124.人類の反撃
「お帰りなさいませ」
「ああ。みんなを見送ってきたよ」
ゴーストタウンに戻って来ると、当然のようにノインが出迎えてくれた。
どうやってタイミングを察しているのか。トウマは、細かいことを気にするのは止めていた。
「これから、いかがなさいますか?」
「まずは、農地の場所を決めましょうか」
「それは、昔の農地を流用すればいいんじゃないか?」
「それしかないですけど……相当荒れ果ててますよねぇ」
「となれば、妾の出番じゃな」
どこからともなく巨人のつるはしを取りだし、素振りをするミュリーシア。その隣で、リリィも真似して腕を上下に振っている。
「人力ブルドーザー……人でいいですよね?」
「人だろう」
ただ、筋力が人並み外れているだけで。
「とりあえず、リリィ。畑を作っていた場所を教えてくれるか?」
「分かったのです。みんなにも聞いてみるのです」
空中に浮いたまま、目をつぶって拳をぎゅっと握る。他のゴーストから、情報を得ようとしているようだ。
「……こっちなのです!」
リリィが“王宮”から東の方向を指さし、そのまま飛んでいく。
「私めは、献上品にあった種籾を持って参ります。どうぞ、先に向かってくださいませ」
「頼んだ」
瀟洒に一礼するノインに見送られ、トウマたちはリリィを追う。
「早く、早くなのです。牛さんみたいにゆっくりしてたら、ダンジョンに行けなくなるのですよ」
「畑仕事とダンジョン攻略の二本立てか」
「冷静になると、ハードスケジュールですよね」
「なに。無理なら休めば良い」
アムルタート王国はブラック国家ではなく、ホワイト国家を目指す方針のようだった。
もちろん、トウマも歓迎だ。
「とりあえず、農地跡を見てから判断だな」
「みんなに聞いて思い出したのです。畑は、村からちょっと離れた場所にあったですよ」
「畑のそばに、家を作ったという感じか」
ゴーストタウンにも、農地らしき空き地は存在していた。だが、家庭菜園と同じような扱いだったのだろう。よくよく考えれば、その程度の規模で村の人口を養えるはずがない。
「それは、家と勤務地は近いほうがいいですよね」
「でも、トウマ。本当にいいのです?」
リリィがトウマの目の前に飛び込んできて、こてんと可愛らしく首を傾げる。
「餓死で全滅した村の畑とか、使い物になるのです?」
「あ、ああ……」
ストレートすぎる指摘に、トウマは頭が真っ白になった。
なにを言ったらいいのか。なにを言うべきなのか、なにも思い浮かばない。
言ったリリィは、天真爛漫。戸惑うトウマを、不思議そうに眺めている。
「……って、みんなが言ってたのです」
「それで、今まであんまり農業の提案がなかったのか」
ゴーストシルクも農業といえば農業だが、食物ではない。その辺りで、村人のゴーストたちも葛藤があったのかもしれなかった。
「なあに、心配あるまいて」
「そこで、あたしですね」
レイナが歩きながらくるりと回り、スカートとサイドテールが舞った。
視線が集中しても、まったく意に介さない。
「どんなに荒れ果てていても大丈夫。そう、緑の聖女のスキルならね」
「レイナ、むやみやたらとすごいのです!」
「そうでしょう、そうでしょう。特に努力しないで身についたスキルですからね。遠慮なく、ぱーっと使ってしまいましょう。ぱーっと」
腰に手を当てて胸を張り、堂々とチートを宣言した。
国民の勤労意欲や商品価値を考慮するような段階ではない。誰に遠慮をする必要もないのは確かだ。
「そうじゃな。ここに作る。否、復活させる農地は軌道に乗せる為のもの。落ち着いたら、移住者自身に汗を流して開墾してもらえば良かろう」
「ずっと、あたしが与えるんじゃ不健全ですからねー。お米は例外としますが」
「まあ、来てくれる人たちにそういう知識があればだけどな」
「それ以前に、ちゃんとご飯を食べる国民が来るのかという問題もありますね」
「そうじゃな。共犯者と後の“王宮”で夢を語り合ったときには、こんなことになるとは考えてもおらんかったのう」
リリィを追って歩きながら、ミュリーシアが遠い目をする。
ドラクルは言うに及ばず。ゴーストに自動人形にネイアードと、通常の食料が必要ない種族ばかりが集っていた。
「なに古参面してるんですか」
「アムルタート王国に歴史があるとしたら、間違いなく最古参だぞ」
「むう。どうにかして、歴史改変できないですかね。ベーシアに頼めば……?」
「到着なのです!」
リリィが空中で立ち止まり、ばーんと両手を広げる。
しかし、その背後に広がる光景を一目見て、トウマたちは思わず絶句した。
