「精霊像を祀っているんだ。アムルタートにちなんで、植物のモチーフなんかがいいんじゃないか?」
大地の精霊とも呼ばれ、食物を司る精霊アムルタート。
特に意匠が決まっているわけではないが、植物はぴったりだろう。
「荘厳さよりも、癒やしを感じられることを優先するわけじゃの。確かに、妾たちの有り様に近いのう」
「じゃあ、ご飯を彫刻するのがいいのです! お肉とか、オムカレーとか、チャーハンとかチョコクッキーとかいろいろあるのです!」
話がまとまりかけたところで、解き放たれた暴論。
これがリリィから出たものでなければ、即座に却下されていたはず。
それはつまり、言下に否定などできないということ。
忙しなく視線と思惑が飛び交った。
「それは……夜に見たらお腹が減っちゃうんじゃないか?」
「お腹が減ったら食べれば良いのです!」
「そういえば、会議だというのにお茶もお菓子も用意しておりませんでした。申し訳ございません」
「お菓子なのです!?」
「はい。生地は作っておりますので、バナナチョコレートピザを焼いて参りましょう」
「バナナチョコレートピザ!」
話が逸れたことなど気付かず。というよりも、ご飯の彫刻など完全に忘れて。
リリィはバナナチョコレートピザに食いついた。
「では、一時休憩だの」
完成まで、レッドボーダーのゆりかごで眠るマテラを構って時間を潰す。
「ほれ、近づけると指をぎゅっと握ってくるぞ」
「小さい手なのに、一生懸命ですね」
「かわいいものだな」
「リリィの妹だから、かわいいのは当たり前なのです」
「その通りですね」
えっへんとリリィが胸を張り、そうこうしているうちにノインが戻ってきた。
「お待たせいたしました」
「甘い匂いが食欲をそそりますね」
「トウマ、トウマ」
「分かっている」
飲み物はココナッツミルク。これをトウマが冷やしてやる。
その間に、ノインが目の前で30センチはあるピザを綺麗に等分して配膳した。
「では、いただくとするかの」
ミュリーシアに続いて、全員が熱々のチョコバナナピザを口にしていく。
「ほう。これは脳にがつんとくる甘さだの」
「う~ん。チョコとバナナって、やっぱり合いますね」
「チョコバナナは、屋台の定番だからな。食べたことはないが」
「あたしはありますけどね」
「ひゃ~。チョコとバナナの組み合わせは、とんでもないのですよ! その上、支える土台である生地がさっくさくで捗るのです!」
リリィが円卓とレッドボーダーの上を八の字に飛ぶと、マテラがうれしそうに手を伸ばした。それに気付いて、リリィがさらに複雑な軌道で飛ぶ。
「頭を使ってるから、甘い物は助かりますね」
「ああ、助かった」
「恐縮でございます」
リリィの意識を逸らしてくれて、助かった。
言葉の裏の意味を理解し。しかし、そんな素振りはまったく見せず。
ノインは瀟洒に一礼した。
「植物のレリーフといえば、あたしのスキルで観葉植物を配置してもいいかもしれないですね」
切り分けられたピザを口にし、飲み込んでから続ける。
「いっそ、壁とか天井にも植物を這わせます? リラックス効果はあると思いますよ」
「妾の彫刻はどうなるのだ……?」
「外にやったらどうです?」
「ふむ……」
投げやりな提案だったが、ミュリーシアとしては価値のある話だった。
「外壁は、妾が削り出した石材になるであろうからのう。それに、第一印象こそ大事とも言える」
「さすがに、木製の神殿は無理か」
「神社っぽくなりますしね」
「親方たちも、木で大きな建物は難しいって言ってるのです!」
「現場優先だな」
トウマにも、誰にも建築様式にこだわりはない。実作業を第一に考えるべきだった。
「くふふ、なにやら腕が鳴るのう」
「そうだ。普段は、リリィちゃんたちもここで動画見るといいと思います」
「ありがたいのです! 雨が降る心配しなくていいのです!」
ゴーストたちに雨が影響を与えることはないが、ノートパソコンやマテラは別。
トウマたちとしても、野外にゴーストたちを放置というのも気が咎めるところだった。
「夢のお告げは、渡りに船だったな」
「うむ。良い方向に転がりそうだの」
トウマとミュリーシアが目を合わせてうなずいた。
それを横目に、レイナが頭上のリリィへ声をかける。
「ちなみに、リリィちゃんにはどんな建物がいいとか。こういう設備があったらいいなとか。なにか、希望あります?」
「空を飛ばすのがいいと思うのです!」
「石が見つかったら、組み込みましょう」
「駄目だろう」
ロマンしかない。
「ノインは、どうだ?」
「左様でございますね……」
細い頤に指を当て、しばし和装のメイドが考え込む。
「完成してからとなりますでしょうが、広くて立派で……」
「ああ、ダンジョン内を除けば一番大きな建物になるな」
「掃除のし甲斐がございます」
「……大変じゃないか?」
「大変喜ばしいことと存じます」
アメジストのような紫の瞳は、真剣そのもので。
「そうか。ノインも喜んでくれるなら、俺もうれしい」
トウマには、他にかけるべき言葉が見つからなかった。




