130.駅ビル上空の激突!
「前に飛んだときは、どこからか攻撃が飛んできただけだったのです」
「やはり、一筋縄ではいかぬようだの」
ミュリーシアに、焦った様子はない。
それは心強いが、かといってレイナの苛立ちが緩和されるわけではなかった。
「戦車の次は、ヘリコプターって……」
「なんでもありだな。第一層で、充分理解していなくちゃいけない話だが」
影術で編まれたハーネスに吊されたまま、トウマは髪をかき上げた。
巨大な赤亀やスチームバロンよりは、ヘリコプターのほうがトウマやレイナの常識寄りではある。
なんの慰めにもなりはしないが……
「というか、こんなのその辺の日本の街に転がってませんよ!? それこそ、自衛隊でも……」
戦車の次は、ヘリコプター。ここの階層核は、戦争でもやるつもりなのか。
思わず、レイナは顔を引きつらせた。
「というか、本当に自衛隊とかで使ってるやつじゃないですか?」
「ああ。機関砲みたいなのが見えるな」
つまり、報道用や遊覧用ではない。
軍用の。しかも、輸送用ではなく戦闘用のヘリコプターだった。
それが、こちらへ近付いてくる。
影術で編んだハーネスに吊られている状態。つまり、こちらは機動力には期待できない。
「この街で起きた異常に出動したけど、取り込まれたみたいな感じですか?」
「さあな」
機体に描かれた日の丸から目を離せず、トウマは複雑な表情を浮かべた。
真相はどうあれ、敵なのは間違いない。
なにしろ、ここはダンジョンなのだ。
「つまり、兵器が妾たちに反応して出張ってきたわけだの」
「はー。鉄の箱が空を飛ぶなんて、生意気なのです!」
トウマとレイナが及び腰になっているところ。
例外は、ヘリコプターをただの空飛ぶモンスターとしか考えていないミュリーシアとリリィ。
「生意気って……。リリィちゃん、相変わらず大物すぎません?」
「恐れ知らずではあるな」
子供らしくはあるが、危なっかしくもあった。
だが、明るさに救われたのも確かだった。
「なあに、これくらい元気があるほうが良いわ」
「それよりも、シア。一旦地上へ……」
「あのヘリコプターとやらは、武器を積んでいるのであろう? ニャルヴィオンが、上から攻撃されかねぬぞ?」
「……頼む」
トウマの素早い決断。
ミュリーシアは、白い牙をむき出しにして笑った。
「任された」
影で編んだハーネスでトウマとレイナをつり下げたまま、ミュリーシアは黒い羽毛扇をぱっと開く。
「臆病が人を生かす。機会があれば、心に刻んでおくが良い」
雉も鳴かずば打たれまい。
出てこなければやられなかったであろうと、ミュリーシアが影で編んだ杭を飛ばした。
それは間違いなくヘリコプターを貫いた。
――そのはず、だった。
「ほう。すばしっこいのう」
「すばしっこいって言うか、一瞬消えなかったか?」
目の錯覚かと、トウマが険のある瞳をこする。
しかし、ヘリコプターは健在。そこに変わらずホバリングしている。
パイロットがいるのか、いないのか。風防の向こうは、微妙な光の加減で見えない。
「なんか、ヘリが消えてまた出てきた……。瞬間移動? したように見えたんですけど?」
「目の錯覚じゃなかったか……」
「というか、ミュリーシアが攻撃を外すところ初めて見た気がするんですけど……」
常に一撃必殺だったわけではない。
しかし、絶対必中だったミュリーシアの杭。
それが、瞬間移動という裏技があったとはいえ。いとも容易く、回避された。
その衝撃も冷めやらぬ中、戦闘ヘリが機首をこちらへ向ける。
「魔力を30単位。加えて精神を15単位。理によって配合し、なにものにも染まらぬ防壁と為す――かくあれかし」
そして、反撃とばかりに機関砲が火を噴いた。
「《ロータス・ヘキサ》」
それを受け止めたのが、レイナのスキル。
同時に、一個と二個と三個の花が虚空に咲いた。
分速650発もの銃弾を受け止め火花を散らす。だが、一発たりとも貫かせることはなかった。
「相変わらず、見事な防御よの」
ミュリーシアが褒め称えるが、時期尚早だった。
「まだ来ますよ!」
「今度は、ミサイルか!?」
再び《ロータス・ヘキサ》を発動し、戦闘ヘリから放たれた空対空ミサイルを防ぎきる。
「ロボットの攻撃に比べたらこれくらい……って、比較対象おかしくありません!?」
その破片は《エボン・フィールド》で引き受け、熱はワスプアイズで遮断する。
レッドボーダーの出番はなかったが、無傷ならいいというものではない。
「玲那、助かった」
「トウマ! やられたら、やり返すのです!」
「分かったから、少し待ってくれ」
「分かったのです!」
そう答えながらも、リリィの視線は戦闘用のヘリコプターから離れない。
なにかきっかけがあれば、飛んでいきそうな。目の前で赤い布を振られた闘牛のようだ。
「魔力を5単位、加えて精神を2単位。理によって配合し、彼の手を刃と為す――かくあれかし」
影術で編まれたハーネスに吊されたまま、トウマはスキルの詠唱を始める。地に足が着かない状態だが、詠唱自体に支障はない。
「《ネクロ・エッジ》」
加えて、負の生命力を展開して攻撃から身を守る《ネガティブエナジー・オーラ》。それから、合図ひとつで契約者の下へ瞬間移動させる《リコール・アライ》などの死霊術を使用していく。