「遅くなりまして、申し訳ございません……これは……」
それは、種籾の入った麻袋を持って遅れてやってきたノインも同じ。
「いやー。完全に荒れ果ててるのです」
「当たり前と言えば当たり前だが……」
農地。否、かつて農地だった場所には雑草が生い茂り、ほとんど自然と同化していた。
畑を区切っていたであろう場所がわずかに盛り上がり、往時を偲ばせるがそれだけ。
「人の手が入らないと、自然に飲み込まれるわけですか。農業って、別に自然じゃないんですよね」
元をたどれば、植物そのものが、酸素という猛毒を地球にばらまいた自然破壊者と言えなくもない。
「であれば、これは人の領域を取り戻すための戦いとなるわけだの」
ミュリーシアは、気合い充分。巨人のつるはしを地面に突き刺し、その上に両手を乗せた。
神蝕紀の争いから逃れてこの地にたどり着いたリリィたちの先祖も、巨人のつるはしで開墾をしたはず。
このマジックアイテムにとっては、リベンジと言えるかもしれなかった。
「ミュリーシアがいて良かったですね。いなかったら、ニャルヴィオンにトラクターを食べてきてもらうところでした」
「街中にはないだろうな」
「戦車も街中にはないですよ」
希望を持っていいのか、どうなのか。
今は火口のダンジョンへ石炭を回収に行っている蒸気猫に、どう思うか確かめる術はない。
「ところで、どうやって畑を作るか知ってます?」
「改めてそう言われると、困るな。とりあえず、地面を耕す必要があるのは分かるが……」
農地の酸性とかアルカリ性とか。腐葉土を土に混ぜるとか。江戸時代は干したイワシを肥料にしていたとか。
そんな断片的な知識は沸いてくるが、じゃあどれくらい与えればいいのかというのは分からない。
そもそも、時期的に種を蒔いていいのかも分からなかった。
「光輝教会では、農業のことは教えられなかったのかの?」
「あったとしても、まともに聞いていたとは思えませんね」
レイナが、背中を反らして胸を張る。胸を張れる内容ではなかった。
「経験を積むしかないのに、普通は年に一回しか経験できない。農業って、むちゃくちゃ大変なんだな……」
「暦が必要になるわけですよね」
「レイナがいてくれて良かった……と、共犯者に言わせる流れじゃな?」
「玲那が緑の聖女でなかったとしても、いてくれて俺はうれしいが」
特別なことはなにもなく。
トウマは淡々と応えた。
しかし、それで引き起こされた反応は劇的だった。
「なん、にゃにゃな。お兄……センパイ、なにを言うんですか!?」
「ひゅー! ひゅー! トウマ、なかなかやるのです!」
「共犯者、手加減というものを知らぬな」
愛用の羽毛扇で、ミュリーシアがレイナの顔をぱたぱたと扇いでやる。
反射的に嫌そうな顔をしたが、結局、為すがままになった。
「あー。熱い……と、とりあえず。あれです、整地とかしましょうか」
「レイナ、顔が真っ赤なのです?」
「気のせいですから!」
両手を振ってレイナが否定する……が、無理があった。明らかに。
リリィがさらに言い募ろうとしたところ、背後からノインが抑えた。
「ご主人様、奥様。どうぞお続けを」
「そうだな。整地の前に、雑草をどうにか……雑草だよな?」
「そうか、ゴーストシルクの例があるからの。貴重な薬草でも生えておったら、逆に困ったことになるのう」
「え? あ、はい。ちょっと待ってください……うげっ」
「玲那」
女子らしからぬうめき声にトウマが鋭い視線を向けるが、レイナはそれどこではなかった。
「雑草は雑草なんですけど、生命力がめちゃくちゃ強い感じですね……。これが畑にあったら、他の作物がまともに育たないぐらい……」
「……そうか」
緑の聖女の感覚で断定すると、トウマは目の前に広がる畑だった荒れ地へ険のある瞳を向けた。
証拠はない。
後から、生えたのかもしれない。
しかし、リリィたちを餓死に追い込んだ要因のひとつかもしれない。
そう思えば、なおさら許容できるものではなかった。
「魔力を10単位、加えて精神を5単位。さらに、体力を5単位。理によって配合し、我が指先は崩壊を進める――かくあれかし」
代償を追加したスキルの詠唱。滞りなく終えると、トウマは人差し指の先で荒れ地を指し示す。
「《ディケイド》」
トウマの指先から、黒い光線が放たれた。
天使の樹をも塵に返した、死霊術師のスキル。
それを応用的に使用し、好き放題に伸びきっていた雑草を焼き払うように腐らせた。
長きに渡って農地を占領してきた、雑草たち。
そのあっけない最後だった。




