153.利用と配分
「ただいまなのですよ~」
“王宮”の壁を通り抜けて、リリィが円卓の間に戻ってきた。その勢いのまま、トウマの首にしがみつく。
どうやら、レイナは置いていかれたようだ。
「トウマもミュリーシアもノインもちゃんといたのです! ほんとに、すまほで遠くからお話できていたのです!」
「うむ。間違いなく声が届いておいたぞ」
「はい。かわいらしいお声でございました」
「えへへへへ……。そんなにほんとーのことを言われると、照れるのですよ!」
三つ編みにした金髪に触れながら、リリィが霊体をくねくねとさせる。
図太いなと思わなくもないが、ここは微笑ましさが勝った。
「スマホのこと、気に入ったみたいだな」
「すごいマジックアイテムなのです! 板をポチッとすると、いろいろできるのですよ」
機能もさることながら、タッチパネルを操作するのが楽しかったらしい。
天真爛漫。そして、純真無垢。にぱーっと本当に楽しそうに笑った。屈託も邪気もない笑顔だ。ヴァレットと対峙して思うところもあったが、そういった負の感情が洗い流されていく。
「ちょっと、リリィちゃん。先に行くの、ひどくないですか?」
少し遅れて、片手にスマートフォンを持ったレイナが円卓の間に入ってきた。汗はかいていないが、呼吸は荒い。走ってきたようだが、直線距離で移動できるリリィに勝てる道理はなかった。
「ごめんなさいなのですよ。楽しい気持ちが、抑えられなかったのです」
「そんなの……許しますけどね!」
「レイナ!」
「リリィちゃん!」
ふたりが、ひしっと抱き合った。
「奥様、よろしければ」
「あ、ありがとうございます」
ノインから差し出されたゴーストシルクのタオルを受け取り、倒れ込むように椅子に座った。
「ひとまず、能力の確認はできたということで良いのかの?」
「そうだな」
ノートパソコンの画面を閉じながら、トウマがうなずく。
「知識の検索、動画と音楽の再生。それから、スマホとの連携か。もしかすると、いずれ機能が増えるかもしれないが」
「逆に、スマホのほうはまだまだですね。通話とメッセの距離の確認は必須ですし。あと、マップアプリがダンジョン専門になったっぽいです」
回復したレイナがスマホを操作し、画面を向けた。
入り口と思しき場所から真っ直ぐに伸びる道。そこからいくつかへ分岐して、部屋へとつながっていく。
見憶えはないが、この構造に心当たりはある。
「これは、第一層の地図かの?」
「ええ。ここで切り替えると……第二層になります」
「灰色になっているところが多いようでございますが?」
「ああ。行ったところしか、出ないみたいだな」
「ですね。代わりに、建物の中も表示されますよ」
さっとタップして表示を切り替えると、駅ビルの内部も表示された。
「食べられないニセモノが、あったところなのです!」
「ああ。食品サンプルだな」
地図は、最上階のレストラン街。リリィは、その構造を憶えていたらしい。
「説明書きがあるわけでもないのに、よう次々操作できるの。妾にはさっぱりじゃ」
「リリィもなのです!」
「後期高齢者みたいなことを言い出さないでくださいよ」
「いや……まあ、仕方がないだろう」
年齢だけなら、ミュリーシアも後期高齢者ではないか。
そう言いかけたが、トウマは寸前で思いとどまった。普通にやってはいけないことだと気付いたからだ。この辺りは、レイナの薫陶が効いている。
赤い瞳が、剣呑に輝いたような気がしたからではない。決して。
「ああ、失礼しました。あたしたちの基準だと、ミュリーシアは充分高齢者ですよね」
「玲那……」
なぜ、わざわざ虎の尾を踏みに行くのか。トウマは、頭を抱えずにいられなかった。
「ふっ。そもそも、種族として寿命が違うからの。ドラクルの中では、妾は若輩も良いところよ。そもそも、同年代が数えるほどしかおらんかったがの」
「意外と動じませんね」
「ここには、妾より年長者が二人もおるからの」
白い牙を見せて、残る二人――リリィとノインに流し目を送る。
「稼働時間を基準にいたしましたら、私めが最も年少かと」
「リリィも、昔に死んでしまっただけなのですよ~」
「よし。この話は止めよう」