「またしても、リリィちゃんが気持ち禍々しく……」
「もう、負ける気がしないのです!」
トウマからスキルを受けたリリィが、《エボン・フィールド》の場を抜けて戦闘ヘリへと突っ込んでいった。
再び機関砲が火を噴くが、ゴーストの少女を素通り。その流れ弾が、《エボン・フィールド》に衝突して消滅した。
「トウマ! どこが弱点ですか?」
「ローター……。上で、ぐるぐる回ってるところが弱点だ!」
トウマが両手を口の横に当てて大声を出すと、戦闘ヘリに取りついたリリィがうなずいた。
「えいっ、えいっ、なのです!」
「チョップしてるリリィちゃん、かわいくありません?」
「相手はヘリコプターだけどな……」
短い手で、必死にローターの付け根に手刀を食らわせるリリィ。さすがに荷が重たいらしく、目に見えるダメージは与えられない。
しかし、まったくの無駄というわけでもないようだ。
「わわっと。急に動いちゃだめなのです!」
不快げに、戦闘ヘリが機体を揺らしてリリィを振り解こうとする。
当然、リリィも譲らず必死に食らいついていった。
「中に人がいるのに、あんな動きします?」
「いない可能性のほうが高いか……」
思えば、戦車のほうも乗員らしき影はなかった。
「気になるところはあるのだろうが、とりあえず撃ち落とすとしようかの」
「でも、さっきの瞬間移動を使われたらどうする?」
「なに、連発はできぬのであろう」
できるのなら、リリィを引き離すのに使っているはず。
「もっとも、これで防御まで硬かったならお手上げじゃが……」
「それじゃ、空に浮かばないだろう」
「うむ。それが道理というものよの」
ミュリーシアの背後に、影術で編んだ杭が現れた。
数は増やさない。一本のみ。
「リリィ、巻き込まれるでないぞ!」
「了解なのです!」
閉じた羽毛扇を振り下ろすと、漆黒の杭がミサイルのように飛んでいく。
戦闘ヘリが機体を90度近く傾け、回避軌道を取った。
「うにゃーなのです!」
リリィが引き離され、ミュリーシアの杭がまっすぐ通り抜ける……前に、軌道を変えた。
ミュリーシアの羽毛扇のように緩く弧を描くようにして飛び、戦闘ヘリの正面に現れる。
「また、同じ手で!」
――だが、またしても漆黒は戦闘ヘリを突き抜けてしまった。
瞬間移動か。それとも、他の能力なのか。とにかく、撃墜できなかった事実は動かない。
「確かに、これではアムルタート王国の武威が損なわれるというものよな」
素直な謝罪に、レイナが山盛りのブロッコリーを前にしたときのような表情を浮かべる。
それを意に介さず、ミュリーシアはくいっと羽毛扇を持っていないほうの腕を曲げた。
「ゆえに、三度目はない」
ヘリコプターに回避され、そのまま飛んでいった影の杭。
それがミュリーシアの手振りひとつで、戻って来る。
さすがに、機体を傾けた直後ではどうしようもない。
「回避するが良い。できるものならの」
今度こそ、漆黒の杭がヘリコプターを貫いた。
爆発し、駅ビルに直撃はせず道路へと落ちていく。
「ふむ。手品は、二度も通じぬわ」
火の玉となった戦闘ヘリを、より赤い瞳で冷ややかに見つめた。
口元は、黒い羽毛扇に覆われ見えない。
トウマは思わず見とれてしまった……が、重大なことに気付いた。
「これ、落ちたらヤバいんじゃないか?」
「ニャルヴィオンのいる辺りですよ!?」
駅ビルからは、離れている。
それはつまり、ニャルヴィオンへと向かって落ちているということでもあった。
「ニャルヴィオン、逃げるのですよ!」
リリィが声をかけるが、届かない。
ヘリコプターはローターが空回りし、機体がばらばらに分かれ。
炎をまとったまま地上へと落下していく。
蒸気猫は、別れた場所から動かない。あるいは、動けないのか。
自動車に轢かれる直前。ヘッドライトに照らされ動けなくなった猫のように落下するヘリコプターを見つめ。
――あんぐりと口を大きく開けた。
唖然。
「えっと……。猫舌なんじゃなかったでしたっけ?」
呆然。
「そういう……次元の話じゃない……だろう」
愕然。
ヘリコプターは飲み込まれ、咀嚼され。
「にゃ~」
ニャルヴィオンが大きく鳴くと、背中からローターが生えた。
そして、ばたばたばたばたと音を立てて回転し――浮かんだ。
「これって、タケコプ――」
「――竹ではないな、どう見ても」
「じゃあ、ニャンコプターですか?」
ニャルヴィオンのニャンコプターモードと、でも言えばいいだろうか。
高度を上げてこちらと合流しようとする見た目は確かにメルヘンではあるが、トウマは目の前の現実を受け入れられずまぶたを閉じた。
こんなことは、光輝教会に召喚されたときにもなかったことだ。
「ニャンコプター! かわいー響きなのです!」
気に入ったらしいリリィが、「ニャンコプター、ニャンコプターなのです」と鼻歌交じりにニャルヴィオンへと乗り移った。
「終わりよければすべてよし……かな?」
「ですね。無事で良かったのは事実ですし」
「妾は、露払いをしておくかの」
ゾンビは影術の杭を降らせて雑に処理され。
「にゃ~~~」
ニャルヴィオンはニャンコプターモードで屋上へと降り立った。




