117.棚を漁るのは勇者のお仕事
「進むか、探るか、戻るか。いかがする?」
ネイアードが回収した『装置』を黒い羽毛扇に乗せ、ミュリーシアが全員の顔を見回した。
自身の意見は決まっているのか。それとも、迷っているのか。いつも通り整った美貌からはうかがい知れない。
「進む……いきなり攻略は、避けたほうがいいだろう」
トウマが、赤い瞳を正面から見つめる。
不躾な視線に、ミュリーシアはむしろ愉快そうに口角を上げた。
「今の妾なら、力押しでもいけると思うがの」
「リリィが敵の本拠地を探して、ミュリーシアが殴り込むのです?」
「合理的ではあるナ」
「だけど、短絡的でもあるんじゃないか?」
自信過剰とは必ずしも言えない。言葉通りになりそうな予感は、トウマもしている。
しかし、万が一もある。このまま進むことは賛成できなかった。
「先ほどの、戦車だったカ? イレギュラーが出てくる危険性はあるだろうナ」
「出てきたら、ぶっ潰せばいいだけなのですよ!」
ニャルヴィオンの天井すれすれのところで、リリィがシャドーボクシングのように拳を放つ。
可愛らしいが、目は本気だった。
「究極的には、リリィの言う通りなんだが……」
「消極的だという自覚があるようだナ」
「ああ……。理由はあるんだが……」
珍しく、トウマが視線を彷徨わす。
進むも、引くも。どちらにも理はある。
議論は平行線――とはならなかった。
「共犯者が慎重を期す気持ちも分かる」
ミュリーシアが、あっさりと折れたからだ。むしろ、こうなることを予想していた節もある。
「今日、階層核を解放する。そのつもりで来たわけではなかったからの。能力はあっても、精神的には危ないものよ」
「今日明日にでも、氾濫が起こるわけでもなかろうからナ」
ネイアードも、器用にうなずくように首を曲げた。
「ちょっと残念なのです」
「代わりにというわけじゃないが、食料品とかを探して帰りたい」
「すぐに行くのです! ぼやぼやしてる場合じゃないのです!」
リリィが、あっさりと手のひらを返した。ゴーストだけに、実際に手首をぐるぐる回せる可能性もある。
「ニャルヴィオン、大きめの通りを流してくれ」
「にゃ~」
トウマの指示で……というよりは、わくわくしているリリィの重圧に押されるようにニャルヴィオンが走り出した。
炎上した戦車の横を通り過ぎたところで、調べるのを忘れていたことに気付いたが遅かった。先に戦車をなどとなったら、リリィがどうなるか分からない。
後回しにすることにして、トウマは二階席から荒れ果てた街並みを観察する。
しかし、それも長いことではない。
「ニャルヴィオン、ストップだ」
キャタピラでアスファルトを切り裂きながら進んでいると、しばらくしてトウマが停車するよう指示を出した。
「にゃ~」
「もう着いたですか?」
「ああ。どこにでもあるからな、コンビニは」
ある程度の都会に限られるが、今回はその定義に当てはまっていた。
「こんびに……なのです?」
「食料品やら、生活に必要な物を売っている店だな」
「は~。そんな便利な場所があるですか」
「商店は、妾も初めてだの。モルゴールには、必要なかったしのう」
「店カ。概念は理解していル」
グリフォン島から出たことがないリリィは、商店の存在を知らなかった。
ドラクルの姫が、商店に出向くはずがない。
ネイアードも、儀式で粘体種になる前の時代にあったかどうか分からない。
「俺が少数派になるとは……」
それなのに、こんな荒れ果てたコンビニでいいのだろうか。
そう思ってしまうが、変更もできない。
「ニャルヴィオンは、悪いけどここで警戒していてくれ」
「にゃっ!」
任せておけと声を上げるニャルヴィオンが、二階から下りられるタラップを伸ばしてくれた。
「至れり尽くせりだの」
「ありがたい」
トウマは感謝しつつ、そのままコンビニに入っていく。
「ぼろぼろなのです」
「商店ナド、真っ先に荒らされるものだろウ」
「匂いは、ないようだの。不思議なものよな」
入り口の自動ドアは動作しないが、ガラスが割られているため問題はなかった。
店内は薄暗く、商品棚も倒され大地震の後のようだ。
弁当やおにぎり、サンドイッチなどは当然すべてなくなっている。
アイスや冷凍食品は電気がないため全滅しており、ミュリーシアの言う通り匂いがないのが不幸中の幸いといったところ。
「この箱は、なんなのだ?」
「現金を引き出せる機械だよ。動かないけどな」
ATMが荒らされていないところが、逆に事態の重大さを物語る。
「でも、思っていたよりは残っているな」
「本当なのですぅ?」
「これは缶詰といって、中に食べ物が入っている。保存食の一種だな」
「本当なのです!?」
トウマが、地面に転がっていた焼き鳥の缶詰を拾い上げた。死んだ祖父が、晩酌のお供にしていた定番品。
お相伴にあずかったことはあるが、特別美味しいとは思わなかった。
