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101.ノイン、奮闘

「異界の神の性格が悪いのは、この際どうでもいいんです」


 舌打ちをこらえるような表情で、レイナがボートを踏みしめる。


「天使だろうとなんだろうと、向こうがやる気ならやってやりますけど」


 緑がかった瞳で、合計五体に増えた天使を睨め付けた。


「天使を倒しても、マジックアイテムになるわけじゃないというのが最悪ですね……と愚痴るぐらいしかやることがないのが最悪すぎます」


 済し崩し的に始まる天使との戦闘。

 それに参加できない。いや、足手まといになることしかできないレイナがぎゅっと小さな拳を握る。


「それなんだが、玲那」


 その手を、一回り大きな手が包み込んだ。


「センパイ?」

「案外、使えるかもしれない」

「根拠はあるんですか?」

「確証はない」

「乗ります」


 レイナが、ぱちんっと指を鳴らした。


 疑う時間も惜しい。否、トウマを疑うなど考えもしなかった。それくらい即座に、スキルの詠唱を始める。


「魔力を20単位。加えて精神を20単位。理によって配合し、生命樹の現し身を招請す――かくあれかし」


 先ほどと変わることのない構成要素。

 まったく同じ詠唱。


「《ミリキア・レギア》」


 しかし、結果は正反対。

 レイナの背後に、実体のない魔力で構成された巨木が生まれた。


「共犯者の言うた通りになったの」

「よく分かんないですけど、スキルが使えればこっちのものです」

「第二波が来るようです。ご注意を」


 オールを握ったノインの静かな声。

 トウマは、離れたボートの上でジルヴィオが身を固くする気配を感じた。


 これ以上、天使が増えるのは防がなければならない。


「シア!」

「任された」


 五体に増えた天使が、それぞれの腕からまた光線を発した。

 直撃すれば天使化する。別の生き物へと変えられる、死よりも恐ろしい攻撃。


 けれど、ミュリーシアは牙をむき出しにして笑った。


「さて、神蝕紀の天使と力比べとくかの」


 朱唇皓歯。

 艶やかな唇を舌で舐めると、影で無数の杭を編む。


「シラレコアウトコシクシエレコクエ」

「なにを言っておるのか、さっぱり分からぬわ」


 それをずらりと《エボン・フィールド》の外に並べ、ミュリーシアが黒い羽毛扇を一振り。


「文句があるなら、言葉を憶えてからにするがよい。これを受け切れたらの」


 一斉に黒い杭が飛び、天使の光線と衝突した。


 光と影。

 白と黒。


 対極なるものの共演。幻想的な光景が、地底湖に広がる。


「ふむ。互角……といったところかの」


 結果は、ミュリーシアがつまらなそうに言った通り。

 影の杭が天使の光線を迎撃し、ひとつ残らず相殺した。逆に言えば、天使たちにも攻撃は届かなかった。


 急造とは言え、天使五体とミュリーシアは互角という結果に終わる。


 それを、トウマは意外とは思わない。

 当然と受け止め、己のやるべきことに集中する。


「魔力を10単位。加えて精神を5単位、生命を5単位。理を以て配合し、排斥の鎖を編む――かくあれかし」


 迎撃と相殺がミュリーシアの役目なら、後始末はトウマの担当だ。

 余波が及ばないように、防御フィールドを張り直す。


「《エボン・フィールド》」


 詠唱が完成すると同時に、再びボートの周囲を負の生命力が覆った。

 その表面を、魔力の震動が撫でていく。


「今度は、普通の色ですね」

「……やっぱり、そうなったか」


 今度は、手応えも普通。先ほどだけが、違っていた。

 レイナのスキルが使えるようになったのと、同じタイミングで。


 原因に心当たりはあったが、今は追及もできない。


「まあ、その話は後だな」

「あたしも復活しましたからね」


 第二波で被害は出なかったが、天使はなおも健在だ。

 誰もが、忌々しげに頭上を抑える天使を見上げる。


 その天使は、相変わらず縫い付けられたように目を閉じたまま。表情も動きがない。

 そして、敵対的な空気も変わらなかった。


 問答無用。人も“魔族”も関係ない。


「さて、攻めねば始まらぬが……」


 ミュリーシアが、閉じた羽毛扇をもてあそぶ。


 空を飛べるとは言え、下は地底湖。しかも、ネイアードがいた湖。落ちたら、なにがあるか分からない。そのつもりはなくとも、用心はしておくべきだろう。


 その心配を解決したのは、レイナだった。


「ミュリーシアがなにを警戒しているのかは、よく分かりますよ」

「ならば、どうにかできると言うのかの?」

「もちろん。足場を作ってあげます、特別にですよ」


 恩着せがましく、得意げな表情を浮かべる。


