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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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133/295

133.駅ビル五階の探索

「このフロアの半分は、書店だったようだな」

「もう半分は、CDとかDVDとか楽器売り場ですか」


 蜥蜴蜘蛛とジャイアントラットを退けた後。

 エレベーターの側にあるフロアマップを確認しながら、トウマとレイナは意思疎通を済ませた。


「センパイ」

「言いたいことは分かってる」


 このフロアは、外れだなと。


「決めつけるのは、早いのではないかの? 北側にも、店はあるようじゃが?」

「そこは、行政サービス……役所の出張所みたいなところだな」

「あとは、保険の窓口とか旅行代理店とか……。要するに、大した物はなさそうな感じですね」

「ならば良い」


 疑問が解消され、ミュリーシアがうなずいた。

 この辺りの寛大さ。いい意味で大ざっぱなところは女王向きだと、トウマは自らの目の確かさを確信する。


「とりあえず、本屋を見てみるか」

「そうですね」

「共犯者たちの故郷の書籍か。楽しみだの」

「本っていうと、本なのです?」

「それは、本は本だが……」

「昔、村長の家で見たことがあるような気がするのです。珍しいのです」

「そうか、そういう扱いなんだな」


 神蝕紀に、神々の戦から逃れグリフォン島へ脱出した人間の末裔。

 脱出行に本を何冊も携える余裕などなかっただろうし、島に定住してからは本を作る暇も必要もないはずだ。


「字は読めなくても、写真……絵だけでも楽しめると思うぞ」

「そうですね。リリィちゃんのために、絵本ぐらいは持って行きましょう」

「ああ、いいな」

「ごんぎつねにスーホの白い馬にかわいそうなぞうとか……」

「なぜ、物悲しい読後感のものばかりを選ぶんだ」


 トウマがレイナの手をぺしっと叩く。


「冗談ですよ。パンケーキが食べたくなるような絵本にしましょう!」

「期待しているのです!」


 再びリリィがスキップして書店へと向かうが、その期待は一目で裏切られた。


「これは、惨状と言う他にないのう」

「ぐっちゃぐちゃのごっちゃごちゃなのです」

「ひどいな……」


 かつては、数多くの本や雑誌が並んでいた店内。

 たくさんの客が訪れ、目当ての本を探し、レジで支払いを済ませ、わくわくしながら持ち帰ったであろう書店。


 それが、見るも無惨な姿に成り果てていた。


「火事でも起こったみたいですね。一度濡れて乾いてる感じがしません?」

「スプリンクラーか……」


 トウマは天井を仰ぎ見て、それから視線を下ろした。


 店内の棚という棚は倒れ、それだけなら大地震でも起こったように見える。

 だが、それだけでなく粉々に破壊されているのは、明らかに人災だ。


 本も、床に散らばり、濡れ、踏みつけられ、原形を留めていないものがほとんど。もしかしたら、先ほどのジャイアントラットにかじられた物もあるかも知れない。


 愛書家が目にしたら、卒倒しかねない光景。


「なんだかよく分からないけど、寂しい光景なのです……」

「そうだな。街が荒れてるというだけなら、ここまでではなかったんだが……」

「どのような商品であろうと同じじゃろうが……」


 ハイヒールの踵を鳴らしながら、ミュリーシアが廃墟同然の書店へと足を踏み入れた。


「思うに、書を作り上げた者たちと、書かれるに至った歴史を踏み躙られているように強く感じるからではないかの」

「そうかもしれないな……」


 酷く扱われ、無惨な姿を晒している本たち。

 そこには、背景にあるものも含まれている。


「ふむ? 向こう側は、比較的無事なようだの?」

「ああ、あっちは子供用のコーナーみたいですね」

「行ってみるか」


 難しいが、極力本を踏まないように書店の奥へ。

 かつてはカラフルに彩られていたであろう空間に、名残はほとんどない。しかし、そこにはカラフルな本が何冊も原形を留めて残っていた。先ほど見た光景からすると、奇跡に等しい。