それなのに、今はとても懐かしく感じられる。
「同じようなのを探してみるのです!」
「瓦礫の除去ハ、請け負おウ」
「よろしくお願いするのです、ネイちゃん!」
ネイアードが、リリィを手伝って店の中央へと全身鎧を進ませる。
リリィの明るさは、粘体種の心も溶かしてしまうようだ。
それを横目に見つつ、トウマはレジのほうへ移動する。
そこには、横倒しにはなっていたが、新聞のラックがあった。
「食料だけが目的ではなかったのであろう?」
「……そんなことは……あるな」
トウマは、軽くため息をつく。
背後から肩越しに問いかけてきたミュリーシアに、あっさりと負けを認めた。
食料品の棚はそこそこに、新聞や雑誌を確認に行ってはごまかせるものではない。
「それは、共犯者たちの世界の官報かの?」
「民間で出している新聞……。ニュースやらなんやらを印刷して届ける情報紙みたいなものだな」
体が密着し、吐息が耳にかかる。
内心の動揺をおくびにも出さず、トウマは解説を続ける。
「思想の偏りだのなんだの情報ソースとしてはいろいろ言われていたけど、今は特に関係ないしな」
「レイナに先んじて、ここでなにが起こったか確認しておきたかったわけだの?」
ミュリーシアに体を押しつけられている。否応なく、体温が伝わってくる。
それとはまた異なる理由で、トウマは硬直した。
「いささか、過保護ではないかの。共犯者が一緒なら、レイナが簡単にショックを受けるとは思えぬが」
「そんなはずはないだろう」
戻れないと覚悟していた、故郷の情報が手に入る。
けれど、それは荒れ果てた廃墟から。
どんなショッキングな情報が、出てくるか分からない。過保護と言われても、先に確認しておきたかった。
「でも、大した情報はなかった。心配のしすぎだったな」
「なにやら、不思議な文字が並んでおるの」
「ああ。だけど、内容は代わり映えしない」
政治批判や事件のニュース。スポーツの結果に、テレビ欄。
どこにも、この街の荒廃につながる記事はなかった。
「ニュースになる暇もなく、こんなことになったのか……」
「あるいは、ここから始まったのか……だの」
「ここだけで済んでくれているといいんだが」
それはトウマの心からの願いだったが、真実を知ることはできそうにない。できるのは、祈ることだけだった。
「俺たちが呼ばれてから、だいたい一ヶ月ぐらい経っているのか」
たった一ヶ月で、こんな事件が起こる。それは、どうにも現実感がなかった。だが、異世界に召喚される時点で、夢も現実もない。
「じゃが、それが発行されてからどの程度経過しているかは分からぬのではないかの?」
「その通りだな」
「ダンジョンの中で、時間の経過が同じようになっているとも限らぬしの」
「そうなると、賞味期限も確かめようがないんだよな」
「なんと。では、先ほどの缶詰とやらも駄目かもしれぬのかの?」
「いや、缶詰は悪くなっていると底が膨らむと聞いたことがある」
だから大丈夫だろうとは思うが、絶対ではない。
「ベーシアが、食べられるか判別できる呪文を使えたりするといいんだが」
「もしかしたら、ノインにそんな特技はあるかもしれぬぞ」
「ありえるな」
自動人形のメイドなら、それくらいできそうな雰囲気がある。
「最悪、俺が人柱になって確認すればいい――」
「――トウマ! なんか、食べ物じゃないっぽいのも出てきたのです!」
「ん? 見せてくれ」
リリィがびゅーんと飛んでくるが、なにも持っていない。
少し遅れて、ネイアードがパッケージを投げて寄越した。
「横着するでないわ」
ドレスから影を伸ばして、ミュリーシアがそれを受け取る。
「これは、トランプだな」
そのパッケージを一目見て、トウマは口を開いた。
「トランプ? なんだか偉そうな名前なのです」
「これで、いろいろゲームができるんだ。持って帰って遊ぼうか」
「遊ぶですか。すごい、遊べるなんてすごいのです!」
「そうか。子供も、働いてたのか……」
厳しい生活の一端に触れてしまい、トウマが少し遠い目をする。
「シアは、どうなんだ?」
「接待であれば、受けたことはあるのう」
「寝る前とか、暇な時に遊ぼうか」
レイナも、口ではなんやかんや言いつつ一緒に遊んでくれるだろう。
「イナバトウマ、食料らしきものを集めたがどのように運ブ?」
「レジに袋が……。いや、商品かごに詰めればいいか」
トウマとミュリーシアも参加し、食料品だけでなく筆記用具など使えそうな物をどんどんかごに詰めていく。
「大漁なのです!」
「そろそろ、良いのではないかの?」
「ああ。またゾンビに襲われてもなんだしな」
30分ほどで切り上げ、戦利品を携えてニャルヴィオンに戻る。
その頃には、ダンジョンのゲートも、再利用できるようになっていた。
「次こそ、攻略してやるのですよ!」
「うむ。階層核よ、首を洗って待っているが良い」
再挑戦を誓って、トウマたちはゴーストタウンへと帰還した。




