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001.崩壊はオーヴァチュア

※小説投稿サイトノベリズムにて契約(有料)作品として公開中の小説のなろう版です

 ノベリズムではイラストがついていましたが、こちらにはイラストはありません

 稲葉冬馬いなばとうまは、光輝教会に召喚された勇者である。


 それも、死霊術師ネクロマンサーの。


 勇者と死霊術師。

 どちらの視点から見ても、眼下の城塞都市は禍々しいとしか言いようがないのではないだろうか?


 遠目からでも、城壁や街の中にゾンビやスケルトンなど数多のアンデッドが徘徊している様が分かる。

 とても数え切れない。即ち、無数のアンデッド。不死種特有の負の生命力が、瘴気めいた陽炎となって都市全体から立ち上っていた。


 魔都モルゴール。魔王軍の拠点という、そのイメージ通りだ。


「あれだけのアンデッドを解放する……か。実際目にすると、とんだ無茶をやらされようとしているな」

「ああ。かなり離れているはずだが、寒気がしやがる」


 学生服の首元を緩めながら言う勇者に、旅人のような服装をした長身の男はもっともだとうなずいた。


「だが、トウマならできるだろう? オレたち光輝教会が待ち望んだ、死霊術師のクラスを持つ勇者なんだからよ」


 神々の大戦に巻き込まれた人類種を救うため降臨した、平和の名を持つ異界の神。

 純粋な祈りで、その神を招いた神徒。彼女を祖とする光輝教会。


 その光輝教会に召喚されたのが、異世界――地球ではただの高校生。しかも、受験を控えていた――トウマだった。


「駄目だったら、光輝騎士ジルヴィオの教育が悪かったということにしてもらおう」

「そりゃないぜ、トウマ。給料が下がったら、ツケが払えなくなる。勇者様が、庶民に迷惑かけちゃいかんだろ」


 ジルヴィオと呼ばれた、長身で灰色の髪をした青年に笑いかけるトウマ。


 こちらへ召喚されてから数ヶ月。教師であり、年の離れた兄のようでもあった光輝騎士。

 彼のお陰で、緊張は解けた。


 一緒に召喚された幼なじみから受け取った指輪に軽く触れてから、スキルの詠唱を開始する。


「魔力を100単位。加えて、生命を10単位、精神を20単位。理を以て配合し、不死者を連鎖爆砕す――かくあれかし」


 光輝教会によって、異世界へ召喚された勇者。その役目は、そこに巣くう無数のアンデッドたちを解放すること。


 トウマなら、それができる。

 トウマ以外の、誰にもできない。


「《ネクロティック・ボム》」


 死霊術師のスキルを解き放つと、手のひらに漆黒の禍々しい球体が生まれた。


「征け」


 術者の命に従い、渦巻く不吉な星が魔都へと飛ぶ。

 そして、城壁を徘徊する一体のゾンビに吸い込まれ――爆散した。


 黒い球体、《ネクロティック・ボム》はそこからさらに分裂し、隣にいた別のスケルトンに接触。そのスケルトンも同じように爆発して、また次のアンデッドへ。


 さらに爆発は連鎖する。

 次々とアンデッドたちを“解放”していった。


 城壁から、外縁へ。

 外縁から、内縁へ。

 内縁から、中心へ。


 あとはもう、自動的だ。


 まるで花火のように、アンデッドだったモノが魔都を彩っていく。


「……上手くいった」


 声に力は無い。それも、仕方のないことだ。

 規格外のスキルを使用したことで、魔力のみならず生命力や精神力まで削られている。

 貧血を起こしたかのように、吐き気もした。


 そんな状態でトウマの脳裏に浮かんだのは、一人の少女。ともに召喚された年下の幼なじみ、秦野玲那はたのれいなだった。


「……玲那に会わなくちゃな」


 聖女として活動する年下の幼なじみとは、ここのところ会話もできていない。


 魔王軍に存在を気取られないため、トウマの存在は秘匿されている。

 一方、それをカバーするかのように年下の幼なじみはまるでアイドルのような扱い。


 どこから手に入れたのか。お互いの距離や状態が分かる指輪型のマジックアイテムを受け取ってからは、顔を合わせることもなかった。


 その間の埋め合わせを要求される。

 これは、かなり大変だ。


 そう思いつつも、口の端は上がっていた。童顔が、さらに幼く見える。


「いやー。よくやってくれた。これで、任務達成だな」


 ジルヴィオの声に、トウマは振り返る。


 刹那。


 右手。指輪をしていた手が――飛んだ。


「――え?」


 手を切り落とされた。

 それを認識したのは、ジルヴィオが短剣を握っていたから。


 瞬間、激痛が走った。トウマは声にならない悲鳴を上げ、その場にひざまずく。


