173.移住者のための住居とは
「おお、共犯者ではないか。リリィにマテラも。うむ、よう眠っておるな」
「ちょうど良かった。シアに会いに来たんだ」
ミュリーシアがゴーストたちを従えて“王宮”から出た直後。いつもより真剣なトウマと出くわした。
ここで会ったのは偶然のようだが、口振りからすると出会い自体は必然。
「妾に用とな?」
だが、相手はトウマだ。それに、リリィやマテラも一緒。深刻な要件ではないだろうと、ミュリーシアは鷹揚に構える。
「ああ。まずは、シアに知らせなくてはならない話だ」
「……どうやら、色気のある話ではないようだの」
そこは最初から期待はしていない。期待はしていなかったが、予想に反して真剣な話のようだった。
ミュリーシアは“王宮”を背にして、言葉を待つ。
「ああ、色気はないな。近いうちに、家が何軒か必要になるらしい」
「家が必要じゃと? 元より廃屋の建て直しは行うつもりであったが……。その前に、人が増える根拠があるわけじゃの?」
「また、トウマに夢のお告げがあったのですよ!」
「今回は、白昼夢みたいなものだったけどな」
昼寝をしていたわけではない。誤解を招かないように、トウマが精霊像に祈ってからの一部始終を告げる。
といっても、長くなりようがない。
精霊像に祈りを捧げていたら、前回と同じような夢を見たこと。
その夢の中で、精霊アムルタートと思しき存在がゴーストタウンに家を建ててみせたこと。
それに対して、家を増やせという意味か問い質したところ肯定されたこと。
またしても頬にキスをされたことを除いて、トウマはすべてを語った。
「精霊様の予言なのですよ! ありがたや~なのです」
「前回のマテラのこともあるしな。ああ、マテラの件はこれで良かったみたいだ。夢の中で、よくやった……みたいな反応を返してくれた」
「ふうむ。家、家のう……」
明眸皓歯。ミュリーシアが、鋭い牙をむき出しにして笑う。
野性味溢れる。しかし、気品に満ちた笑顔。
「ついに、移住者が現れるということじゃな」
「ネイアードたちも、紛れもなく移住者だけどな」
「分かっておるが、世話の必要がないであろうが」
「それは確かに」
「これは、単純に廃屋の修理や立て直しで終わらせるわけにはいかぬの」
ミュリーシアが羽毛扇をばさりと開き、胸を張った。
「ただ快適というだけではない。妾たちの国へ畏敬の念を抱かせるような、もてなしをせねばなるまい」
「気合いが入っているな……」
「無論よ」
トウマへと、顔をぐっと遠慮なく近づける。
「元の環境より良くなくては、このアムルタート王国が存在する意味がなかろう?」
「それはそうだが、俺たちがなんでも用意するのは違うんじゃないか?」
「……む」
「それに、できることとできないこともある」
「……そうじゃな。これは妾の勇み足であった」
「地面に潜れないと大変なのです」
リリィが筆組をして、深々とため息をつく……ポーズを取る。それで、ふっと空気が緩んだ。
「うむ。実態より大きく見せたところで意味がないしの」
「ああ。まずは、どれくらいできるか相談しよう」
「そうだの。レイナとノインを呼び戻すとするかの」
「二人には悪いけど、締め切りも必要数も分からない状態だからな」
「リリィにお任せなのです! マテラはお任せなのです!」
返事も待たずに、リリィが風を切るようにして飛んでいく。
「円卓の間で待つか」
「そうじゃな」
レッドボーダーのゆりかごで眠る白い赤ん坊を連れて、“王宮”へと戻っていく。
事情を知らない者から見ても夫婦とは思われないだろうが、自然体で信頼関係は伝わってくる。
二人ともそんなことは考えもせず、円卓の間に戻ると石の椅子に腰掛けた。マテラを寝かせたレッドボーダーが、円卓の上で静止する。
ミュリーシアがそんなマテラの顔をのぞき込み、トウマはノートパソコンで音楽を再生してからそれに倣った。
「こうして見ると、普通の赤子とそう変わらぬのう」
「でも、移住者が来たらマテラのことも話さなくてはならないな」
「……その通りじゃな」
ずっと眠ったままで、絶えず音楽を聞かせなくてはならない赤ん坊。
ごまかすことは不可能ではないだろうが、不審感を抱かせるには充分。
しかも、むずがるとモンスターを産むのだ。事前に説明しなければ、アンフェアというものだろう。
「気味が悪い。ともに住めぬというのであれば、諦めてもらうしかないの」