「子供用の本があるのです? 本当になのです?」

「ああ。これはちゃんと無事だな」

「懐かしいですね……」


 トウマが拾い上げたのは、双子の野ねずみが主人公の絵本だった。


「確か、カステラを作ろうとするんだったか」

「ええ。玉子がとても大きいんですよね」


 その絵本を受け取ったレイナが、愛おしそうに表紙を撫でる。


 家を出るまでは、レイナと家族の関係は良好だったはず。

 その頃を思い出しているのか、その横顔には自然と優しい微笑が浮かんでいた。


「せっかくだ。無事なのは持って帰ろう」

「うむ。これもニャルヴィオンに預かってもらうとしよう」


 果たして、《グローリィ・スフィア》の加護があったのかどうか。

 予想よりも多い十数冊の絵本を回収し、背中から翼を生やしたミュリーシアが素早く往復した。


「待たせたの」

「いや、助かった」

「次は……CDとかDVDのほうも一応、見ます?」

「そもそも、しーでぃーとかでぃーう゛いでぃーっていうのはなんなのです?」

「音楽や映像を再生するための媒体だな」

「……よく分からないのです」

「ポータブルプレイヤーと電池があれば、実際に見せられるんですけど……」

「結局、言葉が分からないか」


 理解には、やはり言語の壁が立ちふさがる。


「これは、宮廷魔術師が必要だの」

「なんで魔術師なんだ?」

「翻訳の魔法が使えるからの」

「魔法だから、世界は関係ないってことか」


 しかし、今は便利な翻訳の魔法はない。

 それに、媒体――メディアが無事かというとそういうわけでもなかった。


「まあ、こっちだけ無事ってわけにはいかないですよね」

「破片が鋭いから気をつけるように……。いや、気をつけるべきなのは俺か」


 CDショップも、書店とほとんど変わりなかった。

 ついでにというわけではないだろうが、レジも破壊され現金が散らばっている。


「こんな状態になったら、お金に見向きもしないとか……。やばいですね」

「お金? これがお金なのです? ただの紙じゃないのです?」

「そうか。お金が、なにかはもう理解しているんだな」


 リリィが拾ってきた一万円札を手にし、トウマは薄く微笑みを浮かべた。


「じゃあ、もう少し考えを進めてみようか」


 CDショップから離れ、トウマはリリィを手招きする。


「進めるですか?」

「お金がお金であるためには、お互いに納得していなければならない」

「それはそうですよ。金額の折り合いがつかないと商売にならないじゃないですか」

「いや、違う。金額の話になっている時点で、お金で取引すること自体は成立している」

「ああ、そうですね」


 ちろっと舌を出して、レイナがごまかした。

 トウマも、そのままごまかされた。


「では、なぜ金貨や銀貨で取引が行えるのか。それは、カティアが持ってきてくれた金のように普遍的な価値があるものだからだ」

「砂金はキラキラしてきれーだったのです!」

「あとは、それ自体が希少だというところにも価値があるんだろう」


 だから、本当に錬金術で作れたとしても金がそのままの地位でいられたかは疑わしい。


 人工ダイヤモンドが、天然のダイヤモンドよりも美しくとも価値が低いと思われているように。

 もちろん、工業的には大いに価値があるのだろうが。


「ただし、経済活動は金の分量で頭打ちになってしまう。それ以上、貨幣を鋳造できなくなるからな」

「金の含有量を下げても……将来的には、同じことになるの」

「買い物をしたいのにお金がなかったら困るのです」

「そう。困ったから、紙のお金にしたんだ」

「こんなぺらいのじゃ、金の代わりにはならないのですよ? ところどころ光ってるのですけど」


 それは、偽造防止用のホログラムだろう。どうやら、リリィはあまりお気に召さなかったらしい。


「その通りじゃ。いかにして価値を担保する? 金それ自体に価値があるからこそ、商品と貨幣の交換に同意できたのであろう?」

「ああ。その点に関しては、解決済だ」


 一旦区切り、トウマはリリィとミュリーシアを順番に見た。

 そして、口を開く。


「信用だよ」

「しんよーなのです?」


 リリィが、こてんと首を傾げる。


「そうだな……。玲那がとても美味しそうなステーキを焼いているとしよう」

「ごちそうがステーキという時点で、かなり発想が貧困なんですけど?」

「リリィは、どうしても食べたい」

「トウマに食べさせたいのです」


 ミュリーシアは、思わず口元を黒い羽毛扇で隠す。

 言葉だけだと優しさに溢れているが、単なるシステム的な要求だった。


「……美味しそうなステーキを手に入れたいので、リリィはこの紙と交換してもらうことにした」


 先ほど拾った一万円札を、リリィの前で振ってみせる。


「無理なのです。ただの紙なのです。ただの紙にお肉と同じ価値はないのです」

「その通り。ただし、ここに俺が『リリィの言うことを聞いてあげて欲しい』と書いたら?」

「くれるのです。絶対に、くれるのです」

「え? あたしって、そんなにちょろい認識なんですか?」


 レイナの抗議は、黙殺された。


「リリィ、それはなぜだろう?」

「だって、トウマがそう言ったのです」

「ああ。それが、信用だ」


 すみれ色の瞳を見開き、わなわなと唇をわななかす。

 リリィの中で、金本位制が生まれる前に死んだ瞬間だった。


「もしかして……トウマは天才なのです?」

「一発で理解したリリィちゃんも、相当な物だと思いますけど」

「俺が考えたわけじゃない。ただ、歴史の積み重ねを知っているだけだ」

「信用も同じじゃな。積み重ねねば、役に立たぬ」


 積み重ねすぎて、もはや紙幣の形すら取らなくなった。

 口座の残高と電子マネー。数字上の存在でしかない……と言うと複雑になるので、やめておく。


「逆に言うと、こんな状態になると見向きもされなくなるわけだ」

「勉強と戒めになるのう」

「はいはい。堅苦しい話はそこまでにしましょう」


 ぱんぱんっと手を叩いて、耳目を集める。

 なぜか、緑がかった瞳には希望と力が満ち満ちていた。


「ここから先はしばらく、ファッション関係のフロアですよ」

「この分だと、あまり期待はできそうにないが……」

「覚悟はいいですね?」


 トウマの言葉は、あっさりとスルーされる。

 そして、レイナは鮫のように笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 料理本は回収できなかったか……そして普通に通訳の魔道具を出しそうなベーシアもいなかったw
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