166.マテラ
「なんと……そのようなことが……」
なんとか合流を果たし、ニャルヴィオンの二階席に集まったトウマたち。
経緯を聞き終えたノインが、深々と息を吐いた。
森の奥に現れた、奇妙な光景。
虹色のシャボン玉から出現するモンスター。
それを生み出すのは、世界を拒絶するかのように泣いていた白い赤ん坊。
「なんとも、数奇な運命を背負ったお子なのですね」
アメジストのような紫の瞳を、レッドボーダーの裏側にすっぽりと収まった白い赤ん坊へと向ける。
先ほどから、ずっと眠ったまま。どうやら、眠っている間は音楽を聞かなくても大丈夫のようだ。虹色のシャボン玉も宙に浮く二枚貝も出てこない。
「よく寝ているのですよ~」
それでも、油断はしていなかった。
リリィがスマートフォン片手に、白い赤ん坊に寄り添っている。
さらに、ニャンコプターモードのニャルヴィオンも、なるべく音を立てないように飛行していた。
「これは、責任重大でございますね」
慈愛に満ちた瞳。ノインも、彼女を受け入れることに異存はないようだった。
「ああ。みんなも、迷惑を掛けると思うけど協力して欲しい」
「もちろんですよ。まあ、あたしやセンパイは初歩から憶えないとですけど」
「胸を張って言うことではなかろうよ」
ミュリーシアが足を組み直し、二階席のソファに背中を預ける。
その動きで、わざとではないが豊かな双丘が揺れた。
「誰の胸がないって言うんですか!?」
「いくらなんでも、間を省きすぎであろう」
「かーっ。これだから、持つ者は傲慢だっていうんですよ」
「もう、二人ともしーっなのですよ。リリィの妹が起きてしまうのです」
耳元まで飛んできたリリィに諭され、ミュリーシアとレイナはぎこちなく頭を下げた。謝罪を言葉にしなかったのは、これ以上怒られたくはなかったからだ。大人として。
「本人は、特に気にしてなさそうだな」
ずっと眠れていなかったからか。それとも、案外図太いのか。白い赤ん坊は、すやすやと眠ったままだ。
赤ん坊は眠るのが仕事。そういう意味では、ありがたい。
「そういえば――」
ノインがなにか言いかけたところで、ニャルヴィオンの動きが止まった。
「あ、着いたみたいですね」
「ありがとう、ニャルヴィオン。助かった」
「にゃ~」
控えめに返事をして、ニャルヴィオンがゆっくりと地上へと降りていく。
「クケー!」
「ココココ」
「クケケー!」
「どこに乗ってたんですか!?」
ゴーストタウンの中心。涸れ井戸や精霊像がある広場に着陸した途端、黒いマッスルースターが飛び出した。
どこかに、潜んでいたらしい。ミュリーシアやノインにも悟られないのだから、大したものだ。
そのまま、黒い三羽はマッスルースターの飼育場を目指して駆け抜けていった。
「私めが見て参りますので、皆様は先に“王宮”へ」
「ああ、頼んだ」
「どれ、妾も行ったほうが良かろう」
ばたばたと、ミュリーシアとノインが後を追う。
「……どうします?」
「精霊像に挨拶でもしておくか」
ふわふわと浮かぶリリィとレッドボーダーを伴い、精霊像へ。
以前と変わらず。つまり、ミュリーシアが彫ったときよりもくっきりとした精霊像に手を合わせて心の中で感謝を伝える。
「これからは、お供え物とかしたほうがいいんですかね」
「ノインと相談しよう」
お祈りを終え、トウマたちは“王宮”へと戻る。
「たまには、あたしがお茶の用意でも――」
「いえ、そのままお休みくださいませ」
一息ついたところで、ノインとミュリーシアが円卓の間へと戻ってきた。瀟洒に一礼して厨房へとんぼ返りしたため、説明するのはミュリーシアの役目となる。
「問題はあるまい。仲良くするように、言い含めておいたゆえな」
「そうか」
拳で語ったのかもしれないが、収まったのであればそれでいい。
トウマは深入りせず、そうこうしているうちにノインがハーブティーを運んで来た。
「皆様、お疲れ様でございました」
「疲れたは疲れましたけど、意外と早く済みましたよね」
「そうだな。途中で、数日がかりも覚悟したしな」
残ったチョコレートクッキーをおやつに、弛緩した空気が流れた。
「そういえば、さっきニャルヴィオンでなにか言いかけていなかったか?」
