171.第二のお告げ
「トウマ~」
「リリィ? ああ、マテラも一緒か」
「なのです!」
ふらりと“王宮”を出たトウマへ、ゴーストの少女が大きく手を振った。一緒に、金髪の三つ編みも揺れる。
そのまま、トウマの胸へと飛び込んでいった。
「昨日は、ありがとうなのです。みんなも喜んでいたのです」
「ああ、酒か……」
すみれ色の瞳をきらきらさせるリリィには、飲酒禁止を言い渡されたことを言うのは忍びない。
迷っていると、リリィと一緒に飛んできた白い赤ん坊が目に入った。
「相変わらず、よく寝ているな」
「泣き出したら、すまほで音楽を聞かせてあげるとまたすやすや~なのですよ!」
肌も髪も白い赤ん坊――マテラは、今日もレッドボーダーのゆりかごで眠っていた。
相変わらず目を醒ます様子はなかったが、ノインの手で粉ミルクも飲んだようだし過度の心配はしていなかった。
「レッドボーダーも、こっちのほうが性にあってるんじゃないか?」
トウマが装備しているときは、時々しか持ち出されない。しかも、ミュリーシアやノインのフィルタを通り抜けたときにしか役に立たない。
それに比べたら、今は守るという盾の本分を、これでもかと全うしていた。
しかも、マテラの機嫌はグリフォン島の安全にも直結する。責任も重大だ。
「よろしく頼むぞ」
ぶるぶるっと震えて、レッドボーダーが応えた。インテリジェンスアイテムに任せて良さそうだ。
「それで、リリィはなにをしてたんだ?」
「マテラに、この辺を案内していたのですよ」
「そうか。でも、すぐ終わりそうだな」
「なのです。最後に、精霊様を残すのみなのです」
「付き合おう」
この日も、トウマは暇だった。
ゴーストタウンの中心。井戸のそばにある精霊像まで、リリィとマテラと連れだって歩いていく。
「トウマ、トウマ。トウマは、リリィを初めて見たとき、どう思ったです?」
「どう……か」
本当に初めての、狂乱状態は除外すべきだろう。
落ち着いたあと、契約する前後での印象。
「名作劇場……アニメから抜け出してきたみたいだなって思ったな」
「それって、かわいいってことなのです?」
「もちろん。ノートパソコンに入っているはずだ。今度、探しておこう」
「楽しみなのです!」
リリィが拳を天に突き上げた。
「ほら、トウマもやるのです。おー!」
「おー」
立ち止まって二人で、拳を天に突き上げる。意味は分からないが、トウマの唇は弧を描いていた。
「それで、それで。他は、他はどうなのです?」
「他か……」
立ち止まったまま、トウマは少しだけ考える。
「そうだな。大きくなったら、美人になるだろうなと思った」
「ぐふふ~。トウマは、見る目があるのです」
「初めて言われたな」
リリィに限らず、ゴーストが成長することはあり得ない。以前ゴーストたちをスキルで融合させたが、できてもそのような変化だけ。
それは、リリィも当然理解している。
にもかかわらず、トウマはリリィの未来を見た。
それが、ゴーストの少女にはたまらなく嬉しかった。
「こういうこと、ミュリーシアやレイナにもいっぱい言ってあげるといいのです」
「そうだろうか?」
リリィは子供だから素直に受け取ってくれるが、下手をしたらセクハラと受け取られかねない。
だからこそ、口にするにはアルコールによる酩酊が必要だったのだ。記憶にはないが。
けれど、リリィにはなんだかんだと喜んでいたミュリーシアたちの姿しか見えていない。もちろん、喜んでいたというのは完全に主観だ。
「まあ、機会があったらそうしよう。いきなり言ったら、ただの変な人だからな」
「そこは、トウマに任せるのです! それより、トウマはこのあとどうするのです?」
「完全に、白紙だ」
昨日のことが原因で、完全に自由行動となっていた。
「シアは、作業をしたいということで親方と一緒だ」
「でも、どこにもいないのですよ?」
宙に浮いたまま、手を水平にして
「まずは、“王宮”の空き部屋を使えるようにしたりベッドを組み立てたりしている」
「え? トウマたち、別々に寝るですか?」
「いや、マテラの部屋になる予定だ。正確には、マテラの世話をする部屋だな」
「安心したのです」
「まったく安心はできないのだが」
現状維持が決まってしまった。
こうなると、“王宮”もかなり手狭だ。
その認識はミュリーシアとも共有しており、あとで廃屋の立て直しを親方と行う予定になっていた。
「お家が増えるのですね~」
「ああ。せっかくなので、ベルト・オブ・ストレングスを装備して手伝おうとしたが断られたけどな」
微妙に納得いっておらず、トウマは精霊像へ歩き出しながらもわずかに頬を膨らませていた。
「レイナは、どうしているのです?」
