120.勝利のコツ
「大切なもの……か」
「ボクは、ユウトの魂を賭けよう」
「それ、まさかベーシアの親友じゃないだろうな?」
「そうだよ」
「勝手に魂を賭けられても困る」
トウマが手に入れたら、アンデッドにしろとでも言うのだろうか。むちゃくちゃだ。
「エグとラーシアの魂も賭けよう」
「ラーシア? 名前が似てるのです。もしかして、ベーシアの兄弟なのです?」
「魂の双子みたいなものかな?」
「そうか……。それは、大変だな」
主に、周囲が。
「まあ、魂を賭けるのは8割冗談だけど」
「2割本気なのが、逆に真剣さを感じてしまうな」
「この場で。いや、このアムルタート王国で一番大事なモノを賭けようじゃあないか」
「シアをか? 遊びで賭けるようなものじゃないだろう」
あまりの言い種に、トウマが険のある瞳でベーシアをにらむ。
しかし、柳に風。草原の種族はあっさりと受け流した。
「なにを言っているんだい。この国で一番大事なモノは、トウマくん。キミだよ、キミ」
「俺が?」
「そうだよ。冷静に考えてごらんよ」
リリィたちゴーストやスケルトンシャーク。ヘンリーにノインが契約を結んでいるのは、ミュリーシアではなくトウマ。
レイナもアムルタート王国への帰属意識はなく、トウマがいるからというのが重要。
それは、ネイアードも同じだろう。
「このボクも、トウマくんにスカウトされてきたわけだしね」
「妾の共犯者は、実に有能だのう」
お飾りの女王。
そう言われたも同然なのに、ミュリーシアは平然と黒い羽毛扇を揺らしている。
「いや、これはちょっと国としてマズいんじゃないか?」
「問題あるまいよ。文は共犯者、武は妾。綺麗に分担できておるではないか」
「……そうか? そうかもしれない……?」
なんとなく煙に巻かれているような気もするが、トウマは納得することにした。
「法律を作るときは、この辺の問題もきっちり対処するようにしないとな」
「妾も、好きこのんで簒奪はされたくないしのう。いや、共犯者に禅譲するのであれば問題はないかの」
「というわけで」
現実を認識させたところで、ベーシアがぱんっと手を叩いた。
「商品は、トウマくんが良識の範囲内でなんでもしてくれる権でいいんじゃない? 一番喜ばれるでしょ」
「そうか? 別に、要らないような気がするのだが」
良識の範囲内であれば、頼まれたら普通に応じる。
わざわざ、勝者の権利として獲得するようなものでもないだろう。
「自分の手で掴んだ権利だから、意味があるんじゃん」
「そういうものなのか?」
「それに、高値で買ってくれる人がそこかしこにいるじゃん」
「二秒で矛盾するのは、どうにかならないのだろうか?」
「そういうことなら、あたしも参加しましょう」
ノインへの説明を終えたのだろうか。レイナが当たり前のように席に座り、指で円卓を叩いてカードを要求する。
緑がかった瞳は眼光鋭く、ギャンブラーのような凄味があった。
「ほう、自信ありげだの」
「いや、むきになるから玲那は弱いぞ」
「はあ? そんなことないんですけど!?」
「いきなりむきになっておるではないか」
トウマにとっては、絶対に負けられない。
他の参加者にとっては、勝利以外は意味がない戦い。
今まで通り、トウマが手札を配って火ぶたが切られた。
しかし、その初手は肩すかしで始まる。
「俺は、パスする」
「……え? それなら、こちらはダイヤの6で」
トウマがパスをすると、ヘンリーが意外そうな顔をした。
そんな感情を置き去りに、ゲームは進む。
「ほう。躊躇なく、クローバーの6を出したの。レイナ、さてはクローバーの5も持っておるのではないか?」
「最初からパスをするのが、バカらしいからですよ。それよりも、ミュリーシアこそハートの8を出したらどうです?」
「さてのう。急ぐ必要はあるまい」
「パス、ダ」
「俺も、またパスする」
余程、手札が悪かったのだろうか。ネイアードが最初の手番でパスをした。それだけでなく、トウマは連続でパスだ。
「トウマ、かわいそうなのです……」
人数が増えると、こういうこともあるのだろう。
そして、人数が増えると勝負がつくのも早い。
「なんでみんな、ダイヤばっかり出すですか。もっと、他のも出すべきなのですよ!」
「……ぐぬぬ、パスです」
「こちらモ、パス、ダ」
「また、俺もパスだ」
まさかの三人連続パスで、早速場が荒れる。
