表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/295

103.消えたトウマ

「おにい……ちゃん……?」


 一緒のボートに乗っていた。

 ついさっきまで、ミュリーシアの規格外な戦闘に驚いていた。


 そのトウマが、手品のようにいなくなっていた。


 また、トウマがいなくなった。


 レイナの両足が、勝手に震える。目の前が真っ暗になって、倒れ込みそうになるのを必死にこらえた。


「お兄ちゃん、どこですかッ!?」


 ようやく現実を認識したレイナが、悲鳴にも似た声をあげた。常に意識して避けている、お兄ちゃんという呼び方を直しもしない。


 それくらい切実で、焦慮に駆られていた。


 小さなボートの端から、湖面をのぞき込む。だが、どこにもトウマらしき痕跡はない。落ちたわけではないのか。それとも、沈んでしまって浮かび上がってこないのか。心臓が早鐘を打つように鼓動し、恐怖にも似た感情で口が渇く。


「こんな冗談、面白くないですよ?」


 トウマとともに、《エボン・フィールド》も消えていることに今さら気付く。

 それが不吉の象徴のように思えて……レイナは自分で自分の頬を叩いた。


 パシンッという乾いた音が、地底湖に響く。


「弱気になってる場合じゃないでしょう! しっかりしなさい、秦野玲那!」

「共犯者が!? あの光が原因じゃな?」

「たぶん。というか、他に原因らしきものは起こってないですよね」

「まったく完全に正論であるな……」


 ミュリーシアもボートに戻り、唇を強く噛む。口の端から血がこぼれ落ちるが気にしない。気にしている場合ではない。


「念のための確認だが、湖に落ちたわけではないのだな?」

「絶対とは言えないですけど。もしそうだったら、あたしも無事じゃないですよ」

「共犯者であれば、かばってということも充分あり得るであろうが……」


 トウマなら確かにやるだろうが、そういうことが起こったわけではなかった。


 では、どこに消えたのか。

 堂々巡りになりかけたところで、ロッド・オブ・ヒュドラを片手にノインもボートに戻ってきた。


「陛下、奥様。どうか、冷静に」


 幼いが落ち着いた表情に、今は焦慮の色を浮かべている。言葉ほどに冷静ではなく、自分自身に言い聞かせているようだった。


 ジルヴィオが多種多様な華と評した美女・美少女が集ったが、雰囲気は重々しく表情は苦々しい。


「ご主人様は無事かと存じます。恐らくは、でございますが」

「なにを根拠に……って、そうでしたね」

「共犯者と契約をしているのであったな」


 リリィやヘンリーと同じく、トウマと契約を結んでいるノイン。

 実際の絆はともかく、魂レベルの結び付きであればノインはリリィに匹敵する。


 その願いは、奉仕すること。その主な対象であるトウマが死んでいれば、契約は無効化される。

 だが、そんな事態にはなっていない。


「私めの中に、ご主人様との契約は結ばれたままとなっております」

「なるほどの。そう言われてみれば、レッドボーダーも一緒になくなっておるようじゃな」


 あの赤い大盾を掴んだまま、どこかへ飛ばされたらしい。

 であれば、最低限身を守ることはできるだろう。


 心配ないとは言えないが、落ち着きを取り戻すのに充分な情報でもあった


「しかし、現在の状況がどうなっているか分からぬのは変わらぬか……」

「どうなっていても、あたしたちで助ければいいだけですよ」

「心から、同意いたします」


 ミュリーシア、レイナ、ノイン。この三人の中からは、もはや神命クエストのことなど綺麗さっぱり消え去っていた。

 いずれまた蘇るかもしれないが、それはトウマが無事だった場合に限る。


「それで、あの爆発はなんだったんだと思います?」

「分からぬ。分からぬが、推測ぐらいはできるかもしれぬ」

「あー。ちょっといいか?」


 離れた位置から。

 つまり、こちらに近付こうとせず。距離を取ったままジルヴィオが遠慮がちに声をかけてきた。


 赤と緑と紫。三対の瞳が無遠慮に向けられると、ボートの上で光輝騎士がたじろいだ。陸上だったら、今この瞬間に回れ右をしていたかもしれない。


「つまらないことだったら、マジで命の保証できないですよ。あたしじゃ、ミュリーシアとノインを抑えきることはできないんですから」

「いや、あのな。うちの大将……ヴァレリヤも姿が見えなくなってるんだ、これが」

「なんで、もっと早く言わないんですか!?」


 レイナがいらだたしげに足踏みをして、ボートが揺れた。しかし、どこからも文句は出ない。代わりに、ジルヴィオを射抜く眼光はさらに鋭くなる。


「心配なのは分かるけどよ。いくらなんでも、さすがにトウマをどうこうってことは……」

「見えないところで、なにをやるか分かったもんじゃありませんよ」

