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100.神の使い、地の底から

「《エボン・フィールド》があるから大丈夫だ」

「センパイ?」


 地震にもかかわらず、トウマは動じない。

 日本人だから当然――というわけではないのは、レイナからのあきれた視線で分かる。


 けれど、この程度で退くわけにはいかなかった。


「シア、俺のことを守ってくれ」

「……やれやれ。まったく、共犯者はたらし(・・・)じゃな」


 ぱしっと羽毛扇を閉じ、ミュリーシアが牙をむき出しにして笑う。


「妾が責任を持とう。ノイン、細かい操船は任せるぞ」

「承知いたしました。ワールウィンド号にも劣らぬ安全と乗り心地を提供いたします」

「こんな状況だけど、話を続けさせてもらうぞ」

「タチサレ」


 トウマたちのやり取りは、なんら感銘を与えられなかった。

 なおも、ネイアード――醜怪な化物が壊れた機械のように同じ言葉を繰り返す。


「せめて、俺たちの国を見に来てはくれないだろうか」

「タチサレ」


 震動は、徐々に強くなる。

 そんな中で、《エボン・フィールド》越しにトウマはネイアードを正面から見つめ続ける。


「タチサレ」


 けれど、ネイアードは取り合わない。


 平行線。交わらない両者。


 そうなれば、光輝教会――ヴァレリヤ・イスフェルトの結論はひとつ。


神命クエストは、失敗。そう判断せざるを得ませんね」

「相手に聞く気がないんじゃ、こんなの無理難題じゃないですか!」


 背後から聞こえてきた、綺麗な。しかし、忌々しい声にレイナが拳を振り上げて抗議した。

 トウマに、そんな暇はない。だから、それはレイナの役目。


「レイナ、解決までの道のりが平坦な神命など存在しません」

「程度があるって言ってるんですよ!?」


 悪意があるとしか思えない出題に、レイナが憤る。


「神命の問題設定が達成不可能なのに、それで文句言われちゃどうしようもないでしょう!」

「神は無謬です」

「だったら、達成できない神命を出す時点でおかしくないです?」


 もうひとつの平行線。

 レイナとヴァレリヤの視線が空中で火花を散らす。


 ゆえに、もう一方の当事者であるトウマはじっとネイアードのことを見ていた。

 その眉が、ぴくりと反応した。


「ノイン、少し距離を取って。シア、悪いけどなにかあったら頼らせてもらう」

「承知いたしました」

「言われるまでもないが……なにか感じておるのか?」

「それは、俺じゃない。ネイアードだ」


 闇を見通す赤い瞳を凝らしても、ミュリーシアには違いは感じられない。

 相変わらず醜怪で、理性で押さえつけても生理的な嫌悪感がわき起こる。


「……なるほど。共犯者が正しかったようだの」


 それでもいち早く気付いたのはミュリーシアだった。


 閉じた羽毛扇が指した先。

 地底湖の天井に、靄のようなものが出現した。


「霧? 靄? でも、それにしては色がおかしくないです?」


 しかし、白くはなかった。《エボン・フィールド》越しでも分かる。


 それどころか、一色ではない。

 虹のように輝いていた。


 その虹色に輝く靄が、なにかに握りつぶされたかのように圧縮される。

 次の瞬間、引き延ばされたように拡大され。

 また次に見ると、今度は攪拌されたように渦巻く。


「共犯者、警戒せよ」

「……分かった」


 さすがに、それどころではない。

 悔しさを滲ませながらトウマがうなずくと、虹色の靄から白いナニカが飛び出した。


 指だ。


 それが靄を握り、大きく開いた。


「…………」


 同時に、ネイアードが地底湖に潜り込む。

 だが、気にしている余裕はない。


 靄の縁にかけた手は、四本あった。指ではない、手がだ。

 無理やり虹色の靄を押し開き、現世へと顕現した。


「……なんですか、あれ?」


 レイナが戸惑うのも無理はない。


 出現したのは、異形。それも、美しき異形だった。


 二対の白い翼と、光輪を持つ天使。


 しかし、下半身はひとつ。そこから、ふたつの胴体が生えていた。

 四本の腕は、どこから取り出したのか。それぞれ剣・槍・戦輪・杯を装備している。

 頭部もふたつで、それぞれ整った美貌をしていたが、まぶたは下ろしたまま。


 ミュリーシアよりも美しく、ノインよりも無機質で。


 ――気味が悪かった。


「レコアエレコアエシウレコ」


 睥睨しながら、謎の言語を発する。

 意味を成さない、言葉の羅列。


 意思疎通のスキルを持つトウマとレイナですら、理解できない。

 法則そのものが異なるのか、聞くだけで怖気が走る。


 トウマは、ネイアードよりも余程生理的な嫌悪感を憶えていた。


「キモっ。普通にキモイんですけど……」