「こういうときは、素直に出せる札から出したほうがいいね」
「おお、ベーシア。スペードの8を出してくれるとか神なのです?」
「まあね。スペードの10も手札にあるからね」
「私利私欲なのです!」
しかし、背に腹は変えられないとスペードの9を出すリリィ。
こうして、普段よりもパスが増えつつもゲームは終盤に。
「あっ、ベーシアが残り一枚なのです!」
そして、一気に動いた。
「ふふんっ。まあ、ヘンリーもそうだけどね」
「本当なのです! やるのです!」
次の手番、ヘンリーがカードを出せたらそのまま勝ち。
だが、簡単に出せる者でもないのが七並べ。
トウマが切る札次第で、勝負の行方はまだ分からない。
「パスする」
「え? トウマ、負けなのですよ?」
「ああ。そうなるな」
最後までポーカーフェイスで、トウマは投了した。
そして、トウマの手札が場に出る……が、いくつかはつながっているカードがある。つまり、パスをする必要はなかったのだが……。
「あ、これで上がりですね」
「なんでですか!?」
レイナが悲鳴のような声をあげるが、現実は変わらない。
トウマのパスでつながっていったダイヤの列を、Kで完成させたヘンリーが最初に手札をゼロにした。
初戦最下位からの、劇的な勝利だった。
「いやぁ……。勝ってしまいましたね……」
「なるほどのう。共犯者、仕掛けたの?」
「プレイ中に言われない限り、それはただのいちゃもんと変わらないな」
トウマは目を合わせず韜晦するが、それこそがイカサマの自白に他ならなかった。
ミュリーシアの赤い瞳から放たれるプレッシャーに勝てなかったのは、相棒のヘンリーのほう。
「契約との関係で、トウマさんとは心の中で簡単なやり取りができるといいますか……」
「それ、普通に答えじゃないですか」
二人で相談しながら、手札を調整していたのだ。
そして、最後は自爆をしてダイヤのKへの道を作った。
「ヘンリー、あなた……。そんな寝技もできるようになったのね」
「清濁併せのむのも、御用商人には必要でしょうから」
「ほれ直したわ」
カティアがしわの目立つ手で、ヘンリーの指を愛おしそうにさする。
目尻が下がった笑顔を向けられ、自動人形の頬に赤みが差す。
「でも、コンビを組むならリリィちゃんでも良かったんじゃないですか?」
「無理なのです! 絶対口に出していたのです!」
ゴーストの少女が高らかに笑った。
「それに、ヘンリーなら権利を手に入れても無茶は言わないだろうからな」
「この状況で無茶振りできたら、人間のメンタルじゃありませんよ?」
「それよりもさー」
ベーシアが、いい笑顔で言った。
「指は? 指は折らないの? 戒めにしてもらわないと!」
「え? それは、ベーシアだけの特別ルールなのですよ?」
「差別ッッ!?」
「区別ですよね」
リリィとレイナに叩きのめされ、ベーシアが涙を拭う。
演技だ。実のところ、いじられてうれしそうにしてる。
「まあ、良かろう。ルール的には、違反というわけでもないようだしの」
「ミュリーシア、やけに物分かりがいいですね? センパイの血を吸ってご機嫌なんですか?」「違うわっ!? 確かに共犯者の血は吸ったし、それ自体は慶事ではあるのだがの」
しどろもどろになって言い訳をする女王陛下が、生暖かい視線と空気で覆われた。
「妾が言いたいのは、これが最初であっても最後ではないということじゃ」
「なるほど。一理どころか、百理ぐらいありますね」
「変な日本語を作るんじゃない。それに、いくらなんでも後出しが過ぎるだろう」
「なにを言っているんですか。ノインも参加していないんですよ?」
「それは、確かにそうだな……」
正論で詰められ、トウマはなにも言えなくなった。
それは、悪魔の甘言と同じだというのに。
「のう、共犯者。勝負事で勝ちを収めるコツを知っておるか?」
「知らないが……教えていいのか?」
「無論。妾は、そのように吝嗇ではない。それに、単純なことだからの」
光彩奪目。黒い羽毛扇を片手に、ミュリーシアが艶然と微笑む。
「勝つまでやるのよ。要は、最後の瞬間に勝者であれば良いのだからの」
「むちゃくちゃだ」
「そのメンタリティーの時点で、だいたい勝てますよそれは」
レイナの感想は、現実になる。
その後、何度もゲームは繰り返され。
結果として、トウマに言うことを聞いてもらう権利は全員が手に入れることとなった。