ぱんっと手を叩いて、トウマが一方的に宣言した。地雷原でブレイクダンスを踊る趣味は、持ち合わせていない。
公の場で年齢の話をしないこと。
これは、アムルタート王国の法律に明記すべきかもしれなかった。
「そうだの。これ以上続けても、レイナだけが年を取っていくという話にしかならぬからの」
「あたしが悪かったです」
サイドテールの髪を揺らし、レイナは深々と頭を下げた。
これで、喧嘩両成敗と言えるだろうか。
分からないが、トウマは好機を逃さず話を切り替える。
「とりあえず、パソコンは“王宮”に置くようにしよう」
「そうですね。普段から持ち運ぶには、ちょっと重たすぎますからね」
「それは良いが、すまほのほうは誰が持つのだ?」
「はいはいはい! リリィが預かるのです!」
「あたしも、それでいいと思います」
「レイナ、いい人なのです!」
「ふふふふふ。水くさいですね、あたしとリリィちゃんの仲じゃあないですか」
ふたりが、ひしっと抱き合った。
「茶番じゃな」
「俺も、反対はしない」
リリィは島から出られない。距離の制限に関しては確認し切れていないが、通信手段を持たせるのは当然の選択だった。
「あと、パソコンのほうも夜の間はゴーストたちに貸し出してもいいな」
「ふえ? どういうことなのです?」
「眠らないのなら、動画を見て暇潰ししてもらおうかなということだな」
貴重品ではあるが、後生大事に取っておくような物でもない。逆に、使ってこそ意味があるものだ。
それもこれも、バッテリーが減らないらしいのでできることだった。
「むむむ。それは、魅力的なのです」
「センパイ……。せっかく夜、眠るようになったのに台無しじゃないですか」
「あ、ああ……」
レイナの緑がかった瞳に半眼でにらまれ、珍しくトウマがたじろいだ。
しかし、すぐに復活する。この程度のこと、何度も経験してきた。
「でも、全員がそういうわけじゃないしな」
「それはそうですけど……」
「リリィも、二日に一回ぐらいは寝るのです!」
下手に反対される前に、リリィが妥協の姿勢を見せた。
「みんなと、ニャルヴィオンにも見せるのです! あと、アムルタート様の前で再生したらアムルタート様も一緒に見れるのです!」
「リリィちゃんは、優しいですね」
「照れるのですよ」
てれってれっと、リリィが体をくねくねさせる。
それが決め手というわけではないが、ノートパソコンの貸し出しは認可された。
「精霊像も普通じゃないみたいだし、案外本当に喜ぶかもしれないな」
「だとしたら、妾の腕もなかなかのものだの」
「ああ、夜の間と言えば」
レイナが、タオルを返すついでという風にノインを見る。
「夜の間だけ、あたしのスマホをノインに預けるのもありですね」
「奥様?」
さすがに意図が分からず、タオルを受け取りながらノインは戸惑う。そうしていると、外見相応に幼く見えた。
「寝てる間に連絡が入ったら嫌じゃないですか」
「なるほ……ど?」
言っていることは正しいが、現実的にはあり得そうにない。
その狭間でノインが戸惑っていると、レイナが花がほころぶように破顔した。
「というのは建前で。不寝番なんて、暇でしょう。スマホで、音楽聴いたり動画見たりしたらいいんじゃないですか?」
「ああ。プレイリストには料理番組の動画もあった気がするな」
「おお。じゃあ、動画見るのもお仕事ですよ」
「料理番組……でございますか」
「そうです。新料理の研究ですよ」
「ノインにしかできないことなのですよ!」
料理と聞いて、リリィも後押しをする。
これには、さすがに抗しきれない。
「暇ではありませんが……ご配慮はありがたく」
最終的には、興味が勝ったようだ。ノインが瀟洒に一礼して、受け入れる。
「こうなると、もっとスマホが欲しくなるな」
「ネイちゃんが来たら、一緒に第二層を隅から隅まで探してみるのです!」
階層核は魔力に還ったが、それでモンスターがすべて消えるわけではない。
追加でスマートフォンが手に入る可能性は充分にあった。
「スマホは一人に一台。当然ですよね」
「じゃあ、ベーシアにも渡すのです?」
「それは……」
「ちょっと……」
誰も、なにも言わない。
誰も、目を合わせようとしない。
つまり、そういうことだった。




