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6話目


 テトラは窓際のソファに腰掛けていた。

 膝を抱えて、太陽光を反射してきらきらと輝く中庭を見下ろす。豪奢な前庭とは異なり、中庭はほとんどなにもない。というのも、騎士団の訓練場も兼ねているからだ。


 きっちりと碁盤の目に立つ騎士たちは、彼らの体よりも大きな剣を振り回している。統率の取れた動きに無駄はなく、指揮官の声と騎士団達の気合が眩しい。目を細めても、瞼を下ろしてみても、その眩しさはどこにも行ってはくれなかった。


「サンドイッチで足りたのか?」


 同じく、ソファに座っているオルトが問うた。オルトは靴を脱いで胡坐をかいている。ひとつのソファの両端で全く異なる姿勢でいるのに心地良いのは、長きを共にしてきたがゆえなのだろう。


 ローテーブルの上には(から)になった籐のカゴが置いてある。小腹が()いたからと、食堂に再びお邪魔して作ってもらったものだ。


「今は充分」

「そうか」

「うん」


 しばらく沈黙が続く。

 ここはパラに案内された部屋だった。テトラとオルトのために二部屋を用意してくれていたのだが、兄妹は一室がいいと断った。二人は離れて過ごしたことがなかった。


 離れるという選択肢も、なかった。


 この部屋に来る道中で、パラは先の魔術師三人を大まかに紹介してくれた。


 まずはメタ。王家魔術団の団長。赤髪赤目のとおり、少々、血の気が多い。体術に魔術を織り交ぜるのが得意で、攻撃的な術を得意としている。やや乱暴な言動が多いが、その実、情が深く涙脆いのだとか。


 次に少年のペンター。なんとベンゼン国の第四皇子なのだという。だから魔術団には所属していないが、王族の中で最も魔術の才に秀でているため魔術団見習いとして術のコントロールを勉強している。金髪青目の可愛らしい少年だが、やや生意気なところがあるらしい。


 最後に無口なヘキス。濃紺の髪とは対照的な金色の目を気にして劣等感を抱いている。探求心が強く、一度気になったものはとことん追求する癖があるらしく、そのため、成長も早いというのがパラの評価だった。


 戦うとすれば、四対一か。それともトーナメント式か。


 どんな魔術を使ってくるのかがわからないとなると、トーナメント戦は不利になる。後続になればなるほど、テトラの出方の分析ができてしまうからだ。


 ふと、いつまでも読書しているオルトに目をやった。

 眠そうだった。


「寝る?」

「んにゃ」

「なに読んでるの」

「ベンゼン国の歴史」

「そんな本、持ってたっけ」

「さっきの応接室に並んでたやつ。少し、借りた」

「ああ。借りたのかい」


 そういう才能もオルトにはある。


「『ベンズの間』にある正六角形について書いてある」


 肩をびくつかせたのはテトラだ。

 なるほどそれを調べていたのか。

 オルトは古くなった紙を破らないように丁寧に捲り、語り始めた。


「ベンゼン国では、正六角形はどんな力を持ってしても崩れない守護のシンボルだとされている。建国の際に六人の魔術師が六脚の椅子に座り、城の最上階にある『ベンズの間』で六日六晩祈りを捧げることで神の加護を得られた。つまり国に災害が起きず、犯罪が起きず、魔獣にも襲われない結界を国土全体に張れたっつーことだな。


 しかし、建国から百年余が経過し、徐々に加護が薄れつつある。力が弱まってるってことだろうな。えーと、なになに? よってベンゼン国では、六脚の椅子が認める六人の魔術師を探し求めている。四人は既に見つかっているが、残るは二人。


 加護の崩壊より先に適合者を発見できるのか──だとさ。本当かよ、これ」


 自分で読み上げておいて疑うとはどういう理屈なのだ。


「適合者っつうのも、どうなんだかな。誰にでも反応できるようになって、いいように利用しようって魂胆じゃねえの? 魔力ゼロの俺が適合者な魔術師なわけないっうーのに。『国章渡し』については、結構、調べたけど、それぞれの国の伝説なんか興味なかったからなあ」


 テトラは答えなかった。

 まだ外の眩さに目を細めていた。もしかすれば兄はあの一員に加わっていたかもしれないと思うと、直視できなかった。


「……逃げるか?」


 呟くような提案に、テトラはようやくオルトを見据えた。

 オルトはなんでもないように、まだ本に視線を落としている。


「制覇しなくても、もう、いいじゃねえか。よくやったよ。ここまでの七年間、よくやった。充分すぎるくらいだ。誰もお前を責めやしないさ」

「……でも、どうしても欲しいものがあるんだよ」

「それって、なんなんだ? 俺にも秘密って、よほどのものなんだろ?」


 それは誰にも知られてはいけない真実。

 テトラは死んでからも言うつもりはなかった。


「俺はさ、テトラ」


 テトラと名を呼んだとき、オルトがしっかりと眼差しを向けてきた。いつものふざけた瞳ではなく、兄らしい慈愛に満ちた目だった。


「もう一度、お前を抱き締めてやりたいんだよ」


 揺らがなかったと言えば嘘になる。もう全てを投げ出して、諦めてしまうのも蠱惑的で抗うのに相当の労力を要した。

 でも、あと二つなのだ。

 最強を手に入れさえすれば、ある()()さえ手に入れられれば、全部が丸く収まる。


「大丈夫だよ。万が一、祈ってくれって言われたら六日間くらい祈ってあげよう」


 言うと、オルトも本心をしまいこんで、笑ってくれた。


「八食付きでな」

「ベンズの間に運んでもらおう」

「こりゃ食堂は大忙しだな」


 二人で笑い合ったところで、ノックがあった。

 ドアを開き、一礼をしてパラが入室してくる。


「国王陛下が直々にお話がしたい、とのことです。玉座にお越しいただけますか」

「お話がしてえんなら、そっちから()いよ。こっちは条件っつうの、満たしてやったんだから」

「テトラ様にもオルト様にも、利点のある内容です」


 うんざりした口ぶりでオルトは言った。ソファにふんぞり返って動かない。顎をクイッと上げて、相手を見下すような姿勢を取るのは不機嫌なときだ。眠いとき、よくこうなる。


「だから、そっちが()いって──」



「国章をお渡しするそうです」



 テトラは振り仰いだ。

 さすがに興味がない素振りをしていられない。

 パラが追い打ちを掛けた。


「国章をお渡します。今日、すぐに」


 どうやら重い腰を上げなければならないようだ。

 テトラとオルトは目配せさえせずに、同時に立ち上がった。

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