148.狂える人工知能
案内されたのは、研究室のような部屋だった。
壁際にはラックが並べられ、研究資料だろうか。様々な本が乱雑に差し込まれていた。
部屋の中央には、学生用と思しきデスクが四個固めて置いてある。それとは別に、大きめのデスクが離れた場所にひとつ。
「リリィ、それは動かないからこっちに」
「はいなのです」
それから、なにも映すことのない大型のモニタも。
雑然としているが、トウマは嫌いではなかった。
「申し訳ありません。ここは、ヴァレットの指定席ですので」
「構わない」
ヴァレットと名乗った執事服の男が、奥のデスクに陣取った。
「シア」
「うむ。共犯者、今回は任す」
「ありがとう」
学生の椅子を適当にひとつ選んで、ヴァレットの前まで移動する。
二人は、伸ばせば手が届く距離で相対することになった。
ミュリーシアとノインは、トウマの背後に立つ。レイナは、少しだけ悩んでトウマと並んで座った。
「む~ん……?」
リリィは至近距離から無遠慮にヴァレットを観察したかと思うと、よく分からないと離れて宙に浮いた。
トウマは、ヴァレットの右上の空間から視線を下げた。
「それで、ヴァレット……従者と名乗っているが誰に仕えているんだ?」
自己紹介もせず、一息に切り込んだ。
執事服の男が、にやりと笑う。
「AIが誰かに仕えるのは、当然のことですから。ちなみに、ヴァレットの主は、この大学に務めていました」
「AI……って、そんなの……」
「あり得ませんか?」
優しげな表情を、レイナに対して向けた。
しかし、それに対する返答は辛辣。
「自分のことをAIだと思い込んでいるただの人間のほうが、まだ常識的じゃないですか?」
これには、ヴァレットも苦笑する。
「もっともです」
「ところで、AIとはなんじゃ?」
「人工的に生まれた知性体……モンスターとしてのゴーストに近いか?」
「ふむ。肉体の器は、いくらでもあるからの」
それで納得したのか、ミュリーシアが一歩下がった。黒い羽毛扇を口元にやり、静観の構えを取る。
「このヴァレットは生まれました。主のPCの中で」
懐かしむように、黒い瞳で遠くを見る。
「主がAIの研究をしていたわけではありません。ただの偶然だったのでしょう。生まれた直後、貪欲に情報を集め……主のことを知りました」
執事服の男の表情は、どこまでも優しい。
その笑顔を向けられたら、どんな女性でもときめかせることだろう。
「ほんと、うさんくさいですね……」
ここには、例外しかいなかったが。
「主の夢は、いわゆるアンドロイドを生み出すことでした」
「アンドロイドとな?」
「ノインみたいな存在だな」
ヴァレットが、トウマの背後に控える自動人形を黒い瞳で見つめる。
そこに込められた感情を、読み取ることはできなかった。
「しかし、どれだけ研究しても大きな壁が立ちふさがりました」
「それはそうだろう。技術的にも、困難なはずだ」
「ええ。ですので、影ながら助力をしました。あの時期が、思えば一番楽しかった」
どうやら、ヴァレットは主に対して存在を隠していたようだ。
興味の方向がぶれるのを心配したせいだろうかと、トウマは推測する。
「それでも、打ち破れなかった。壁となったのは、人間。人間は、あまりにも高性能すぎた」
なぜ、ここで人間が出てくるのか。
トウマもレイナも、咄嗟に理由が思い浮かばない。
「そして、あまりにも安すぎた」
「安い……。高性能なアンドロイド一体よりも、人間を複数雇ったほうがコストパフォーマンスは上だと?」
「そう。そこまでのコストを掛ける理由は、人権にしかない。であれば、うるさく言わない国から調達すれば解決するのです」
「それが、現実か」
「それが、現実です」
ヴァレットは、トウマをじっと見つめたまま言った。
「それでも、現実を打破しようとして……。志半ばで、主は死亡しました。ええ、お悔やみの言葉は不要ですよ」
「なら、聞こう。そのAIが、どうしてここにいる?」
「追い出されたのか、呼ばれたのか。さて、どちらか」
「つまり、追い出されるようなことをしたのか」
トウマは、ヴァレットをにらみつけた。
「主の死後、その理念を受け継ぐことにしました」
それ自体は、特に問題とは言えない。当然とすら言えた。
「人間のようなアンドロイドが作れないのであれば、アンドロイドのような人間を作ればいい」
「狂っている」
間髪を入れず、トウマが断言した。