「いえ、なにか名前をお考えなのかと思いまして」
「名前か……」
浮かんでいるレッドボーダーの上で、すやすやと眠っている白い赤ん坊を横目で見る。
「親がどこにいるかも分からず、縁の品もない。妾たちで名付けるしかなかろうな」
「歌とか踊りで、ぼっちに耐えきれずノコノコ引きこもり止めた女神がいましたよね?」
「天照大神だな。俺たちの国の主神で、太陽神だ」
険のある瞳を向けるが、レイナには通じない。慣れている。
「じゃあ、マテラっていうのはどうです?」
「マテラ? どこから出てきたのです?」
「アマテラスだから、マテラか」
アマテラスから、マテラ。
分かりにくいかもしれないが、この場合はそれでちょうどいいようにも思える。
「マテラ……マテラ……。かわいくていいと思うのです!」
「うむ。妾も異存はない」
ノインは、なにも言わずただ頭を下げた。
「じゃあ、この子はマテラだ」
「リリィの妹、マテラなのです!」
リリィがレッドボーダーのさらに上を飛び回り、喜びを表現する。心なしか、金髪の三つ編みもスカートの裾も普段より大きく舞っているように見えた。
「テラスでもいいですけど、庭みたいじゃないですか。うちには、ニワトリもいますしね」
「庭には二羽ニワトリがいるか? 二羽どころじゃないだろう」
「にわにはにわにわとりがいるです?」
「ああ、早口言葉って、こっちにはないのか? 生麦生米生卵とか、三回連続で言えるかどうかで遊ぶんだ」
「なまむぎなまごめなまたまご、なまみゅぎなまごめなまたまぎょ、にゃまむぎにゃまごめにゃまたまご……なのです!」
「言えておらぬな」
「……おかしいのです」
完璧だったはず。
どこで間違えてしまったのかと、リリィが首をひねった。
「舌を噛むことはないでしょうけど……そもそも、ゴーストってどうやって喋ってるんです?」
「テレパシーに近いな」
「それはそうですよね。地面にも潜れるんですから、呼吸もしてないんでしょうし……」
「だから、気分の問題だな」
「なるほど。リリィちゃん、東京特許許可局なんていうのもありますよ」
「とーきょーとっきょ……なんなのです?」
早口言葉を始める二人に目をやると、トウマはふと気付いた。
「そういえば」
視線の先には、円卓に安置されたマジックアイテムがあった。
「ノートパソコンで、マテラのことが分かるんじゃないのか?」
「あっ。でも、マテラって、あたしたちでつけた名前ですよ?」
「特徴を入れて検索すればいいだろう」
「ほう。なにかヒントでもあれば助かるのう」
「やってみよう」
分からないなら分からないで、現状と変わらない。
トウマはノートパソコンを開き、早速検索ワードを入力した。
虹色のシャボン玉 二枚貝 赤ん坊
スペースで区切り、ブラウザで検索する。
結果は……該当があった。
あったが……。
「出てきた……けど……これは……」
しかし、後に残ったのは困惑。
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「なんじゃ、これは?」
「文字化けしてるな……」
ただのエラー。そのはずなのに、トウマの背筋にゾクッと悪寒が走った。これ以上は、踏み込んではならない。知ってはならない。
強迫観念にも似た思いが湧いてくる。
「……なんか、めちゃくちゃやばくないです? 一気にホラーっぽくなっちゃったんですけど?」
「ひええぇ……。なんだか怖いのです」
思わぬ展開に、リリィがぶるぶると震えた。
「触れてはならぬものに触れようとした……ということなのでしょうか?」
「どうだろうな? でも、偶然というわけではなさそうだ」
他の項目。グリフォンの翼で出会ったライトニングベアやフライングバッファローは、正常に表示された。
しかし、同じく曖昧な検索ワードのはずなのにマテラに関しては何度やっても同じ結果。
「まあ、マテラが何者でも俺たちがやることは変わらないか」
「確かに、その通りだの。さすがは、共犯者じゃ」
「そうなのです! リリィが、お世話するのですよ!」
話題の渦中にある白い赤ん坊――マテラは、レッドボーダーのゆりかごで気持ちよさそうに眠っている。
多少の不気味さを残しつつ、アムルタート王国に新たな住民が加わることとなった。