「リリィのお母さんたちとゴーストシルクの増産したり、他に食べられそうな植物を増やすらしい」
「それは重要なのです」
ゴーストタウンの外縁部。ゴーストシルクの群生地に向けて、リリィが両手を合わせて祈った。
「ノインは、ゴーストたちの割り振りの変更をしたりいつも通り家事をしたりだな」
「第二層の探索も、リリィたちのお仕事になったと聞いたのです!」
それに伴い、島の北部グリフォンの頭での作業を担当していたA班から人員移動が発生した。
3名のゴーストがニャルヴィオンも所属するD班へ移籍。火口のダンジョンから石炭を運ぶだけでなく、第二層で使えそうな物資の捜索も任務に加わった。
「あと、グリフォンの翼を担当するB班も数日は森に異変がないか偵察してもらう予定だな」
こういった諸々の調整は、すべてノインの仕事。トウマだけでなく、誰の手出しも許してはくれない。
「トウマだけ、やることがないのです! いっぱい食べられるのです!」
「いっぱい食べるのなら、仕事に励むべきなんだがな」
「じゃあ、精霊様にご挨拶したあと仕事を探すのです!」
失業者のように言われて、トウマはちょっとだけ足を速めた。
ゴーストタウンは、そう広くはない。すぐに、精霊像にたどり着いた。
「とうちゃーくなのです! 精霊様のお陰でマテラと会えたのですから、マテラも感謝するのですよ~」
リリィがレッドボーダーのゆりかごで眠るマテラに語りかけている間、トウマもまぶたを閉じた。
昨日も帰ってきてからすぐに報告したが、改めて祈りを捧げる。
(夢のお告げのお陰で、島の危機は救われた。感謝する)
それは心からの思い。
そのとき、トウマの全身が浮遊感に包まれた。
「まさか、夢と同じか……」
またしても、トウマは浮いていた。
グリフォン島の上に、浮いていた。
今回は、白昼夢ということになるのだろうか。
「……ということは、だ」
いるはずだ。
そう意識した瞬間、目の前に美しい女性が現れた。
先ほどまで祈っていた、ミュリーシアの彫った精霊像そっくり。いや、そのものの美女。
ノインのように優しげだが、凛として。
数年後のレイナのように整った顔で。
エメラルドグリーンという違いはあるが、ミュリーシアのように繊細な髪。
そして、瞳はリリィのように輝いている。
二人で、空に浮いていた。
「精霊アムルタート……」
右手でVサインをして、にっこりと微笑む。
どうやら、マテラを引き取るという選択は精霊の御心に適う行為だったらしい。
「それで、なんの用だ? 前回の労い……ってわけじゃなさそうだな」
申し訳なさそうにする精霊アムルタートに、トウマは頭を振った。
「構わない。教えてくれ」
その通りだと、精霊アムルタートがサムズアップした。やはり、言葉は通じないらしい。天使のように意思疎通ができないのか。それとも、喋ることができないのか。
精霊アムルタートはトウマを指さし、注目を促すように振る。
それを眼下のグリフォン島へと向けた。
指の先には、ゴーストタウン。
「今度は、一体なにが……」
そこに、地面から家がいくつも飛び出してきた。まるで、家が生えたかのよう。
「家を増やしてくれる……わけじゃないよな」
それなら、勝手にやってくれて構わない。
また、モンスターが出てくるとか。そういう話でもないようだ。
「もしかして……」
トウマの脳裏に、閃くものがあった。
「家を増やせと言いたいのか?」
トウマの言葉に、精霊アムルタートがぶんぶんと首を縦に振った。
「分かった。優先して対応しよう」
精霊アムルタートが笑顔でサムズアップし……。
「いや、キスは――」
……そしてまた、トウマの頬にキスをして。
トウマの意識は、現実のグリフォン島へと戻ってきた。
「……トウマ、トウマ。どうしたのです?」
「また、お告げがあった」
右頬をさすりながら、トウマは言った。少しだけ夢見心地だ。
「すごいのです! さすがトウマなのです!」
「すごいかどうかは分からないけど、家を増やしておくといいらしい」
漠然としているような、前回よりは具体的なような。
危機が迫っているわけではないのは、良いことなのだろう。
「ミュリーシアに頼んで、協力させてもらうか」
家を増やす。
つまり、住民が増えるということ。
そして、ネイアードたちではないということでもある。
「もしかして、ベーシアが暗黒大陸で上手くやってくれたのか?」
真相は分からない。
もしかしたらデルヴェへ行っているヘンリーかもしれないし、まったく別かもしれない。
「でも、ベーシアならいきなり国民を持ってきそうなのです!」
「持ってきそうと言うと、あれだけど……そうだな」
有事に備えるには、余裕がないといけない。
これは間違いのないことだった。




