146.戦闘の後は小休憩
「みんな、良くやってくれた。無事で良かった……」
深い息とともに本音を吐き出し、トウマはその場に座り込みそうになった。
代わりに、レッドボーダーを地面に突き立てて体重を預ける。
「ダンジョンがヤバいところだって、改めて思い知らされましたね……」
「階層核でないのに、これほどとは。心から、驚かされました」
トウマに寄り添うようため駆け寄ったレイナとノインが、顔を見合わせ安堵した。
「ノイン、無理をしたんじゃないのか?」
「稼働に問題はございません。ただ、増速機構の再使用は難しいかと」
「それは仕方ないですよね」
「ああ。無理はしないでくれ」
トウマも回復し、膝と背筋を伸ばす。
いつまでも、心配を掛けないため。
それから、ミュリーシアを迎え入れるため。
「なかなかに、厄介な相手であったの」
「ミュリーシア、やっぱりすごいのです!」
抱きついて感動を表現するリリィを優しい手つきで受け止め、そのままキャンパスへと降り立った。
「ああ、助かった」
「なに、共犯者やレイナのお陰よ。それに、リリィとノインの頑張りもあってこそ。妾だけの功績ではないわ」
地上へ戻り、羽根をしまったミュリーシアが優しく微笑んだ。
どうやら、鬱憤は完全に晴らせたようだった。
「もちろん、ニャルヴィオンもじゃぞ」
「にゃ~」
香箱座りの状態から、前肢を伸ばしてニャルヴィオンが高らかと鳴いた。勝利宣言をしているのかもしれない。
「お手柄なのですよ!」
「にゃ~」
「石炭以外に、あげられるものがあるといいんだがな」
「ドワーフの技術力、すごいんでしょうけど困りものですね」
戦闘の緊張感から解き放たれ、どれもすっきりとした笑顔だった。
「トウマ、トウマ! クッキーの時間じゃないのです?」
「どうする?」
「そうですね。せっかくですから、食べましょうか」
戦闘の後だが食べられるかという意味も込めて確認したが、問題ないようだった。こういうところはタフだなと、トウマは感心する。
レイナの中ではトウマが最優先であり、他は順位が低いせいだとは考えない。
「魔力の還元が終わるまでは、やることもないしの」
「そうだな」
ミュリーシアの指摘が最後の一押しとなり、小休憩を取ることになった。
無事だったキャンパスのベンチに、レイナ、トウマ、ミュリーシアの順番で座る。リリィは、その上で浮いたまま。
「にゃっ!」
ニャルヴィオンは、周囲を警戒して見回りをしてくれるようだ。
そして、ノインは当たり前のようにトウマの背後で待機する。
「ノインも、座ったほうがいいんじゃないか」
「大変申し訳ございません。こちらのほうが心身ともに休まりますので」
「そうか……」
無理強いすることもできない。
正直なところ落ち着かなかったが、トウマはなるべく意識しないことにした。
「じぃ……」
それに、すみれ色の瞳のほうが気になった。
「今度は、俺がレイナに食べさせればいいのか?」
「受けて立ちますよ?」
「すまなかった」
あっさりと撤退し、トウマはレイナとチョコレートクッキーを分け合った。
緊張と疲労した脳と体に、糖分が染みる。飲んだことはないが、恐らくエナジードリンクはこういうものなのだろう。
同時に、もうひとつ欠けていたもの。魔力が補われる感覚がした。
「魔力が回復するときの感覚は、いつもながらなんとも言えないな……」
「むずがゆいような、ぞわぞわっとするような不思議な感じですよね」
しかし、それは一過性のものでしかない。
もっと大きな問題は、口の中の水分だった。
「美味しい……ですけど、次からは飲み物も欲しいですね。お茶とは言わないですから、せめて水を」
「俺が殺菌すれば、拾ったペットボトルも使えるか?」
「それですよ! なんで先に思いつかなかったんですかね」
「仕方があるまい。妾たちは、全知でも全能でもないからの」
トウマの隣に座るミュリーシアが、ゆるゆると黒い羽毛扇を振る。
「まあ、ペットボトルとやらがなんなのかは知らぬが」
「便利な容器なんだが……そうだ。シアも、クッキーを食べないか?」
「ふむ……。一枚だけ、もらおうかの」
血を吸った直後でもあり、影術の行使に魔力もそれほど必要としない。
それでも、食べる気になった。
「別に、一枚だけじゃなくてもいいいんだがな」
なぜか、トウマは無性にうれしかった。
「魔力回復が必要なのは、共犯者とレイナであろう。それに、あまり妾が食べてはリリィが良い顔をせんからの」
「そんなこと……ないのですよ?」
ぷいっと顔を背けるリリィ。
ノインまでも、自然と笑顔となる。
「あのまま日本にいたら、こうやってセンパイと同じ大学に通ったりしてたんですかね」
「可能性はある」
トウマは否定しなかった。
だが、肯定したかというとそういうわけでもない。
「で、その可能性はどのくらいあります?」
「玲那の頑張り次第で上下するな」
「つまり、全然一緒の大学に行く気がないってことじゃないですか!」
