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107.《ディケイド・オーヴァードライブ》

「ナニヲシテイル」

「大丈夫。ちゃんと考えている」


 ネイアードの“劣化”が作用して、トウマの精神を破壊した――というわけではない。

 レッドボーダーで防げるから、でもない。


 トウマが《エボン・フィールド》を解除したのは、これから使用するスキルの邪魔になるから。


「魔力を10単位。加えて精神を10単位、生命を5単位。理を以て配合し、我が身に負の回路を刻む――かくあれかし」


 トウマの胸の中心から、魔法陣が浮かび上がった。


「《ネガティブ・サーキット》」


 スキルが完成すると同時に、そこへ負の生命力が流れ込みトウマの全身を包み込む。

 負の生命力――漆黒の陽炎が立ち上り、禍々しいオーラを周囲に振りまいた。


「ああ。上手くいったな」


 レッドボーダーを握ったり、腕を回したりしてトウマが軽く具合を確かめる。

 小山な塊となったネイアードが、やや距離を取ったのにも気付かない。


「ソレハナンダ」

「負の生命力を創造して、保持するスキルだな」


 最近になって、トウマが開発を試みていたスキル。

 負の生命力をまとわせ、それで身体能力が上げられないかというコンセプトだったが……それは失敗に終わった。


 そもそも、負の生命力にそういった効果はない。あるとしても、リリィたちのようなゴースト――アンデッドに対してだけ。


 代わりに、負の生命力を貯蔵することはできる。レイナの《ミリキア・レギア》のように、スキルの代償に使用して、強化する。それが、トウマの勝算。


「成功したのは今回が初めてだ。お陰で、コツが掴めた」


 あまり上手く行っていなかったのだが、本番ではしっかり発動した。ネイアードの“劣化”が反転したのが原因だろう。


「どの程度まで充填できるかは、やってみないと分からないのがネックだな。どれくらい時間がかかるかも」


 ぶっつけ本番だから仕方ないか――と、トウマが天使の樹に視線を向けたその時。


 天使の樹から落ちた葉が、いくつもまとめて降り注いだ。まるで、夜の空を彩る流星群のよう。


「《ナイアル・シュタン》」


 神気の刃が飛び、それを消し飛ばす。


「助かった」


 トウマが、軽く頭を下げる。

 瘴気にしか見えない漆黒のオーラを、全身に張り巡らせたままで。


「…………」


 トウマとしては、神託鎧装をまとったヴァレリヤと同じようなものだと思っている。

 だが、相手が無言ということは違うらしい。


 そのことに、ミュリーシアやレイナからの指摘無しに気付いた。

 少しだけ思案してから、トウマは口を開く。


「外見は、大目に見てくれ」

「結果で示す。そういうことですか」


 些事には囚われないと、神託鎧装をまとったヴァレリヤが踵を返した。そしてまた、天使の樹へと飛翔する。


「ソノジョウタイデアレバ、フレテモモンダイナイダロウ。ノレ」


 ひび割れた聞き取りにくい声に導かれてそちらを向くと、小山のようなネイアードの姿が変わっていた。

 少し潰れて角度が生まれ、スロープのようなものができている。


「バリアフリーとは助かる」


 負の生命力をまとった。それでいていつも通りのトウマが、レッドボーダー片手にネイアードの天辺を目指す。子供の頃、滑り台を昇っていったことを思い出していた。


「ジュンチョウカ?」

「ああ。もう、相当貯まってる」


 トウマがまとうオーラの色は、さらに濃く禍々しくなっている。


 リリィたちに分け与える負の生命力の一週間分は、とっくに超過していた。

 しかし、これが天使の樹に対して充分かというとなんとも言えなかった。


「感触としては、この10倍は集められそうだな」

「デキルカギリ、ジュウテンシタホウガヨイノダロウガ」


 負の生命力越しの接触だが、ネイアードの体はぽよんぽよんとしていた。ゴムというか、ゼリーというか。不安定だが、不快感はない。見た目と安全を考慮しなければ、子供にも人気が出そうだ。


「そこは、ヴァレリヤ次第だけどな……」


 光輝騎士と天使の樹の戦いは、まさに一進一退。


 良く言えば、拮抗。

 悪く言えば、勝ち筋が見えない。


 均衡が崩れたら……明るい未来予想図は描けそうになかった。


「ネイアードの特性が、こっちに集中しているからか」


 天使の樹は、重石が取れたような状態なのだろう。それは、ヴァレリヤ一人では荷が重たいのは当然。


「究極の選択だな」

「ダガ、サイヲフラネバユウギハハジマラヌ」

「至言だ」


 まだ、許容量まで半分ほど。それでも、小山のように一塊になったネイアードがずるりずるりと動き出す。


「――くっ」


 悔しそうにしつつも、ヴァレリヤはトウマたちを制止したりはしなかった。状況は、彼女自身よく分かっている。


 そこに、天使の樹から実が飛んできた。


 今までにない行動。


 しかし、天使の誕生を見逃すという選択肢はない。


「《ナイアル・シュタン》」


 異界の神ナイアルラトホテップを讃える呪文とともに、ヴァレリヤが手刀を放った。

 その指先から神気の刃が飛び、天使の実を両断し――


 ――爆発した。


 風が四方八方に広がり、地下空間そのものが大きく鳴動する。

 咄嗟に、レッドボーダーをかざす。暴風雨の中、傘を差しているかのよう。


「助かった……」


 レッドボーダーだけでなく、《ネガティブ・サーキット》がなかったら危なかったかもしれない。もちろん、ネイアードの“劣化”も働いた上でだ。


 では、それがなかったらどうなるか?


