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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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145/295

145.鎧のゴリラ

「魔力を20単位。加えて精神を20単位。理によって配合し、生命樹の現し身を招請す――かくあれかし」


 大学のキャンパスに、レイナがスキルの詠唱をする声が響く。


「《ミリキア・レギア》」


 その背後に、幻想の世界樹が生まれた。


「ゴゴゴゴゴッゴゴゴオゴゴッッ」


 それに刺激されたのか。威嚇の声を上げながら、鎧ゴリラが鎖鎌を回転させる。

 全力で振り下ろし、錨のような大きさの分銅がトラック染みたスピードで迫ってきた。


 まるで、寺院の鐘だ。


「魔力を15単位、加えて精神を7単位。さらに緑を15単位。理によって配合し、なにものにも染まらぬ防壁と為す――かくあれかし」


 再び響く、レイナの詠唱。


「《ロータス・ヘキサ》」


 それが終わると、ひとつとふたつとみっつの花弁が現れた。

 擦っただけで致命傷であろう錨のような分銅の大質量を受け止め、弾き返す。


 分銅は近くの校舎に激突しそのままめり込んだ。


「えええぇぇ……」

「ゴゴゴゴゴッゴゴゴオゴゴッッ」


 鎧ゴリラがバランスを崩し、苛立ちの声を上げた。

 そのまま鎖を引っ張り校舎から分銅を引き摺り出すと、壁に大穴が開いているのが見えた。


「ノイン!」

「承知いたしました、陛下」


 スカートの裾をひるがえすことなく、和装のメイドが頭を低くして突撃する。

 肉薄すれば、逆に安全。


 言うは易く行うは難し。


 それをあっさりとこなし、ノインは鎧ゴリラの足下に取りつく。


「失礼いたします」


 一言断った上で、ロッド・オブ・ヒュドラを思いっきり横薙ぎに振るった。まるで、バッターのようなスイング。相手がボールだったなら、確実に場外へ運んでいただろう。


 しかし、鎧ゴリラは足元を見ようともしなかった。

 衝撃は伝わっているはずだが、いささかも痛痒を感じていない。


 ただ、煩げに足を跳ねさせる。


「くっ」


 ロッド・オブ・ヒュドラを前に出し、ノインが自ら後ろに飛ぶ。

 万全の状態で受け止めたにもかかわらず、小さな和装のメイドはトウマの元まで弾き飛ばされた。


「大丈夫か?」

「申し訳ございません」

「いや、あれは無茶ですよ」


 鈍色の鎧で覆われた胸を叩き、地団駄を踏む巨大なゴリラは存在だけで災害だ。

 到底、人の身で対抗できるとは思えない。


 だが、そんな理屈はゴーストの少女には通用しない。


「だったら、リリィがやってやるのです!」


 腕まくりをしそうな勢いで飛び、そこだけ切り取れば大きくつぶらな瞳をぐーで殴りつける。


「ゴゴゴゴゴッゴゴゴオゴゴッッ」


 不快げに鎌の部分をリリィへ向けるが、素通りした。


「ゴホッ?」

「これはチャンスなのです!」


 かさにかかってリリィが攻撃するが、鎧のゴリラは不思議そうに首を傾げると――リリィのことを放置した。


 その場で膝を曲げ、跳躍。


「上から来るぞ!」

「無駄に頭良くないですか!?」

「失礼いたします。お叱りは、後ほど」


 トウマたちの元へ落下する寸前。ノインが二人の襟首を掴んで、駆け出した。


 直後、鎧ゴリラが着地。いや、着陸。アスファルトで舗装された、キャンパスの道路が抉れ大穴が開く。


「ゴゴゴゴゴッゴゴゴオゴゴッッ」


 興奮して、今度は巨大な鎌のほうを投げつけてきた。


「ノイン!」

増速機構アクセラレート、始動。臨界点へ秒読み開始」

「そんな隠し技が?」

「30……29……27……。奥様、舌を噛まれます」


 死神の鎌が突き立つ寸前、ノインが淡く赤い光に包まれた。

 ぶんっと、音を置き去りにしてトウマとレイナを連れた和装のメイドが加速。鎌を置き去りにして、キャンパスを駆け抜けていく。


 その加速に耐えられたのは、ミュリーシアと日々飛行していたからだろう。こんな形で役に立つとは、思わなかったが。


「ゴゴゴゴゴッゴゴゴオゴゴッッ」


 鎧ゴリラは、キャンパスに生えていた木を引っこ抜いては投げ。それをかわされては興奮する。負のマッチポンプだ。


「むう。無視なのですか!」


 プライドを傷つけられ、リリィがまた鎧ゴリラの目を執拗に狙う。

 ダメージはなかったが、さすがに今度は無視できない。ハエでも追い散らすように手を振るが、当然、リリィにはなんら意味がない。


「へへーんなのです!」

「よくぞ時間を稼いでくれた」


 見れば、天に杭が浮かんでいた。

 無数に。


 断罪の。そして処刑の杭。


 それが、雨のように鎧ゴリラへ降り注ぐ。


「ゴゴゴゴゴッゴゴゴオゴゴッッ」


 持ち前の身体能力でキャンパスを飛びはね、回避しようとするが――無駄。

 影のごとく潜り込み、あっさりと鈍色の鎧を貫いた。


