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016.はじめての建国祭

「やればできるもんだな、ミュリーシア」

「当然よ、共犯者。妾たちに不可能はないのじゃ」


 日が落ちる頃。

 松明で明かりが採られた“王宮”に、国民が勢揃いしていた。


 石の円卓に料理が揃い、建国祭が始まる。


 そのメニューは、マッスルースターの蒸し焼きやヤシの実のジュース。自生していたイモを蒸かしたものに、マンゴーのようなフルーツがそのまま並べられている。


 決して、豪華とはいえない。


 だが、精一杯でもある。満ち足りていた。


「では、共犯者。一言」

「そうだな……」


 ミュリーシアに促され、トウマは立ち上がった。

 あまり長いのは無粋だが、無ければ無いで締まらない。


「この島に流れ着いて数日。こうして建国祭を執り行うことができたのは、みんなの協力のお陰だ。心から感謝している。来年再来年と、この建国祭は続いていくだろう。規模も、もっと大きくなる。でも、歴史にも思い出にも残る唯一無二の日になる。一緒に過ごせたことを感謝し――」

「長いわっ。来年の話など、占い師に食わせておけば良いのだ。皆、楽しくやるぞ」

「おー! なのです!」


 首を傾げて座るトウマとは対照的に、円卓の周囲を浮遊するリリィたちが気勢を上げた。


「長かったか?」

「いい話ではあったが、祭りの前にあれはなかろう?」

「あれでも、かなり言いたいことを削ったんだがな」

「共犯者、真面目すぎるわ。まあ、そこが良いところではあるがの。とりあえず、飲め飲め。酒はないが、飲んでリラックスするのじゃ」


 ミュリーシアがヤシの実を片手で持ち、石のジョッキに中身を注いだ。


「ありがとう」


 それを飲み干し、トウマもミュリーシアのジョッキに返杯する。

 ヤシの実ひとつで1リットル近くはあり、二人で飲むのには充分だ。


「トウマ、トウマ。まずはお肉。お肉がいいのです」

「確かに、冷める前に食べて欲しいものだの」


 マッスルースターの蒸し焼きは、ゴーストの助力を得つつミュリーシアが調理した。

 石を削って作った鍋に処理をしたマッスルースターにハーブや自生していたイモを詰め、穴を掘って蒸し焼きにしたという豪快な料理だ。


「ミュリーシアというか、ドラクルが料理するというのがまず意外なんだが」

「ふっ。浅はかよの、共犯者」


 舌を鳴らしながら、ミュリーシアは人差し指を横に振る。


「ドラクルの料理技術を馬鹿にした物ではないぞ。血の提供者の健康は、妾たちにとって最重要課題と言っていいのだからな」

「なるほど……」


 理に適っている。


 トウマが納得したところで、ミュリーシアが手ずから切り分けてくれた。


「いただきます」

「遠慮なく食らうが良い」


 期待に満ちた赤い瞳に見つめられながら、トウマは石のフォークで肉を突き刺す。


 ハーブがいいのか、香しい風味がする。


 たまらず、かぶりついた。


 長時間蒸し焼きにしたからか、身はしっかりとしているのに柔らかい。なにより、肉汁が溢れ出すのがたまらなかった。


 なにより、今までに比べたら味がしっかりと付いて――美味い。


「はわわぁ……」


 驚愕と恍惚が入り交じった声をあげるリリィ。

 他のゴーストたちも、ここまでではないが似たり寄ったりだ。


「トウマ、もっともっと欲しいのです」

「ほう、リリィも気に入ったか」

「お気に入りなのです! ミュリーシアは天才なのです!」

「素人仕事をそんなにほめられると、逆にむずがゆいわ」


 薄く削った石のジョッキでヤシの実のジュースを飲むドラクルの姫。なんとも様になっており、美しいと言うよりは格好良い。


「イモも、ほくほくして美味いな」

「若いのだから、肉を食らうのだ。肉を」

「親戚のおじさんみたいなことを言われても困る」

「おじっ!?」


 薄く削った石のジョッキが、ぴしりと音を立てた。


「妾は、ドラクルではまだまだ若いと侮られておるぐらいでな。それで、叔父との権力争いに敗れた面もあるわけでな」

「人間、年を取ると若い頃のようには食べられなくなる。そうなると、誰かが食べてるのを見て喜ぶようになるのだそうだ」

「ドラクルはあまり食事を摂らぬから、代わりに……か」


 そんなことはないと反発すればいいのに、納得してしまいそうになるミュリーシア。

 ここで、リリィが飛び上がるように手を挙げた。三つ編みにした綺麗な金髪が宙に舞う。


「はいはい! リリィたちで劇をやるのです!」

「劇?」

「はいなのです。お祭りでよくやっていた、村の始まりのお話なのです」


 それは、神蝕紀の大戦から逃れるため、精霊アムルタートに導かれ大移動をした人々の物語。


「精霊ってなんだ?」

「光輝協会が教えるはずもないのう。天地自然の精が形を取ったものじゃな」

