114.神命の報告会
「心配をかけてすまなかった。神命の件で報告をしたいと思う」
水の都デルヴェから戻った直後。“王宮”の円卓の間に集った面々を見回し、トウマが会議の開始を宣言した。
「それにあたって、新メンバーを紹介したい」
「あ、紹介するつもりあったんですね」
「泥縄式にやると、収拾がつかなくなるからな」
カティアとヘンリーのリクエストに応えたわけではないが、トウマは立ち上がり全身鎧の横に立つ。
「粘体種ネイアード。親愛をこめて、ネイちゃんと呼んであげて欲しい」
「やめロ」
「ということなので、ネイちゃんという呼称はリリィだけに許された特権になった」
「その場合、リリィが許可を出したらどうなるです?」
「サブライセンスですかぁ。一応、確保しておきたいかもですね」
「やめロ」
片言だが力強い否定に、レイナは口をつぐむ。
目元は、緩んだままだったが。
「異界の神から下された神託により、まつろわぬ民と接触することになった。それが、彼ら粘体種ネイアードだったわけだが……」
どこからどこまで話すべきか。
トウマは迷ったが、最初から全部まとめて話すことにした。どうせ、何度もする話ではないのだ。
それよりも、認識の齟齬のほうが怖い。
「彼らの住処は、デルヴェの地下にあった」
「あの水路の先? 奥ですかね? とにかく、そんなことになっていたんですね」
小さな和装メイド姿のヘンリーが、くいくいっと眼鏡を動かして驚きを表現する。
「デルヴェにはしばらく住んでいるのに、噂話ですら聞かなかったわ」
カティアも気品のある仕草で、手を頬に当てる。
「地面の下は、暗くて良くないのですよ」
「リリィが言うと、説得力があるのう」
円卓の上を飛んでいたリリィをミュリーシアが手招きし、膝に乗せて頭を撫でる。もしかすると、最初の凶暴だったゴーストの姿を思い出したのかもしれない。
「彼らが地下にいた理由。それは、人知れず世界を守るためだった」
「は? トウマさん、今世界って言いました?」
「それハ、あくまでも結果に過ぎナイ」
「あ、比喩とかでなくて本当の話なんですね……」
レイナがなにも言わないことで、ヘンリーはその話が真実だと判断した。
「世界を守る? それはつまり、デルヴェの地下に危険なものがあったということなのかしら?」
「うむ。まさに、カティアの言った通りじゃった」
「デルヴェの地下には、天使を生み出す樹が存在していた。旧き神のなれの果てということらしい」
「天使?」
「旧き神……」
一般的な常識を持つ、ヘンリーとカティアの思考が処理落ちする。
「天使は、人間を天使にする能力があった」
「さらに、勇者や聖女の持つ意思疎通のスキルでも会話できないおまけつきです」
「この目で確と確認し、刃も交えましたが……。あれが世界に放たれておりましたら、世界は終焉を迎えていたかと」
そこへ、トウマが畳み掛ける形になってしまった。目が泳ぎ、どんな感情を抱けばいいのか分からなくなる。
しかし、この場には常識という言葉から最も遠い草原の種族がいた。
「いやー。随分と、面白い展開になってたみたいだね。『ボクを利用するつもりなら、容赦なく去るよ』なんて、クソ生意気なこと言わなきゃ良かったかな~」
今まで黙っていたベーシアが、包帯が巻かれた手を叩いて笑う。
「昔住んでた土地だと、地下から昆虫人間の軍団が出てきたことはあったけどねぇ。まさか、地下に天使とは。びっくりだよ」
「昆虫人間の軍団も、大概だと思うんですけど? その土地、どうなってるんですか?」
「ああ、心配ないない。昆虫人間が一生懸命掘った地下通路に聖水を流し込んで、出てきたところを大火力で焼き払ったから大丈夫だよ」
「ファンタジー、ヤバすぎません?」
レイナが、昆虫人間と聖水と焼却のコンボのどちらに驚いているのか。それは言うまでもないだろう。
あえて言えば、両方だ。
「こっちも、天使の樹は消滅させているから安心して欲しい」
「イナバトウマの助力に、改めて感謝スル」
「世界のためだからな。当然のことだ」
「なるほど。教会を離れても、勇者は勇者ということなのね」
カティアが感心するが、「勇者も教会も関係なく、元々そういう人間だ」と心の中で腕を組んでうなずいている人間が三人はいた。
「リリィたちも、天使にされちゃうところだったです?」
