159.森の熊
「ここになにかがある。しかし、どこかもなにかも分からぬとそういうわけだの?」
「ああ……」
地上に降りたミュリーシアの確認に、トウマはうなずいた。
うなずかざるを得なかった。
同時に、余りにも酷い話に顔をしかめてしまう。
「よくよく考えなくても、曖昧過ぎる話だな……」
「まあ、今さらですよ」
トウマの横をキープしたレイナが、青々と茂る森へ緑がかった瞳をむける。
「なんかいるから接触してこいとかいう神命に比べたら、全然ましですし」
「少なくとも、依頼主は遥かにましだの」
「精霊様がリリィたちを心配して言ってくれたのです!」
「みんな、よろしく頼む」
元より、他に選択肢はない。
「水くさいのです。トウマとリリィの仲なのですよ」
「そうですよ、センパイ。国民として、もはや一心同体です」
「一蓮托生な」
そして、今さら遠慮するような仲でもなかった。
「まずは、リリィが先に飛んでいくのですよ~」
「うむ。共犯者とレイナは、妾の後ろで警戒するが良い」
「ダンジョンと同じですね」
「この四人が、基本単位になりつつあるな」
軽く打ち合わせをして、探索が始まる。
前衛というよりは斥候役としてリリィが飛び、その後ろでミュリーシアが赤い瞳で周囲を警戒する。
その二人に守られる形で、レッドボーダーを手にしたトウマとレイナが森の中を進んでいく。
広葉樹が密生し、自然に溢れる森。
地球の植生をそのまま当てはめることはできないだろうが、森の恵みは豊かだ。
「最近は、狩人のゴーストたちB班に食べられそうな野草とかも持ってきてもらってるんですよ」
「そうか。ポータブルポイズンテスターがあるからか」
「そうです、そうです。良さげなのがあったら、“王宮”の裏で栽培してもいいですしね」
「食生活が豊かになって、リリィたちはとってもうれしいのですよ~」
先を行くリリィが、くるんっと空中で回る。ワンピースの裾が翻り、金髪の三つ編みが踊った。
そのまま森を進んでいくことしばし。
「初めて来たとき、この辺りでマッスルースターに遭遇したんだよな」
トウマが少し立ち止まって、懐かしそうに周囲を見回した。
「そうだったのです。生意気に突っ込んできたのを、ミュリーシアが首すぱーってしたのです。すぱーって」
「思えば、このグリフォン島での初めての活動みたいなものだったな」
「うむ。妙に懐かしく感じるのう」
まだ、それほど前のことではない。それなのに、隔世の感があった。
まぶたを閉じれば、首を切っても走り続けるマッスルースターのことがはっきりと思い出せる。
「最初は、ほんとにサバイバルだったんですね。それでよく、建国とか考えられましたね」
「逆だな。最初に建国と言い出さなかったら、今でもずっと無人島生活をしてたと思う」
「生きるために生きては、生きるだけで終焉を迎える……ということだの」
「トートロジーで、あんまり上手くないですね」
「言いたいことは、よく分かるがな」
下を向いたままでは、歩くことはできても走ることはできないということだろう。
「ところで、マッスルースターが出てこないのです」
「どうやら、飼育のために連れ去ったことでここら一帯の上下関係が決まったようでの。妾がおると、出てこなくなったとゴーストたちから言われておる」
「相変わらず、ヤクザみたいなニワトリだな……」
謎の生態に、トウマは苦笑してしまう。
だが、今回は狩りではないのだ。
出てこないのであれば、むしろ好都合。
立ったままの小休憩は終わりにし、トウマたちは再び森の奥へと進んでいった。
「ミミックルートの話からすると、大蛇とか熊もこの森にはいるはずだな」
「そうなのです。他にも、狼とか虎とかいるのです。食べられないから見逃してるですけど」
「基準がはっきりしてるな」
皮をはいで加工する技術もないのだ。正当防衛ならともかく、あえて肉食獣を狩る必要はない。
そして、ゴーストたちが害獣とはいえただの動物にやられるはずもなかった。
「そもそも、獣が無闇に人を襲うかというとそうでもないからの」