「魔力を7単位。加えて精神を3単位、緑を30単位。理によって配合し、架け橋を描く――かくあれかし」


 レイナが両手を広げ、天井――むき出しの岩肌へ掲げた。


「《ビーンズストーク》」


 黒い《エボン・フィールド》のさらに先。半球状の岩肌から、太い蔦が何本も飛び出してきた。


 一本だけなら、まるで童話のような光景。


 しかし、出現したのは複数。

 緑色の丸くて太い蔦が縦横に交差して、地底この上に足場を形成する。


「……なんか、メルヘン度が足りないような」

「ちょっとSFみたいな感じがするな」


 薄暗いせいで、植物ではなく太いチューブが走っているようにも見えた。


「これは重畳。レイナにしては、気が利いておるではないか」

「感謝しても構いませんよ?」


 いつものように言い合うミュリーシアとレイナ。

 それを軽く受け流し、トウマがなにかに気付いたように振り返った。


「ノイン、こっちは大丈夫だ」

「承知いたしました。障害を排除いたします」


 ボートの上で腰を折ると、前下がりボブの黒髪が揺れる。

 頭を上げると同時に、和服にも似たメイド服を翻して《ビーンズストーク》に飛び乗った。


 流麗にして、可憐。


 思わず息を吐いてしまいそうになる動きだった。


「なんか、ノインはうれしそうですね」

「ストレスが溜まっていたんだろうか……」

「なに、純粋に喜んでいるだけであろうよ」


 前に出たがっていたのを感じて許可を出したのだが、トウマには一抹の不安があった。


 ノインは、どの程度戦えるのか。

 自ら望んだのだから、当然自信はあるのだろう。


 しかし、トウマはノインの戦闘能力を知らない。


 それはトウマの立場からすれば当然の心配だったが――結論から言うと杞憂だった。


 姿勢は低く、それでいて素早く。ロッド・オブ・ヒュドラを片手に疾走するノイン。


「レククデぎょトコオエぜレコが、オエトウレコでオコユン」


 その前に、天使が一体立ちふさがった。

 他の天使たちは、手を出さずに静観するものと、《ビーンズストーク》に便乗したヴァレリヤやジルヴィオに向かうものに分かれた。


 その対応の違いは、なにに起因するのか。

 気にした様子もなく、ノインは天使たちに肉薄する。


「その境遇は不幸とは存じますが、これも戦場の習い。お覚悟を」

「シコトデオデ」


 言葉を理解しているのか。それとも、タイミングが合っただけか。

 天使が四本の腕に装備した剣・槍・戦輪・杯から、光線を同時に放つ。


自動人形オートマタ過ぎぬ私めに効果があるかは存じませんが――この身も心もご主人様のもの。わざと当たって確かめるわけにも参りません」


 絡み合いながら螺旋のように迫る光線。

 ノインは蔦の橋を加速し、途中で高跳びの選手のように身を翻して回避した。


 もちろん、スカートの裾はひるがえしてもそれ以上の不作法はしない。


「残念でしたね」

「なにを言うのか。共犯者が願えば、喜んで見せてくれるであろう」

「あ、そういえばそうですね」

「あり得ない」


 ノインが片手を突いて着地すると、光線を放った天使が目の前に移動していた。


「《コル・ヒドレ》」


 ロッド・オブ・ヒュドラの能力を解放する合言葉。

 可憐な唇から紡がれたそれを受けて、絡み合っていた蛇の頭が仮初の生命を得て天使へと鎌首を伸ばす。


「レラククシラレコ」


 天使が四本の腕を駆使して迎え撃つが、すべてを撃退はできなかった。


 蛇の頭が片方の脇腹に噛みつき、もう一本がふとももに。肩に、脇にと四本の頭が天使に牙を突き立てた。

 そこから流し込まれた猛毒により、天使の白く光沢のある表皮がドス黒い色に変わる。


「失礼いたします」


 距離を詰めつつ、ノインがロッド・オブ・ヒュドラを元の杖に戻した。

 丸い蔦の道を危なげない足取りで踏破し、両手で杖をしっかりと握る。


「苦しまずに、逝かれますよう」


 そして、ロッド・オブ・ヒュドラを大きく振りかぶる。


 そこに闘争への喜びも、敵への憎しみもない。


 自らの役目を果たす。ただ、それだけ。

 部屋を掃除するのと同じ姿勢で、ロッド・オブ・ヒュドラを薙ぐように振るった。


「……オコべシウ!」


 最期に意味を成さない絶叫を上げ、天使の頭が吹き飛んだ。


 ふたつ、まとめて。

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― 新着の感想 ―
[一言] どうやら毒は効くらしい。元の種族依存なのかな? やはり昨今のメイドたるもの戦闘力は必要ですよねw
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