「どうだろうな? 分からないが、試すこともできないしな」
「ところで、トウマさん。結局、なんで鎧なのかという説明がなかったんですけど?」
「ああ。それは、ネイアードの持つ、特性による」
だが、いきなり“劣化”のことは触れない。
「ミッドランズと暗黒大陸の間の海には亀裂が走っているが、その程度で済んだのはネイアードたちのお陰だったかもしれない」
彼らは、人間、エルフ、ドワーフなど。様々な種族が志願して魔法儀式により生まれた、後天的な種族である。
人の形を失い粘体状の生物となった彼らの特性は、近づくモノの肉体と精神を“劣化”させてしまうこと。
ネイアードは存在するだけで石や鉄を除く物を劣化させ、その目を直視した者は記憶を奪われる。
この特性により、世界へばらまかれた激突の余波を吸収。世界の崩壊を防いだ。
そして、神蝕紀のあとは他の生命の迷惑にならないよう地下深くに潜り、向こうから近付いてこないようあえて醜悪な外見を取っていた。
「――と、まあこんなところだ。全身鎧なのは、“劣化”を遮るからだな」
「それは……なんといえばいいのかしら……」
「壮絶、ですね……」
カティアもヘンリーも、大抵の人間より苦労をしている。
それは間違いないが、ネイアードの覚悟はそれを越えていた。
「ネイちゃん、偉いのです! すごいのです!」
先ほどの説明では、そこまで理解していなかったのだろう。リリィが興奮してネイアードの周囲を飛び回った。
「恐ろしい特性とは裏腹に、心優しい種族であることが分かったと思う」
「……イナバトウマは、これがいつも通りなのカ?」
「そうですよ。慣れてください」
レイナがつまらなそうに言った。
ただし、心なしか誇らしげでもあった。
「そんなに大層なものではナイ……と言っても、聞かぬのだろうナ。ゆえに、我らがこの島でできることを提示セヨ」
「……なんかあるか?」
「改めて言われると、なにも思いつかぬな」
「別に、変なモンスターが徘徊しているわけでもないですしね」
「……本当に、住む場所を提供するだけのつもりだったのカ?」
全身鎧で表情は分からない。
声も特徴的過ぎて、感情はうかがい知れない。
それなのに、伝わった。
心の底からあきれていることが、伝わった。
「トウマさん、本当になにかないんですか?」
「ダンジョンはどうしたのダ。ダンジョン、ハ」
「え? 俺たちでゾンビを片付けてから移り住んでもらうつもりだけど?」
「それが、我々の最初の仕事ダ」
「あ、ああ。よろしく頼む……で、いいのか?」
「いいのダッ」
トウマの視点では強引に、ダンジョン第二層の攻略はネイアードの担当と決まった。
「ダンジョンの新しい階というのは、なにか売れそうなものがあるのかしら?」
「カティア……」
「だって、気になるじゃない」
ぺろりと、子供のように舌を出してはにかむ老婦人。それをたしなめる和装の少女メイドという光景は、なかなか不思議なものがあった。
「どうかな~。珍しい物はありそうだけど、売り物にならないんじゃないかな? 廃墟だったし」
「あら。それは残念ね」
「人生堅実が一番だと、ボクは思うよ」
「嫌よ。堅実な人生じゃ、ヘンリーとは一緒になれなかったもの」
「私との結婚は、ギャンブルだったんですか!?」
「それはともかく、ダンジョンの第二層だけどね」
石の椅子にどっかりと座って、ベーシアが足をぶらぶらさせる。
「ゾンビがたくさんいるってことが分かった時点で、離脱優先で動いたからね。詳しいことは分かんないよ」
「賢明な判断だと思う。ベーシアがいてくれて良かった」
「ふははは。いいねー。素朴な賞賛で、承認欲求がぎゅんぎゅん満たされるよっ」
どこからともなくリュートを取り出し、いきなりつま弾き始めた。
相変わらず自由だが、ヘンリーぐらいしか驚かない程度に浸透していた。
「まあ、話を聞いた限りだとゾンビが天使より強いってことはないんじゃないの?」
「それはそうだろうな」
「あれこれ言っても仕方あるまいて」
ミュリーシアが、ぱっと黒い羽毛扇を開いた。
「すぐに、他のネイアードたちを連れてこられるわけではないのだ。まずは一度、妾たちも偵察に行くべきではないかの?」
女王らしくまとめた、ミュリーシアの言葉。
反対意見は、どこからも出なかった。




