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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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170/295

170.飲んだ翌日の朝は

「ご主人様、そろそろ……」


 見かねたノインが間に割って入る。まるで、盾を掲げる騎士のよう。


「ノインにも、いつも感謝している」

「いえ、これが役目ですので」


 前二人への攻撃――そう、紛れもなく精神攻撃だ――を目の当たりにし、ノインは対処方法を決めていた。


「当たり前のことをしているだけでございます。ほめられるようなことはなにも」


 しかし、ノインは気付いていない。


 対処方法を考えているということは、期待をしていたということに……。


「それでもだ。たぶん、あまり感謝したりすると逆に迷惑なんだろうなと思って軽い対応になっているが……とても助かっている」

「もったいないお言葉でございます」


 ノインはトウマから離れ、瀟洒に一礼する。


 これ以上近付いたら、どうされるか分からない。

 目を合わせたら、どうなるか分からない。


 今は、適切な距離が重要だ。


 けれど、トウマはそれをあっさり乗り越える。


「あんな目に遭っても、人を恨まずにいてくれてありがとう」

「あ……っっ」

「その本分を尽くそうとする姿勢に、俺は心から敬意を表する」

「……もったいないお言葉で……」


 顔を上げられず、ノインは曖昧に言葉を濁した。

 思わず、月下美人のかんざしに手が伸びていることに気付いていない。


「ほめ上戸って、そんなのあります!?」

「現実に、起こっておるであろうが」


 ひそひそと語り合うミュリーシアとレイナ。

 まったく気にせず、トウマは続ける。


「今日も、夢のお告げなんて曖昧なものを信じて一緒に動いてくれて感謝してる。いや、感謝してもしきれない」

「そこは、ほれ。妾と共犯者の仲ではないか」

「そうですよ」

「ああ。信じてる。信じてたけど、うれしいものはうれしいんだ」


 深く息を吐き、トウマがまたワインをあおる。


「これ、どうやったら終わるんです……?」


 まだまだ、トウマの独擅場は続く。


 もうワインのボトルは空になりかけているのに、酔いつぶれる気配は微塵もなかった。


「なんだか、ここにいてはいけない気がしてきたのです!」

「リリィちゃん!? いえ、ここにいるのもマズイ気はしますけど」


 置き去りにされる危機感で思わず声を上げてしまったが、リリィにもマテラにもまだ早い。いや、時期の問題ではない。


 このトウマは、未来永劫教育に悪い。


「分かりました。センパイは、私たちが抑えます」

「うむ。妾たちに任せて、先にゆくがよい」

「マテラも行くのですよ~」


 レッドボーダーのゆりかごで眠るマテラを押して、リリィが円卓の間を出て行った。


 それを見届けたトウマ以外の三人には、さっぱりとした表情が浮かんでいた。

 覚悟を決めたかのような。まるで、一騎打ちに挑む武芸者のよう。


「これで、後顧の憂いはなくなったかと存じます」

「あたしたちがどうにかなっても、未来は守られますね……」

「諦めるでない」


 ミュリーシアが黒い羽毛扇をぱっと開き、赤い瞳で仲間を見回す。


「妾たち三人、揃って生還するのだぞ」

「ミュリーシア……」

「陛下……」


 忠誠心が上がった……タイミングで、トウマがぽつりと言った。


「みんなに出会えて、俺は幸せだ」

「共犯者……」

「センパイ……」

「ご主人様……」


 トウマは、こんな調子でずっと本音・・を吐露し続けた。


 夜が更けても、ずっと。





「……朝か」


 むくりと起き上がり、トウマは軽く伸びをした。


 レイナのスキルによる籐のベッドとゴーストシルクの布団は、快適な眠りをもたらしてくれた。

 あれだけ飲んだのに、頭痛のひとつもない。実に、新年を迎えたかのようなすっきりとした目覚めだった。


「そうか。グリフォンの翼でマテラと出会って、そのあと……」


 疲れがあったのだろうか。

 どうやら、ワインを飲んでそのまま寝てしまったらしい。


 そして、恐らくはミュリーシアの手によりベッドへ運ばれたということのようだ。


「それ以上の迷惑を掛けていなければいいんだがな」


 酒を飲んだあとの記憶がないが、二日酔いはしていなかった。気分の悪さも、頭が重たいということもない。


 ただ、ワインは美味しかった。


 そんな漠然とした印象は胸に残っていた。


「酒に強いのか弱いのか。よく分からないな」


 不思議そうに首をひねりながら、トウマは籐のベッドから下りる。不思議と言えば、ミュリーシアもレイナもいなかった。


 自分では酒臭さは感じないが、もしかしたらそれで別々に寝たのかもしれない。だとしたら、謝罪となんらかの埋め合わせは絶対に必要だろう。


 覚悟をして、トウマは寝室から出て円卓の間へと向かう。“王宮”の構造的に、外へ出るには円卓の間と厨房を必ず通らなくてはならない。元は、ただの民家なのだから当然と言えば当然だが。