「それで済ますのは、どうかと思うが」

「これが、天の配剤。我らが神の意思ですか」

「はあ?」


 後ろから聞こえてくる、怒りに震える声。

 レイナは本気で首を傾げ、サイドテールが地底湖に舞う。


「まさか、このような場所で天使に出会えるとは」

「はああぁ……。なんだよ、これの展開はよぉ」


 ヴァレリヤのみならず、ジルヴィオまで嫌々ではあるが得物を抜いた。

 光輝教会が、憤怒に震える理由があるのか。


「天使って、確かに天使っぽいですけど」

「羽根と輪っかがあれば、確かに天使になるの……か?」

「レイナには教えていませんでしたね。すでに、絶滅させたと思われていましたが……」


 光輝騎士団の副団長ではなく、レイナの教師としての横顔を見せるヴァレリヤ。

 だが、それも一瞬のこと。


「旧き神々の走狗。神の代理として数々の破壊を行い、人々を戦へ徴収した悪しき存在」


 ヴァレリヤが、剣の切っ先を天に屹立する天使へと向ける。


「それが天使です」


 つり上がった青い瞳には、怒りの炎が宿っていた。

 今や、ヴァレリヤは断罪の意思を体現する一振りの剣だった。


「シア、ノイン。どうなんだ?」

「まあ、そうじゃな……。敵対者を好意的に見るのは難しかろうて」

「神蝕紀は、闘争の時代でしたので」

「だいたい事実ってことか」


 ミュリーシアから、苦笑の気配がする。

 立場により感情は異なるだろうが、天使の所行は否定できないようだ。


「相変わらず……こう、ろくでもない世界ですね」

「世界というか、どちらの神の所行も迷惑すぎる」


 その結果召喚されたトウマが言うと、説得力しかなかった。


「でも、もう神々の衝突は何百年も前のことだろう? 今頃、天使が出てきて――」

「オエレラクデオクシン」

「問答無用かっ」


 意味の分からない言葉とともに、天使が四本の腕を振り上げる。

 四つの武器の先端から丸いさざなみのような光線が射出された。


 輪っかになった光線のひとつが、トウマたちのボートに飛ぶ。


 だが、なにかする前に《エボン・フィールド》で打ち消した。


「お見事でございます」

「……運が良かった。でも、これは――」


 てっきりこれで消えるかと思ったが、健在だ。

 やはり、普段よりも効果が上がっている。


「やる気ですか。望むところです」


 トウマの考察は、ヴァレリヤの声で中断させられた。


「《ナイアル・シュタン》」


 もうひとつは、ヴァレリヤのボートに着弾する寸前で切り払われる。多頭海蛇の首を落とした神気の刃は健在だ。


「どういう理屈でビーム斬ってるんですかね……」

「それよりも、同じことがジルヴィオにもできるのか?」

「無理に決まってるんだろ!?」


 天使から放たれた光線は、腕の数と同じ四つ。

 しかし、残る光輝教会の二艘に対抗手段はなかった。


「飛び移れ!」


 ジルヴィオがボートから飛び、なんとかヴァレリヤのボートへと乗り移る。


 それすらも、神速の反応。


 光輝教会の兵士たちは取り残され、船に光線が直撃。


 怪我を負う――ことはなかった。


 代わりにいくつもの輪になった光に囚われ――


「これが、天使の役目か。妾も、知らなんだわ」


 ――その光が消えると、天使になっていた。


 背中から二対の白い翼。頭上には光の輪。

 下半身はひとつで、ふたつの胴体。

 腕は四本、頭もふたつ。


 おぞましいまでに荘厳で、不吉なまでに美しい。


 ――気味が悪かった。


「なんということですか」

「……これで逃げられなくなったじゃねえか」


 ヴァレリヤの思考に、もはやネイアードのことはない。


 光輝教会に所属する者が。異界の神ナイアルラトホテップに仕える者が、天使に変えられた。

 その無念。悔恨。


 もはや、目の前の神敵を排除することだけしか考えていなかった。


「なあ、シア」

「いかがした、共犯者」

「光輝教会の神が言ってたまつろわぬ民って、この天使だったりする可能性はないか?」

「確かに、ネイアードと名指しされたわけじゃないですよね……」

「それはさすがに……いや、まつろわぬ民が一種のみとは言っておらなんだの」


 言いながら、あり得ると思えるようになったのだろう。

 ミュリーシアは五体に増えた天使を赤い瞳で見つめたまま、まなじりをつり上げる。


「だとしたら、とんだ食わせ者よ。いたずら者トリックスターにもほどがあるわ」


 異界の神。平和の名を持つナイアルラトホテップを、ミュリーシアはこき下ろした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 対話の余地がなさそうなのしかいない……(神殿騎士含む)
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