「その指輪があると、聖女様にトウマが死んだこと分かるんだろう? そいつは困るんだよな」


 いつもと変わらぬ人好きのする笑顔で、ジルヴィオはトウマを見下ろしていた。


「悪い……とは思ってないんだが、悪いのはトウマじゃなくて死霊術でよ」


 旧き神々が創造した負の生命力と、それを利用して生まれた新たな種族である不死種アンデッド。

 その技法を真似て、魔力に長けた妖精種エルフが創始した死霊術。


 死者を蘇らせ使役する邪法は、光輝教会が崇める異界の神ナイアルラトホテプが強く戒めた禁忌の術だった。


「この辺の事情は全部秘密にしてたんだが、理由は分かるよな。トウマをそのままにしておけない理由もよ」


 と、光輝騎士ジルヴィオは指で首を掻き斬るジェスチャーをした。


「そ、れ……は……」


 死霊術師のクラスを持つトウマは、理解している。

 死霊術の本質は、邪悪なものではない。


 悔恨を持つ死者の霊に呼びかけ、その未練を晴らせるようアンデッドとして活動させるのが本来だ。

《ネクロティック・ボム》も、現世からの解放を望んでいなければここまでの効果を発揮しない。


 邪悪な行いに見えるとしたら、それは死霊術ではなく死霊術師個人の問題だ。


 けれど、反論は声にならなかった。

 全身が熱く意識は朦朧として、凍えるように身を震わせることしかできない。


「いい感じに、毒が回ってるな」


 歓楽街で悪い遊びを教えようとしたときと同じ笑顔だった。


 魔力は尽き、体は毒が回って動かない。

 しかも、相手は光輝騎士。


 打つ手がなかった。


 トウマの脳裏に、サイドテールを揺らして頬を膨らます幼なじみの姿が浮かぶ。


(怒られるだろうな……)


 その時、大気を震わす轟音が響き渡った。

 毒を受けているトウマも、思わず振り返ってしまうほど。


「城壁が……。モルゴールそのものが、崩壊してやがる。まさか、トウマ……」


 轟音の原因は爆発。否、大爆発だった。

 ジルヴィオが、死霊術師へ畏怖の視線を向ける。


(違う……)


 買いかぶりすぎだ。いくら《ネクロティック・ボム》でも、そこまでの破壊力はない。


 それよりも、トウマがアンデッドを解放するのに合わせて聖剣軍も兵を進めているはず。

 光輝教会の呼びかけで各国から集めた軍勢も、あの大爆発に巻き込まれているに違いなかった。


 あまりの事態に、ジルヴィオも動きが止まる。


 だが、それで終わりではなかった。


「そなたも、いいように使い捨てられた口か。良かろう。妾が助けて進ぜよう」


 花月容態。

 見上げれば、そこに絶世の美女がいた。


 腰まで伸びる、真っ直ぐで美しい銀髪。

 背中から生える、一対の翼。

 一度も日を浴びたことがないような白い肌。

 その髪や肌に映える、深いスリットの黒いドレス。


 つり目がちで燃えるように赤い瞳には、怒りの焔が点っていた。


「ドラクルかっ!」

「いかにも。だが。お呼びではないぞ、光輝騎士。控えよ」


 頭上から、手にした羽毛扇を振り下ろす。


 それにあわせて、ドレスから影が伸びた。

 影が実体化し、杭のように伸びジルヴィオを貫く。


 ……かと思われたが、光輝騎士は身を翻してかわした。


 けれど、銀髪のドラクルの想定内。

 というよりも、最初から光輝騎士を相手にしてなどいなかった。


 実体化した影は、そのまま敵対する勇者――トウマの体を包み込んだ。

 まるで、赤子のおくるみのように。


「ふむ。手を切り飛ばされたか。光輝騎士というのは、情け容赦ないのう」


 ジルヴィオが手出しする暇を与えない。

 トウマと右手を回収すると、そのまま飛び去ってしまった。


「ちっ。こんなの報告できねえぞ」


 銀髪のドラクル――魔王軍に属する吸血種に勇者をさらわれた。

 しかも、あれは始祖に連なる貴種だろう。


 ジルヴィオは、地面を蹴り上げた。

 それだけでは収まらず、懐から紙巻の煙草を取り出すといらだたしげに火を付ける。


 煙が、トウマたちが消えていった東の空へと立ち上って霧散した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一気読みしたいと思って話数が伸びるの待ってました。 更新待ちもいいかなと思い直してスタートです。 追いつくの楽しみ。
[一言] 掲載の理由は素直に喜べませんが、新鮮な気持ちで一から読めるのは純粋にうれしく思います。 今後とも応援しています
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