「向こうも、相手は選ぶか」
トウマは、横を歩くレイナと密かに目を合わせた。
視線を向けられた幼なじみも、苦笑を隠さない。
獲物を選ぶのは当然だろう。
ただし、それはミュリーシア――強者の論理。
余程見境がないか、自信があるか。
そうでなければ、ドラクルの姫がまとうオーラに飲まれて退散するはずだ。
「もし向かってきても、返り討ちなのですよ!」
「そういうことよ」
氷肌玉骨。氷のように白く高潔な美貌に、確乎不抜な笑みを乗せミュリーシアが請け負った。
そして、その自信は現実となる。
「……ほう。そうこう言うておったら、なにか出てくるようだの」
「ミュリーシア! 変わったクマさんが突進してくるのですよ!」
「玲那」
警告を受けて、トウマが身長よりも高い盾――レッドボーダーを構える。そのまま、レイナをその後ろにかばった。
同時に、前方の茂みから黒い塊が飛び出してきた。
「変わったって、変わりすぎじゃありません!?」
トウマとレッドボーダーの隙間から覗いていたレイナが、思わずといった調子で悲鳴を上げる。
それも、無理はない。
四足で突進してくる熊は、小山のよう。どうやって茂みの向こうに隠れていたのかと思うほど巨大。
四肢は太く、丸太のようだ。鋭い爪が擦っただけで、下手すれば致命傷になり得る。
「ガアアアアァァッッッ!!」
その咆哮は、大気だけでなく周囲の樹木も震わせた。
トウマも、レッドボーダーを落としこそしないが思わず体が縮こまる。
そして、大きく開かれた口には雷が走っていた。
「これもう、ほとんどモンスターでしょう!?」
「妾の知らぬ獣だの」
雷光熊。ライトニングベアと、でも呼べばいいのか。
「速いのです!?」
さらに加速し、こちらへ戻ってこようとしていたリリィを追い抜いた。
その勢いのまま口から雷撃を放ち、雷を彷彿とさせる速度で飛びかかる。
ミュリーシアを斬り裂き、それからトウマとレイナを食い散らかす。
ライトニングベアは、そう考えていたのだろう。
そして、それは決して不可能な計画というわけではなかった。
「なんじゃ? 狩りは苦手かの?」
ミュリーシアがいなければ。
「ガアアアアァァッッッ!!」
一向に恐怖しないドラクルの姫に苛立ち、ライトニングベアが急停止して立ち止まった。
直立すると、さらに偉容が際立つ。
続けて、咆哮とともに雷撃を放つ――
「わざわざ弱点を晒すとは、殊勝なことよの」
――ことは、できなかった。
漆黒の杭が一本。
大きな。リリィの頭を丸飲みできるほど大きな口に、刺さっていた。
その捩れて鋭い先端が、反対側に飛び出している。
致命的な一撃。
ライトニングベアが、現実を拒否するかのように仁王立ちになった。
しかし、それも長くは続かない。
その場にどさりと倒れ込み、ぴくりぴくりと痙攣する。
「シア、助かった」
「なに、この程度で礼は不要よ」
「でも、あのクマさん速かったのです!」
「あんな熊がいるなんて、世界は広いな」
戻ったら、ノートパソコンで確認してみよう。
そう考えている間に、レイナも復活したようだ。トウマから離れて、ライトニングベアへと近付いていく。
「熊って、肝臓が薬になるんでしたっけ?」
「胆嚢じゃなかったか」
ただ、内臓を見分ける自信はない。
「まあ、国内だけに限ればあたしがスキルでどうにかしちゃえるんで薬とか要らないですけどね」
「肉のほうも、今回は見送りだな」
「えー? せっかくなので、いただきますするのですよ!」
「それは、結構労力がかかりそうなんだが……」
トウマも命を無駄にしたくはない。したくはないが、今は探索の途中。関わっている余裕はない。
「……どうやら、その悩みはなくなったようだの」
「……熊が光って……まさか……?」
レイナが、呆然と振り返った。
トウマも、まさかと首を横に振ることしかできない。
「魔力異常が起こっていた……。モンスターだったみたいだな」
魔力異常から生まれたモンスターに固有の現象。
魔力還元が、始まったのだ。