トウマは、黄金の沈黙を選んだ。
ミュリーシアは、口元を黒い羽毛扇で隠している。
「まったくもう。これじゃ、まるであたしが頭悪いみたいじゃないですか」
「そうは言っていない」
「本当ですかぁ?」
「勉強に向いていないとは、思っている」
レイナは、無言でトウマの足を蹴った。
そうして、チョコレートクッキーを食べつつ休むことしばし。
その間にも、魔力還元は進んでいた。
ゴリラ本体だけでなく、鈍色の全身鎧と巨大な鎖鎌も一緒に。
「あれも、ティラノサウルスと同じでダンジョンのモンスターだったということなんだよな……」
「ゾンビみたいに、何体も出てくるわけではないってことですね」
「お猿さんは、もうこりごりなのですよ~」
さすがのリリィも、疲れた様子で肩を落とした。
まったく、完全に同意だった。
「マジックアイテムになるとしたら、武器か鎧でしょうか?」
「使います?」
「そもそも、ちゃんと俺たちが使えるサイズなんだろうか」
トウマの疑問に、誰も答えられなかった。
「ま、まあ。ミュリーシアなら振り回せるんじゃないですか?」
「共犯者をたちを巻き込まずに……とは、断言できぬの」
「鎧のほうは、ネイアードが使えなくもないだろうが……」
「必要とは思えぬの」
しかし、その心配は杞憂に終わった。
そのまま休むことしばし。
魔力還元が終わり、光が収束する。
それが消え去ったとき、地面に残ったのは小さな板状の物体だった。
「また、すまほってやつなのです!」
真っ先に飛んでいったリリィが、地面を指さした。
トウマたちも、ベンチから立ち上がる。
「ゴリラのスマホですか」
「そこは、関係ないみたいだけどな」
魔力還元が終わり、残ったスマートフォンをトウマが拾い上げた。
ティラノサウルスのときと同じく、デザインに元のモンスターの特質は反映されていない。背面には世界中で有名な、かじられたリンゴのマークが描かれている。
「前は、これでロック解除されたが」
画面に軽く触れると、液晶画面に光が灯った。
「地図で、ございますか?」
「ああ。前回と一緒だな」
だが、違いはもちろんある。
具体的には、その縮尺だ。
「マークがついているのは、図書館みたいですね」
地図は、より細かくなっていた。
「図書館? 書庫かの?」
「本屋さん、なのです?」
「本がたくさんあるという意味では、同じだな」
一緒にスマートフォンの画面を見ていたレイナが、ふと顔を上げる。
「ここまで来てなんですけど、このあからさまなヒントってどこまで信じていいものなんですか?」
「疑う理由があるのかの?」
「罠じゃないかって言いたいんだな?」
「そうです。だって、ダンジョン的にはあたしたちにクリアーされたくはないですよね?」
「それが、そうでもないのだ」
黒い羽毛扇を閉じ、手のひらでもてあそびながらミュリーシアが言葉を探す。
「ダンジョンは、なにから生まれるか」
「そこまで遡るんですか?」
「魔力異常だな」
「うむ。共犯者は、良い生徒だの」
レイナが頬を膨らませ、身振りで話の先を促す。
「では、その魔力異常が頻発するきっかけはなんだったかの?」
「神蝕紀に、神々が異界の神に滅ぼされたせいだったな」
「うむ。敷衍すればダンジョンは、神であるともいえる」
強引なのは分かっているのだろう。
反論の声を黒い羽毛扇で制し、ミュリーシアは続ける。
「神は、人に試練を与える。だが、乗り越えられぬ障害を課すこともない」
「ゆえに、ダンジョンは攻略可能である……と? シアが言いたいのは、こういうことか」
「うむ。無論、個々の難易度はあるがの。また、挑む側の実力も勘案はせぬであろうが」
トウマは、第一層の数々のトラップを思い出す。
少しは勘案して欲しかった。
「それはちょっと、自分に都合よく捩じ曲げすぎじゃありません?」
「そうなのです! 第一層の宝箱の罠は、リリィじゃなかったらトウマのお世話になっていたのです!」
「そもそも、入り口の石と溶岩のカーテンで死ねますけどね」
「戦車もそうだな」
「個々の難易度はあると言うたであろうが」
赤い瞳を向けて、各論を封じ込めた。
「だいたい、第一層でも鍵があったであろう。あのときは、特に疑問はなかったようじゃが?」
「あれは……。確かに、そうですね……」
腕を組んでいたレイナが、それを解いて降参するように両手を挙げた。
「よくよく考えると、第一層も第二層も、ここの難易度が異常なだけな気がしてきました」
「殺意と悪意はあっても、本質的には攻略可能な存在であるというわけだな」
「うむ。このすまほとやらも、見合った報酬と言うことになろう」
あの巨体に対して、残ったのはスマートフォンひとつ。
拍子抜けしてしまいそうだが、この際、情報の価値は黄金よりも重たい。
トウマはスマートフォンをロックすると、制服の胸ポケットにしまった。
そして、険のある瞳を鎧のゴリラが倒れていた方へ向ける。
その先には、巨大鎖鎌の被害免れた大学の図書館が存在していた。