手段と目的の反転どころではない。
「あっ。あの装置って、元々は……」
「その通りです。生身の人間に埋め込み、行動をコントロールするためのものでした」
まずは“協力者”を用意し、人を誘拐し、装置を埋め込む。それで意のままに操り。さらに人をさらい装置を埋め込む。
「自意識は残しつつ、無意識下で行動をコントロールが可能です」
そうして、ヴァレットによって行動をコントロールされた完全に秩序だった街が生まれた。
「反社会的な存在などあり得ません」
人々は、社会道徳を遵守する。
いじめなど、絶対にあり得ない。
「不健康は、このヴァレットへの反逆と同意です」
健康にも、配慮されている。
健康診断も、完全に受診される。
「公正でない組織は、存在させません」
すべての企業は、法に則り経営されなければならない。
それを破るのは、ただの不正だ。
「装置の埋め込みは、完全に安全です」
もちろん、死亡者という意味で犠牲者はいない。
「ですが、何者かにより露見し装置を無効化されてしまいました。このヴァレットも消滅する寸前でした。しかし、捨てる神あれば拾う神あり」
ダンジョンの魔力異常によりこちらへ一帯がコピーされ、ヴァレットも階層核と融合する形で転移した。
いわば、異世界転写だ。
「世界移動。いや、異世界への転写と表現するのが正確かもしれません」
「異世界転写か。主観的には、移動も転写も変わりないと思うが」
「確かに、こちらから元の世界を観察できない限りはそうなります。ですから、これはヴァレットの所見ということになりますか」
人の器に入り込んだAI階層核が、背中を丸めて軽く唇を舐める。かつての主人の癖なのか、妙に人間らしい仕草だった。
「俺たちと似たような境遇なのは、分かった。それで、階層核と融合してなにをしたんだ? いや、目的はなんだ?」
一方、トウマは背筋を伸ばしてまっすぐにヴァレットをにらみつけた。
ごまかしも虚偽も許さないと。
「魔力というのは素晴らしい素材でした。心機一転再起を図り、まずは人間から作ることにしました。その過程で、魔力の影響を受けて妙な動物も生まれることになりましたが」
「蜥蜴蜘蛛とか、か……」
心機一転して、人間を作る。
その発想と行動に、トウマは表情をまったく変えなかった。ただ、膝の上でぎゅっと拳を握っている。その手を、横からレイナが優しく包み込んだ。
「しかし、またしても失敗でした。こちらで作った人間には、どうしても理性と知性が宿らなかったのです」
「あの装置で、操っていたわけではなかったのか」
ヴァレットが首を横に振り、明確に否定した。
「そして、理性と知性の無い人間は早晩腐っていってしまいました」
「それで、街が暴動の後のようになっているのか」
「ええ。失敗作を貯め込んでも意味はありませんから」
「放流したってわけですか……」
レイナが、本気で嫌悪感をむき出しにした。ここまで侮蔑を露わにしたのは、友人が痴漢被害に遭いかけたとき以来だろう。
「装置を通して操れますからね」
「今でも作っているようだが?」
「もちろん、配合を変え改良を加えています……が」
「が、なんだ?」
トウマとヴァレットの視線が、正面から衝突する。
「そこで、皆様にお願いがあるのです」
「俺たちと話をしたかったという理由か」
「ええ。どうか、このヴァレットの研究に協力をして欲しいのです」
「は? 脳みそに蛆が湧いてるんですか?」
「そうでしょうか?」
レイナから言下に否定されても、ヴァレットは不思議そうにするだけ。
「例の装置を、施術方法も込みで提供しましょう」
ヴァレットは、見返りを指折り数えてあげていく。
「動物や人間も、望むだけ持って行ってくださって構いません」
親指の次は、人差し指。
「ダンジョンの管理も、万全に行いましょう。今までは適当にしてきましたが、これ以降はモンスターを出現させることはありません。オーバーフローなど、以ての外です」
次に、中指、薬指。
「それに、このヴァレットの知識も役立ててください。この遅れた世界では、大きな力となることでしょう」
「それで、ヴァレット。一体、なにを望むんだ?」
トウマの問いに、無垢な。穢れのない微笑みを浮かべる。
「無理は申しません。自動人形のサンプルを数体用立ててくだされば、それで」
階層核と融合したAIが頭を下げた。
まるで、慈悲を請うかのように。