「ああ、神様みたいなものか」

「うむ。実際、精霊の中でより力の強いものが神と呼ばれたという説はある」


 喋れないゴーストたちの代わりにリリィがシチュエーションを説明し、劇は進んでいった。途中で、ミュリーシアも補足をしてくれる。


「精霊アムルタートは、大地の精霊とも呼ばれ食料を司る存在じゃ」

「それは、リリィたちにぴったりだな……」


 最初は一家族だけだった旅も、途中で仲間たちが加わり。その仲間たちをアクシデントで失いながらも、精霊アムルタートの導きでついに海へ。


 苦難の航海の末、この島にたどり着いたところで劇は終わった。


「リリィ、みんな。ありがとう、面白かった」

「こうして歴史を伝えていくのは、人ならではの智慧であるな。素晴らしい」

「そんな照れるのです」


 ほめられてくねくねするリリィだったが、なにかを期待するかのようにトウマを見つめる。


「俺か?」

「順番というやつだな、共犯者」


 リリィだけでなくミュリーシアからも、同じ視線を向けられた。

 こうなると無視はできないが、トウマは芸などできない。


 祖父から手慰み程度に柔術の技は習っているが、一人ではどうしようもない。


 そこで、ふとアイディアが降ってきた。


「ひとつ、建国祭に相応しい出し物を思いついた」

「ほう。歌でも歌うのかの?」

「そうだ」

「共犯者の歌……じゃと……?」


 おもむろに立ち上がり、前置きなしに歌い始める。


 ゆったりと、荘厳で。悠久の時の流れを感じさせる歌だった。

 伴奏がないのに、しっとりと染みいるよう。


 最初は驚いていたミュリーシアやリリィたちだったが、耳慣れない異世界の音楽に聞き惚れる。


「すごいのです! なんだか、不思議な歌だったのです!」

「見事だったぞ。ところで、なんの歌だったのだ?」

「国歌だ。俺の故郷のな」

「なるほど……にしては、随分とゆっくりとしたテンポだの」

「まあ、勇ましくはないな」


 いろいろあって不遇な扱いだが、スポーツの国際試合で流れるこの曲がトウマは嫌いではなかった。


「じゃが、気に入った。妾たちの国の歌も、いずれ作らねばならぬな」

「そうだな。いずれ必要になるよな。国旗も、国名も」

「吟遊詩人でもスカウトするかの。妾たちの建国記を残させるのも一興だろうて」

「それは楽しそうなのです」

「ああ、賛成だ。夢が広がるな」


 といったところで、ミュリーシアの番になった。


「分かっておる。妾は逃げも隠れもせん……が、立つのだ共犯者」

「また俺か?」

「無論だ。一人でダンスなどできるはずがあるまい?」


 ダンス。

 その単語で思考が漂白されたトウマの手を取り、ミュリーシアはステップを踏む。


 ワルツのようなスローなダンス。

 しかし、完全に初体験のトウマには難易度が高い。


 そもそも、ミュリーシアがこんな至近距離にいる時点で大変だ。運動は異なる理由で、心臓が跳ねる。


 足下を見て、必死にステップを踏むのが精一杯。


「これ。パートナーの顔を見るために、その眼は存在するのだぞ」

「でも、足を踏むぞ」

「踏むが良い」

「ええ……」


 堂々としたミュリーシアに、トウマは思わず笑ってしまった。


「どうなっても知らないぞ?」

「共犯者一人リードできぬ妾ではないぞ?」


 開き直ったトウマのステップ。

 それを受け止めるミュリーシア。


 案の定、ダンスは無茶苦茶になった。


 だが、それで良かった。それが良かった。


「今までで、一番楽しいダンスであったぞ」

「俺もだよ」


 ダンスから解放され、トウマはヤシの実のジュースを一気に飲み干した。疲れた体に染みる味だった。


 そこで、リリィが小首を傾げながら尋ねる。


「ところで、トウマとミュリーシアのどっちが王様なのです?」

「ミュリーシアに決まってる」

「共犯者であろ」


 お互いがお互いを指さした。

 まるで示し合わせたように、同時に。

昨日いいね機能が実装され、後がきの下のところから押せるようになっています。

☆の評価のちょっと上のところですね。


どんな傾向が好まれるのか作者として参考になりますので、気に入った話にはお気軽に押していただけたら幸いです。

(作者に伝わるのは話ごとの合計だけで、どのユーザーが押したのか伝わることはありません)

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― 新着の感想 ―
[一言] 君が代の人気無さが逆に不思議な人間がここに。 元は婚姻を祝福して歌うものだったそうですが国と民族が永代残り続けていく祈りの歌と思えばそれっぽい良い歌だと思うんですけどね。
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