「シアに、玲那……。ノインまで、一体……」


 石の円卓に突っ伏す影が三つ。

 言うまでもなく、ミュリーシアとレイナとノインだ。リリィとマテラの姿が見えないが、外にいるのだろうか。


 いや、それよりもミュリーシアたちだ。


 三人とも、着の身着のまま。疲れ切った表情で石の円卓に頭を乗せて眠っていた。ノインがいたため、さすがに食器やワインのボトルは綺麗に片付けられている。


 だが、どういうわけか全員が疲れたような表情をしていた。

 仕事に疲れたOLどころではない。気怠げな、深夜から早朝にかけてのサービスエリアのような空気。


「……見なかったことにすべきだろうか」


 どこをどう切り取っても、トウマに。いや、異性に見られたい状況ではない。同性にだって嫌だろう。


 しかし、その判断は遅かった。


「……ご主人様?」


 やはり、感覚が鋭敏なのか。スイッチが入ったかのように目を開き、ノインのアメジストのような紫の瞳の焦点が合う。


「ご主人様!」


 勢いよく起き上がり、前下がりボブの髪が揺れた。


「いや、慌てなくていい。どうやら、俺が迷惑を掛けたみたいだな」

「ご主人様、記憶が……?」

「すまない。ワインを飲んだという記憶しかない」

「それは、なんたる僥倖でしょうか」


 ノインが、月下美人のかんざしに指を這わしほっと息を吐く。


 しかし、それも束の間。


「奥様、陛下。目をおさましください。ご主人様が、先にお目覚めになりました」

「……むにゃ、センパイが?」

「共犯者がとな……?」


 肩を揺さぶられても、二人ともなかなか起きなかった。

 それは、言葉が染みこむまで少し時間がかかったから。


「センパイ!?」

「共犯者!?」


 トウマの存在が浸透すると、二人とも石の椅子を倒すような勢いで跳ね起きた。レイナのサイドテールと、ミュリーシアの銀髪が踊る。

 授業中の居眠りを咎められたとしても、もう少し余裕があるだろう。


 それくらいの慌て振り。


「あ、ああ。二人とも、おはよう」


 挨拶は実際大事だが、それ以上に間が持たなかったというほうが正しかった。

 慌てふためく二人を見るトウマの表情は、暗い。


「すまない。どうやら、かなり迷惑を掛けたようだな。まさか、暴力までは振るっていないと思うんだが……」

「暴力……」

「まさか……」

「いえ、違います。寝起きで、頭がぼうっとしているだけですから」


 レイナは、両手と首とサイドテールをぶるぶる振った。


 あれは、ある意味で言葉の暴力だった。

 そんなことを口にしたら、トウマが本気で落ち込んでしまう。


「ということは、共犯者。昨日の記憶がないのだの?」

「はっ、そうです。そこですよ、そこ重要なところですよ」

「ああ、実は酒を飲んだ直後から記憶がない。言い訳みたいに聞こえると思うが――」

「人類は救われましたよ!」

「は?」


 申し訳なさそうにするトウマとは対照的に、レイナが飛び上がらんばかりに。いや、実際に飛び上がって喜びを露わにした。サイドテールが、短時間に続けて舞う。


 ミュリーシアは黒い羽毛扇で口元を隠し、ノインも露骨にほっとした表情を浮かべている。


「そこまでだったのか……」

「いや、実に美味そうにワインを飲んではおったがの……」

「もちろん、暴れるなどということもございません。そう、昨日のご主人様は実に紳士的でございました」

「それでなぜ、その反応になるんだ?」


 トウマが腕を組み、深々と息を吐く。

 分からない。昨日の自分が、まったく分からなかった。


「……ワインを飲んで、俺は一体どうなったんだ?」

「なにを聞こうとするんですか、このすけこましセンパイ」

「……紳士的だったんじゃないのか?」


 ノインに問う。だが、アメジストのような紫の瞳をむけられただけで返答はなかった。


「まあ、深刻にならなくても良い。ある意味、妾たちの受け止め方の問題だからの」

「まさか、脱いだわけじゃないよな……」

「そのほうが、ましだったかもですねえ」

「本当に、なにをやったんだ俺は?」


 心からの疑問。

 けれど、ミュリーシアたちは答えてくれそうにない。


 誰も彼もが、恥ずかしそうに目を背けるだけ。


 そうなると、トウマにできることはひとつ。


「分かった。次からは気をつける」

「次!? なんでそうなるんですか!?」


 思ってもいなかった前向きなトウマに、レイナは思わず肩を掴んで揺さぶった。

 本気だ。命に関わる。


「記憶がなかったりしたのは、飲み慣れてないからだろう」

「いや、最初からぱかぱかいっておったぞ?」

「だから、次はもっと上手くやれると思う」

「なにを上手くやるつもりじゃ!?」


 肩を揺さぶるのに、ミュリーシアも加わった。


「二日酔いとか、そういうのにはなってないから揺らしても大丈夫だぞ」

「タフすぎません?」

「陛下、ご裁可を」

「……うむ」


 ノインに促され、ミュリーシアは一歩離れる。そして、黒い羽毛扇をトウマへ突きつけた。


「共犯者は、このミュリーシア・ケイティファ・ドラクルの名において飲酒を禁じるものとする」

「法の恣意的運用は問題だし、地球では禁酒法というのはとんでもない悪法として――」

「――分かったの?」

「……分かった」


 こうして、アムルタート王国の秩序は保たれた。


 今日も、グリフォン島は平和だった。

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