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使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記  作者: 藤崎


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118/295

118.ポータブルポイズンテスター

「はぁ。ダンジョンの第二層は、古代ローマじゃなくて日本のどこかの街で?」

「ああ」

「街は荒れ果ててゾンビが徘徊している上に、戦車まで出てきたと?」

「あれは、予想外だった。シアが、あっさり破壊してくれたが」

「それから、ニャルヴィオンがバスを食べて二階建てになった?」

「まとめると、そういうことになるな」

「はあ……」


 円卓に広げた戦利品の向こうで、トウマが表情ひとつ変えずにうなずいた。


 レイナが頬杖をつき、もう一方の買い物カゴに手を伸ばして把手を上げたり下げたりがちゃがちゃする。


 それを、目の当たりにしたカティアが瞳を輝かせた。商売の種を見つけると、途端に子供っぽい雰囲気をまとってしまう。


「動かぬ証拠があるから、信じますけど……。なんでもありですか、ダンジョン」

「スチームバロンの時点で、そのことに気付くべきだったな」

「そうは言っても、あんなの日本にもどこにもない……ないですよね?」

「存在しないはずだが……。ゾンビだって、いないはずだからな」


 結局、今のところはなにも分からないと言っていい。

 それどころか、まだすべては説明し切れていない。


「そのゾンビが死霊術で生まれたものではないことハ、説明しなくて良いのカ?」


 円卓に座る全身鎧――ネイアードが、まだ話していなかった謎を指摘する。


「ああ、それもあったな」

「ちょっと情報過多なんですけど?」

「そう言われても、事実だからな」

「魔法じゃないゾンビかぁ。病気? それとも、寄生虫かなにかな?」


 小さな和装のメイド姿のヘンリーが、思わずといった様子で肩を抱いた。身長に比べて大きな胸が潰れる。


「そういうの、異世界にはあったりするわけですか? 怖くないです?」

「あるよ。全然、普通にあるよ」


 当然のように言ったベーシアに、ヘンリーが眼鏡越しに怯えた視線を向けた。


「私めもそうですが、自動人形オートマタであれば然程心配する必要はないかと」

「でも、カティアはゾンビになる可能性があるわけでして」

「なに。氾濫がすぐに起きるわけではない。それに、無闇に拡散する状況でもない。安心するが良い」


 ミュリーシアが黒い羽毛扇をぱっと開き、話をまとめる。


「それよりも、これが食べられるかが重要ではないかの?」

「そうなのです。それが一番大事なのです」


 すみれ色の瞳を爛々と輝かせたリリィが、円卓の下から出てきた。というよりも、円卓を貫通している。

 なんとも超現実的な光景だが、付き合いが最も短いカティアですらも慣れてしまった。


「ベーシア、食品の安全を確認できるような呪文はないだろうか?」

「ないよ」

「そうか。じゃあ、ノインは――」

「でも、そういうマジックアイテムならあるよ」

「――左様でございますか」


 トウマから話を振られかけたノインが、アメジストのような紫の瞳をベーシアへ向ける。

 だが、草原の種族マグナーはまったく気にした様子はない。実際、気に止めてもいないだろう。


「ぱぱぱぱーん。ポータブルポイズンテスター」


 独特の口調とともに無限貯蔵のバッグから取り出したのは、小さな犬のぬいぐるみだった。丸っこくて手足は短く、毛はオレンジがかった茶色をしている。


「かわいーのです!」

「ほぼ毛玉じゃないですか」


 リリィだけでなく、レイナも相好を崩してポータブルポイズンテスターを見つめた。

 ミュリーシアも、黒い羽毛扇で口元を隠している。


「これポメラニアンに似てますけど、異世界にもいるんですか?」

「モデルは、親友の愛犬だよ。ボクが頼んで作らせたものだけど、外観はお任せだったからね。昔は攻撃された報復で敵国の首都に島を落としてたのに、子供ができた途端これだよ。狂犬も、牙をぬかれたらこんなもんさ」