「その前に、ヘンリーやネイアードたちがどう思うかというのもあるけど」
「心配はなかろうよ」
ベーシアを省いたのは、忘れたからではない。意図的だ。
面白がることはあっても、あの草原の種族が忌避することなどあり得ない。
「連れて来たのですよ~」
「お待たせいたしました」
「また、お告げだって聞きましたけど?」
壁を抜けて、Vサインをするリリィが。少し遅れて、ノインとレイナが円卓の間に入ってきた。
「うむ。仕事の邪魔をして済まぬの」
「とんでもございません」
「はぶられたら、逆に怒りますし」
レイナが石の椅子に腰掛け、ノインがトウマの隣に侍る。どちらも定位置だ。
「シアには二回目になるが、精霊像にお祈りをしてたらまたお告げがあってな」
特に厭うことなく、トウマは説明を繰り返した。
それを聞き終えたレイナとノインは、難しい表情を浮かべる。
「前回にも増して大ざっぱですね」
「期日はともかく、必要な量が分からないのはいかに陛下といえども難しいのではないでしょうか?」
「そうですね。何棟建てるかによって、あたしが用意する木材も変わってきますし」
「地割りも必要となるかと」
お告げの内容を聞き終えたレイナとノインが、問題点を洗い出していく。
しかし、お告げの真偽自体を疑うことはなかった。
「確かに、一戸一戸となると間に合わぬかもしれぬのう」
「そうなると、アパートみたいな集合住宅……いや、長屋か?」
「長屋とな?」
「でっかい建物をひとつ作って、それを壁で仕切っていく感じですね」
ダンジョンの第二層で回収した筆記用具で、レイナがさらっと図を書いていく。
それを、ミュリーシアだけでなく親方も一緒にのぞき込んだ。
「ふむ。合理的ではあるのう」
「親方も、理屈は分かるって言ってるのです」
「あんまり乗り気じゃないか」
用意するほうとしては、画一的で楽ができる。
しかし、住むほうとしてはあまりうれしくはないだろう。それを思うと、作るほうもモチベーションが低くなるのもトウマは理解できた。
「だけど、仮設住宅みたいに緊急事態には役に立つ……そうか」
トウマが険のある瞳で周囲を見回す。
「どうせなら、神殿……この場合は精霊殿か。でかい建物をひとつ作ろう」
「センパイ、言い出しっぺがなにを言ってるんです?」
斜め上の提案に、レイナが湿度の高い視線を向けた。
だが、ミュリーシアは面白そうに笑っている。
「きちんと説明さえ聞けば、納得できる話であろうよ。なにせ、共犯者のことだからの」
「言葉が足りないって、はっきり言っちゃっていいと思うんですけどね」
「結論から話したほうが分かりやすいだろう?」
「程度によります」
「要するに、体育館みたいなのを作ってしばらくそこに住んでもらおうっていう話だ」
「それで、仮設住宅ですか」
地震や台風のあとに流れる、避難所となった体育館のニュース映像。
レイナの脳裏にそれが流れる。
「神殿兼仮住まいということだの」
「ああ。それから、自分たちで家を建ててもらう」
「理屈は分かりますけど、ちょっと不親切じゃありません?」
「いや、そうでもなかろう」
「ああ。なにせ、どんな相手が来るかも分かってないんだ」
「ああ……。あたしたちが快適だと感じる住居が、他の種族には不便かもしれないと」
それならば、一旦仮住まいに収容してから自分たちで建てさせたほうが良い。
「幸い、食料の備蓄は十二分にございます。ただ、神託からはいささかずれることになりますが……」
「これくらいは許容範囲だろう」
「ドリルが欲しい人は、穴が欲しいって言いますからね」
問題ないと、ミュリーシアもうなずいた。
「じゃあ、方針は決まりですね」
「結果的に、絶妙なタイミングだったの」
「ああ、そうか。廃屋を建て替えてからじゃ遅かったな」
夢の中で焦り気味だったのは、これもあったからなのだろうか。
だとしたら、精霊アムルタートはどこまでこちらのことを把握しているのか。
疑問がよぎったが、すぐに現実へと引き戻される。
「アムルタート王国のシンボルにもなる建物だの。これは、デザインからしっかり考えねばな」
「その辺は、任せる」
絵心がない。
つまり芸術的な素養がない人間が口を出しても仕方がない。
あまり“王宮”よりも立派になるとバランスが良くないのではないか。
そうも思ったが、自由な発想を妨げることになるためトウマは黙って議論の行方を見守ることにした。