「ああ。まあ、そうなるよな……」


 秘密裏にトウマを消そうとした張本人が、乾いた笑いを浮かべる。


 ジルヴィオが、ごまかすように煙草を取り出して口にくわえた。

 まだ火は付けない。だが、それも時間の問題だろう。


「もはや、一刻の猶予もないということのようだの」

「といっても、手がかりが……」

「そこよ」


 閉じた羽毛扇で手のひらを叩きながら、ミュリーシアは赤い瞳を


「天使の瞬間移動、憶えておるな? あの爆発と同じ色をしておった」

「出現時と、同質の力を持っているということでしょうか?」

「テレポートしたとでも言うんですか? じゃあ、どこに消えたか分からないじゃないですか。こんなことなら、指輪を返してもらっていれば……」


 悔恨に、レイナが強く唇を噛む。


「その場合、妾たちが残っておるのがいかなる理由かという疑問が残るのだがの」

「いえ。そういうことでしたら、私めとご主人様の契約が役に立つかと」


 アメジストのような紫の瞳を閉じ、ノインが意識を集中させる。


 思い出すのは、スチームバロンから救出されたときのこと。

 あのときとは逆に、トウマを助ける。


 そのために、意識の手を伸ばしていく。

 厳密にはアンデッドではないため、リリィやスケルトンシャークに比べれば弱いつながり。


 だから最大限に集中し、まぶたの裏にトウマの姿を思い浮かべ意識の同調を試みる。


「……いました」


 ノインの幼い顔に、喜色が浮かぶ。


 しかし、それは一瞬のこと。


「途切れて……」


 しかし、途中で失ってしまった。

 妨害されたというよりは、真空地帯にいるかのようにその先へ届かない。


「それって、まさか……」

「生きてはおられます。それは、絶対に」


 そうでなくては、届くも届かないもない。


「それでも、方向は分かりました。この奥から、ご主人様を感じます」

「良かった……って、この奥ってただの岩ですけど?」


 岩。壁。リリィであれば別だろうが、どちらにしろ道もなにもない。

 単純して完全に行き止まり。


「ノイン、大儀である。これで、やることが決まったの」

「抜け道を探す……わけじゃないですよね?」

「無論」


 アムルタート王国の女王、ミュリーシア・ケイティファ・ドラクルはそんなにまどろっこしいことをしない。


「おいおい、まさか……」

「ぶち抜くのだ。決まっておろう?」

「こっちも副団長がいなくなってるんだぞ? 一緒にいる可能性も高いだろうが。もし、巻き込まれでもしたら――」

「安心せよ」

「お、おう?」


 自信満々。

 満ちあふれているというよりは、自信しかない。


「そなたらには、神の加護があるのであろう?」


 一顧傾城。

 そこらの光輝騎士程度では逆らえぬ。


 最上で最強の微笑みだった。





「ここは……」


 トウマが目を醒まし、辺りを見回す。

 しかし、周囲に広がっていたのは目を閉じていたときと変わらない闇だった。


「地底湖でネイアードと遭遇して、天使が出てきて、シアが……」


 幸い、天井は充分な高さがあるようだ。

 手をつきつつ立ち上がり、まずは《エボン・フィールド》を展開する。


「あの虹色の光に巻き込まれて、どこかへ飛ばされたというところだろうか」


 非常識にもほどがあるが、現状を素直に解釈するとそうなる。

 天使の自爆に巻き込まれ、気付いたら見知らぬ場所にいたということに。


 ほの昏い、地下空間。水が涸れた、地下の洞窟だろうか。坑道のように人の手で削り出したものとも違うようだ。


「シア! 玲那! ノイン!」


 立て続けに同行者の名前を呼ぶが、返ってくるのは木霊だけ。

 どこだか分からない。そんな場所で、みんなとはぐれてしまった。


「向こうも無事だといいんだが……」


 それなのに、ミュリーシアたちを心配する余裕すらある。


「頼りにさせてもらうぞ」


 足下に転がっていたレッドボーダーを手にし、周囲の状況を確認するため移動を開始する。


 だが、それは一歩目で止まった。


 理由は、極めてシンプル。闇の中、《エボン・フィールド》越しでも分かる奇妙な塊。

 それは、先ほど別れた粘体の化物。

 醜怪なるネイアードが、行く手に立ちふさがっていたから。


「捨てる神あれば拾う神ありと、いうところか」

「――リカイシカネル」


 期せずして訪れた、ネイアードとの再会。

 こんな状況だが、トウマはぎゅっと拳を握って幸運に感謝していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] レッドボーダーさんへの厚い信頼感w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