「前から思ってるんですけど、ベーシアの親友の人ってやばくありません?」

「行いだけを抜き出せば、そういうこともあろう」


 フォローするつもりはなく、ただ事実を述べるミュリーシア。


「それで、これで毒があるか分かるのか?」

「うん。毒っていうか、食べて害があるかどうかだね」

「実際に、試してみるのがいいのではない?」

「そうだね。どれにする?」


 カティアに言われたベーシアが、トウマに判断を委ねた。


「そうだな。望み薄なのからいくか」


 持ち込んだ買い物カゴから、トウマはカップラーメンを取り出した。スリムな筒状で、日本人なら昼食やおやつに一度は食べたことがあるだろう定番品だ。


「カップラーメンって、意外と賞味期限短くて驚くんですよね」

「これが大丈夫なら、缶詰やレトルトにも期待が持てるな」


 さすがにパッケージ越しには分からないので、乱暴にフィルムを剥がしてふたを開く。

 カティアやヘンリーは中身よりも包装のほうに興味があるようで、薄く透明なフィルムを興味深げに手に取った。


「ほいほい。そんじゃ、コロ鑑定よろしく」


 円卓の上に置かれた犬のぬいぐるみが、とことこと歩いてカップラーメンに近付く。

 リリィとレイナ。それにノインが瞳を輝かせていると、犬のぬいぐるみは鼻先を突きつけてくんくんと匂いをかいだ。


「ゥワンッ!」

「あ、一回だからオッケーだ。ダメだったら、けたたましく鳴くから。ゴムパッキンみたいな口のぷよぷよした黒い部分をむき出しにしてね」

「随分と、凝っているな」

「かわいーのです!」

「確かに、子供が喜びそうではあるの」


 そう言いつつ、ミュリーシアは黒い羽毛扇をゆっくりと振る。

 だが、赤い瞳はちらりちらりと犬のぬいぐるみへと向いていた。


 カティアとヘンリーは、空気を読んで売り物にしたいなどとは言わなかった。空気を読むのも、商人の必須技能なのだ。


「とりあえず、毒はないし食中毒にもなったりはしないと。でも、味までは保証しないよな?」

「それはさすがにね」

「当然だな」


 予想通りの返答に、トウマは傍らに侍るノインへ視線を移動させる。

 最低限の保証は得られた。これで、充分だ。


「ノイン、お湯を用意してくれるか。熱湯を注いで三分待つと、食べられるようになる」

「かしこまりました――と、申したいところですが」

「まさか、共犯者が食べるなどとは言わぬだろうな?」

「そのつもりだが」


 顔色ひとつ変えずに、トウマはうなずいた。


「俺か玲那でないと、味が変質しているかどうか区別がつかないだろう」

「あ、それはそうですよね。さすがトウマさん、よく考えてます」


 思わずといった調子で、ヘンリーが納得したと手を叩く。

 瞬間的にいくつもの視線が突き刺さり「ひっ」と上擦った悲鳴をあげかけたが、カティアが頭を抱いて慰め事なきを得た。


「誰かが試す必要があるんだ。それが俺ってだけだろう」

「レイナよ、緑の聖女のスキルに病気を癒すものが……」

「あるんですよね、これが」


 だから、レイナが人柱になるわけにはいかない。


「決まりだな」

「最初かラ、決まっていたナ。だガ、決定事項ではなく相談の形をとったほうが穏便に事態は進んでいたはずダ」

「……次からは、気をつける」


 トウマが素直に非を認めて頭を下げた。

 ミュリーシアとレイナが、心の中でネイアードに拍手する。


 しばらくして、ノインがカップラーメンにお湯を入れて戻ってきた。当然、石を削り出した箸も持ってきている。


「いーち、にー、さーん、よーん」


 時計はないが、リリィが180まで数えてくれたので問題なかった。


「いただきます」


 視線を集める中、トウマがカップラーメンの蓋を取った。

 湯気が顔を撫でる、懐かしい感覚。

 細くて縮れた麺を箸で取り、一気にすする。


「ほわ~~。これは、新食感なのですよ!」


 感嘆の声は、味覚を共有しているリリィから発せられた。


 トウマは、なにも言わずに食べ続ける。


 肉なのかなんなのかよく分からないキューブ状の具材。同じく、玉子っぽいなにか。


 塩分過多とやり玉に挙げられそうなスープが、今はたまらなく快い。ダンジョン帰りの体が、塩分を求めているのかもしれない。


「うわわわわっ。美味しいけど、なんだか罪な味がするのですよ!」

「体には、あんまり良くないって言われてましたからね」

「体に悪い物ほど美味なのは、ある種の真理かと」


 小柄な和装のメイドが、不本意ですがと目を伏せる。


「これは、お肉なのですか? 美味しいけど、謎。謎なのです」

「向こうでも、謎肉って呼ばれてましたからね」

「不思議なのです~」

「あまりカップラーメンは食べなかったんだが、こうして異世界で口にすると不思議と懐かしく感じるな」


 トウマが目を閉じ、箸を置いた。

 そのまましばらく沈黙し、何事も無かったようにまぶたと口を開く。


「特に問題はなかった」

「じゃあ、残りはあたしがもらいます」


 もちろん、この展開はトウマも想定している。

 ちゃんと半分残し、レイナに進呈した。


 その慣れた様子にミュリーシアの形の良い眉が跳ねたが、表立ってはなにも言わなかった。


「追加で、もうひとつご用意いたしますか?」

「そうだな。シアとカティアの分も頼む」


 瀟洒に一礼すると、ノインは円卓の間から厨房へと戻っていった。


「ネイアードは食べられないんだな。苦労をかけたのに、俺たちだけ楽しんですまない」

「問題なイ」


 粘体種ネイアードは、人間と同じ意味で食事を摂る必要はない。そのため、本当に気にしてはいなかった。


「たダ、悪いと思っているのならバ……」

「もちろん、なんでもするが」

「センパイ、そう簡単になんでもとか言うんじゃありません」

「俺だって、相手を見て言っている。玲那じゃないんだから、そんな無茶を言うはずがないだろう」

「分からないですよ? ネイアード特有の欲求的なものがあるかもしれないじゃないですか」

「……一理あるな」

「ナイ」


 ネイアードが、言下に否定した。怒っている様子はない。

 意識は、買い物カゴに詰め込んだ商品のひとつに向いていた。


「異世界の遊戯というものニ、興味はあル」


 ネイアードが、全身鎧の手を買い物カゴに伸ばして長方形の箱を取り出した。

 それは、リリィが発掘したトランプだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] おぉ、主人公の日常生活に的確なアドバイザーが! …ていうか、その処世術いつ身につけた。 お湯入れて持って来てから180数えちゃ、待ち過ぎだと思う!
[一言] チキン〇ーメンじゃない一番オーソドックスなやつだ!! というかベーシア、お前安全な現物大量に持ってるだろうw?
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