「ヴァレリヤ!」


 直撃を受けた光輝騎士は、そのまま地面へ落下。

 神託鎧装は残っているが、ぴくりとも動かない。


「イママデニナイ、コウゲキダ」

「もしかして、こっちの攻撃に対応して進化した……」


 トウマは、負の生命力をチャージしつつ頭を振った。

 可能性を論じても、意味はない。


「やることは変わらない」

「ソノトオリダ」


 すでに、帰還不能点は越えた。後戻りはできないし、するつもりもなかった。


 先ほどの爆発の影響か、大きめの岩が降ってくる。

 全身を覆う《ネガティブ・サーキット》に当たるを任せ、ただ天使の樹を見つめる。


 ――トウマの耳に、するはずのない声が飛び込んできた。


「今、なんか爆発しましたよ? もっと早くできないんですか!」

「やっておるわっ」

「……幻聴か?」


 思わず、天を仰ぐ。


 天井に、黒い螺旋。その先端が見えた。


 トウマは、知っている。

 この影術を、知っている。


「シア!」


 巨大な赤亀にそうしたように、岩盤を穿ち飛び出してきたのはアムルタート王国の女王。ミュリーシア・ケイティファ・ドラクルだった。


 いや、それだけではない。


「玲那! ノインも!」


 影術で編んだハーネスでつながり、レイナとノインも一緒だった。


「センパイが、気味悪いやつの上で真っ黒になってますよ!?」

「一体、なにがあったというのでしょうか……」

「なんたることよ。目を離した妾の責任じゃ」


 いつも通り。まったく変わらない三人に、瘴気のようなオーラをまとったトウマの肩から力が抜けた。


「危なかった……」


 伐採作戦を始めていなかったら、ネイアードが戦うただ中に飛び込んでいたかもしれない。下手をしたら、“劣化”の餌食だった。不意打ちで、天使にされていた可能性もある。


 逆に、それは行動の正しさが認められたように感じられた。


 トウマは、身にまとう負の生命力とは正反対に笑う。


 ようやく本調子。

 確信した。なんでもできる。絶対に上手くいく。


「シア! やってくれ!」


 天使の樹を指さし、トウマは叫んだ。


「なにやら分からぬが、あの気味の悪い樹をどうにかすれば良いのだな?」

「これでもう、あたしは打ち止めですよ! 魔力を70単位。加えて精神を15単位。理によって配合し、第二の風を巻き起こし階梯を引き上げる――かくあれかし」


 間髪を入れず、レイナがスキルの詠唱を終えた。


「《ウィンド・アウェイク》」


 覚醒の風が吹き、ミュリーシアが緑色の光に包まれた。


 光輝燦然。

 闇の中、ミュリーシアが星のように輝く銀色の髪をかき上げる。


 それに合わせて、地底湖からここまでひたすら掘削してきた円錐の杭が天使の樹へと飛んだ。


「早速じゃが、退場してもらおうかの。早いところ事情を確かめねばならぬゆえな」


 動けぬ天使の樹が、回避などできるはずもない。


 回る。


 枝や葉で防御するが無力。


 回る。


 それが天使の樹に突き刺さった。


 回る。


 影術で編んだ無数の杭の集合。

 漆黒の螺旋が、回る回る回る。


 木肌を削り。

 木くずを飛ばし。


 突き通し――貫いた。


 幹に大穴が開く。


 まだ、天使の樹は倒れない。


 構わない。

 それは、トウマの仕事だ。


「共犯者!」

「ネイアード、最速で頼む!」

「――ショウチシタッッ」


 ネイアードが、小山のような巨体をへこませた。

 人間で言えば、屈伸したようなもの。


「物理法則どうなってるんです!?」


 屈伸したら、跳躍。

 レイナの悲鳴をBGMにして、トウマとネイアードが地下空間を飛んだ。


 小山のような粘体生物が宙を舞う。


 超現実的な、正気が疑われる光景。


 その上で、トウマは冷静にスキルの詠唱を始める。


「魔力を10単位、加えて精神を5単位。さらに、負の生命力を2000単位。理によって配合し、我が指先は崩壊を進める――かくあれかし」

「露払いは、お任せを」


 最期の悪あがきのように、天使の樹が実をつけて飛ばす。


 それを見越したように、ノインが自らの身長ほどもある杖を投げた。


「《アル・ファルド》」


 合言葉とともに、ロッド・オブ・ヒュドラのもうひとつの能力が解放された。

 くるくると回転して飛ぶ杖が九つの頭を持つ巨大な生物に変わる。


 そして、実を丸飲みにして――中から爆ぜた。


 くぐもった音と震動が、地下空間に広がる。


「先ほどの爆発は、これか」

「ご主人様」

「助かった」


 トウマとネイアードが、ミュリーシアの開けた虚に飛び込んだ。

 詰み(チェックメイト)だ。


「《ディケイド・オーヴァードライブ》」


 トウマの右手が、天使の樹に届いた。


 魔力に換算すれば、勇者や聖女10人分。

 それをさらに、ネイアードの集合体による“劣化”を反転させて解き放つ。


 数百年の長きに渡って、天使を産みだし続けた旧き神。


 それが、今、解放された。

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― 新着の感想 ―
[一言] 強力だが見た目がうヤバすぎる技だった……どう見ても勇者の技とは思えないw この樹がしゃべれたら「おのれディケイドォ!!」って言ってるに違いない。
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