「ゴゴゴゴゴッゴゴゴオゴゴッッ」


 身も世もない悲鳴を上げ、苦しみにのたうち回る。


「……0。しばし、クールダウンに入ります」

「ありがとう。助かった」


 時を同じくして、ノインがその場に崩れ落ちた。

 それを、レッドボーダーを片手に持ったままのトウマが受け止める。


 小さく、軽い体で頑張ってくれた。

 でも、大丈夫だ。


「シアがとどめを刺してくれたし、もう――」

「ゴゴゴゴゴッゴゴゴオゴゴッッ」

「――じゃ、なかったですね……。傷が、直ってるんですけど……」


 穴だらけになった鈍色の鎧はそのまま。

 しかし、その向こうには毛皮に覆われた肉体が健在だった。


 さらに興奮して鎖鎌を振り回し、周囲をめちゃくちゃに荒らしている。


「玲那、防御は任せた」

「……任されました」

「魔力を30単位。加えて精神を15単位、生命を5単位。理を以て配合し、黒妖の暴君を解き放つ――かくあれかし」


 暴れ回る鎧ゴリラを、険のある瞳でにらみつける。

 その瞳の端から、血が流れ落ちた。


「《オブシディアン・タイラント》」


 黒曜石の球体が頭上に出現した。

 それが縦に割れ、瞳が露わになる。


「やれ」


 黒い眼に光が点り、黒い光線が鎧ゴリラへと走った。

 負の生命力に灼かれ、胸に穴が開く。


 暴君の瞳は手を緩めない。

 かつて黒騎士を殲滅した驚異的な速度で、負の生命力の光線が放たれる。


「ゴゴゴゴゴッゴゴゴオゴゴッッ」

「共犯者に、負けてはおられぬな」


 それに合わせて、ミュリーシアも矢継ぎ早に影の杭を放つ。


 再生するならば、それ以上の速度で押し切れば良い。


「このままやっちゃうのです!」


 リリィが天へ拳を突き上げた。


 このまま倒しきれる。


 誰もが確信した瞬間、鎧ゴリラが背中を見せた。


「……は? なんで後ろを?」


 そのまま、一目散にキャンパスを跳ねて駆けていく。いや、キャンパスから遠ざかっていく。その先は、大学の正門。


「逃げるのか!?」


 野生が勝ったとでも言うのか。

 鎧ゴリラは脇目も振らずに距離を取った。


 駆けては飛び、駆けては飛び。


 何度目かの跳躍。

 そして、着地。


 だが、今回は違う要素が乱入してきた。


「にゃ~~~!」

「ニャルヴィオン!?」


 ずっと、機会をうかがっていたのか。

 キャンパスをキャタピラで切り裂いて、蒸気猫スチームキャットが突進してきた。


 着地寸前の足に衝突し、すくい上げ、そのまま通り抜けていく。


 巨体が、倒れた。


「にゃっ!」

「ようやった! 褒美は、望むままじゃぞ」

「魔力を50単位。加えて精神を5単位、緑を25単位。理によって配合し、第二の風を巻き起こし階梯を引き上げる――かくあれかし」


 間髪を容れず、レイナがスキルの詠唱を始める。


「《ウィンド・アウェイク》」


 ミュリーシアが緑の光に包まれ、黒い羽毛扇をぱっと開く。顔の前から斜め下に大きく腕を動かすと、ドレスの裾から影の帯が何条も飛び出ていった。


 それが四肢と胴体と首に巻き付き、鎧ゴリラを拘束した。


 小人の国に迷い込んだ、レミュエル・ガリヴァー。

 ……というには、いささか野性味に溢れすぎていた。


「念には念を入れておくとするかの」


 背中から羽を生やしたミュリーシアが、地上を睥睨する。


 傾城傾国。

 赤い瞳に残酷なまでに艶めかしい光を宿し、羽毛扇を閉じて振り下ろした。


 漆黒の杭が両手足に突き刺さり、磔刑の様相を呈す。


 瞬時に再生が始まるが、影の杭が阻害する。結果、傷口をいたずらに痛めつけるだけに終わった。


「ゴゴゴゴゴッゴゴゴオゴゴッッ」

「今少しの辛抱ぞ。苦しみを長引かすは、妾の意にも沿わぬゆえな」


 トウマの血を吸い、レイナのスキルで強化されたミュリーシア。

 その遠慮のない影術が行使され、巨大。巨大としか言いようのない杭がキャンパスの上空に出現した。


「さて、脳も再生できるのか。試したことは、あるかの?」


 自らの頭部よりも巨大な影の杭が降ってくる。


「ゴゴゴゴゴッゴゴゴオゴゴッッ」


 絶叫を上げ、体をよじり、四肢をでたらめに動かす。


 しかし、拘束は緩まない。


 固い地面では、衝撃の逃げ場がない。

 超高速で飛来する影の杭が、唯一むき出しの顔面に突き刺さる。


「安らかに眠るが良い。共犯者の手と心を煩わさぬようにの」

「ゴゴゴゴゴッゴゴゴオゴゴッッ」


 目と鼻と口を押しつぶし、頭部そのものを破砕する杭の一撃。


 まるで墓標のように突き立ち、やがて鎧ゴリラの四肢から力が抜ける。


 死。


 それを全員が確信すると、同時に巨体が光の粒子へ解けていった。


 魔力還元が始まったのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ノイン、アスラ○ダ的なアレなのかトラ○ザムなのかw しかし無駄に強いゴリラでしたね。
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