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7話目


 王はかなりの高齢だった。

 背の高い玉座に腰掛けているにも関わらず、威厳というものが感じられない。痩せ細り、腰が曲がり、毎日に疲れて早く死んでしまいたいと望む死神にも見える。着ている礼装も体にあっていなくて、木の棒に布を羽織らせただけみたいだった。

 顔も瞳も髪も髭も、真っ白だ。


 舞踏会もできそうなほどの広間に玉座だけ。しかもそこにいるのは、先の六脚の椅子に着席した六人だけだ。


 テトラ達が入室すると、待ち侘びていたとばかりにメタ、へキス、ペンターが振り返ってくる。

 テトラ達は王の正面に立った。王が語り始める。長い髭が揺れたので喋っているとわかるが、そうでなければ体のどの部位も動いていないように見えた。


「テトラ・トルーシェ殿、オルト・トルーシェ殿。お二人に頼みがある」


 声も嗄れていて、聞き取るのに苦労した。


「パラ、あれを」


 傍に控えていたパラはすぐさまピローを運んできた。ピローの上には正六角形の白と金で華やかに造られた国章がある。

 王は細枝みたいな指で国章を差した。


「そなたに渡そう」


 テトラはしばらく王を見つめていた。もしかしたら王は視力をほとんど失っているのかもしれない。視線が交わらないながらも、王もテトラを覗こう、覗こうとしているのが伝わる。


 見たところ、国章に魔術は仕掛けられていない。


 手に取れば、他のものとなんら変わりない軌跡となってくれるだろう。テトラの人生になってくれるだろう。

 テトラは国章を受け取り、左胸に着けた。


 これで四九個の国章を得た。


 ──残るは、最後のひとつ


 やっと、やっとここまできた。

 あと一度の戦いで、全て()()()()()

 テトラは深く息を吐いて、なんとか感情を抑え込んだ。


「もう、いいのか?」


 沈黙に痺れを切らしたのか、オルトが訊ねた。誰もなにも答えない。

 テトラとオルトは見合って、ひらりと服を翻してドアに向かった。

 ドアノブを回し、ドアを開け放した瞬間──


「戦闘参加を要請する」


 狡猾そうな声が背中を刺した。

 瞳だけで振り返ると、王がしたたかに笑っていた。目を細めすぎて、ほぼ()いていない。

 玉座の前に立つ四人はこの流れを知っていたのだろう。

 逃さないぞ、という意思がひしひしと感じられる瞳で二人を見据えている。


「「……そう()たか」」


 兄妹はたったいま()けたドアを、閉めざるを得なかった。



◇◆◇◆◇◆



 テトラとオルトはまったく同じ姿勢でベンゼン国の言い訳を聞いていた。

 魔術団専用食堂のダイニングテーブルで、足を組んで頬杖をつく。テーブルを挟んだ向かいに並ぶメタ、パラ、ペンター、へキスが少しばかり気まずそうに視線を泳がせている。


「で、俺達は誰を倒せばいいわけ?」

「ていうかなんで兄さんまで参加しないといけない?」

「それは、その──」

「まあ俺はテトラが行くっつうなら行くけどよ」

「それを兄さんが言い出すならわかるけど、なんであなた達に言われなくちゃならんのか、納得できない」

「だから──」

「「ていうか早く倒す相手を言えよ。倒してきてやるから」」


 兄妹は返事の間隙を与えずに捲くし立てた。その息の合った様子にメタの顔がみるみる赤くなっていく。苛ついているのだ。こんな失礼千万な物言いをされた経験がないに違いない。だが、二人を騙した形になっているのは事実なので、なんとか(こら)えているといった感じだ。


 パラが引き継いだ。


「我々の最大敵対国、ルイスサン帝国が攻め入ってくるとの情報を入手しています。テトラ様が三二番目に国章を得た国です。覚えておいでですか?」


 覚えているはずがない。国章以外に興味がないのだから。それに三二番目ともなると二年近く前のことだ。知らん。

 忘却の彼方にあると察したパラが説明を再開する。


「ルイスサン帝国は海を挟んで、ベンゼン国とちょうど向かい合う場所にあります。そのため海上の国境を争い、しばしば戦闘があるのですが、非常に歯痒いことで、我々ベンゼン国と非常に相性が悪い。しかもこちらの分が悪いのです。


 ベンゼン国は魔術と体術に優れているものの、海上戦を不得手としています。船を作る技術と知識がないからです。なので、これまでは少ない船舶のみでしか対応できず、かなりの苦戦をしてきました。


 そして、その隙に地上から忍び寄ってきていたルイスサン帝国の騎士団に地上戦を強いられて、ベンゼン国は海と地で挟み撃ちされる格好になるのです。


 よって、前回までは我々のうち、魔術団を二手にわけ、メタ団長とペンターを海上へ、わたくしとへキスを地上へと残して、なんとか結界の加護と力を合わせて国土を守ってきたわけであります。そこで──」


 パラがちらりとメタを見た。結論を言うのは団長であるほうがいいと、メタの顔を立てたのだろう。

 メタは太い腕を胸の前で組んで、低い声で言った。


「地上戦をお前達に任せる」


 なるほど。大した重責だ。脇役どころじゃないぞ。

 テトラは下唇を突き出して、不貞腐れ顔をする。隣を見ると、オルトがやはりまったく同じ顔をしていた。

 二人は相手をおちょくるみたいに、同時に肩を竦めてみせた。

 メタが続けた。


「俺達の騎士団の実力は、ルイスサン帝国のそれの遥か上をいく。騎士団の統率さえ取れていれば負けはしない。だから国家魔術団は海上戦に注力する。なに、サポートをするつもりで参加してくれれば充分だ」

「騙くらかして、あとは丸投げかよ」


 オルトがごちると、かっとなったメタがテーブルを殴り付けた。


「騙してねえよ!! 本当に、ルイスサン帝国襲撃の情報は以前から入手してた!! そこにちょうどお前らが()て……! テトラの実力は噂で聞いている。だから、いま『国章渡し』の戦いを受けて我々の戦力が低下しては国土を守れねえと、国王陛下が判断したんだ!」

「そう言えばいいのに」

「本当だよなあ?」

「国章あげるよー。さよならー。やっぱり残ってーって、なんだかねえ?」

「なあ? それに、よもや団長サマのくせに一般市民に真実を隠すなんてよお──」


「「マジ性格悪い」」


「ぐぬぬ……ッ!」


 声を揃える二人のコンボに、メタは、もはや言い返せなかった。


「なんなのこの兄妹。意地悪世界一でも目指してんの?」


 呆れ顔のペンターのぼやきに、へキスが鼻で笑った。


 とにかく二人は地上を守ってやらねばならないらしかった。条件を呑んだのだから、そこは甘んじて受け入れよう。


 尽力するかは、気まぐれだが。

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