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魔術師は最強になるために禁忌をおかした  作者: 五日 八一
第二章 生き辛い現在、乗り越える過去
22/26

22話目 あるべきところへ


 この男はつくづくカンが鋭い。そしてつくづく、空気が読めない。今こそ夢を叶えんというときに横槍をいれるその神経の図太さにテトラは辟易した。

 ヘキス(こいつ)は、邪魔だ。


「戻るだなんて、言葉のあやだ」

「でも、おかしいだろ。半魔獣で生まれたくせに、戻るなんて。それに、よく考えてもみろよ。半魔獣だとしたら、自分の半分を消滅させようとしてるんだぞ? こんな魔術に侵蝕されまくってる身体にそんなことしたら、死ぬぞ」

「……確かに。仮に、後天的に魔獣の部分を受け入れたのだとしたら、戻るという発言も、やろうとしていることも理解できます」

「なんだっていいだろ。とにかく、早くやろう」

「はっきりさせようぜ。俺は殺人に加担するのは嫌だ」


 ヘキスは尚も折れなかった。


「私は死なない。大丈夫だから」

「じゃあ認めろよ、お前、何の魔獣をその体に封じ込めてんだ? それとも、()の?」


 途端、視線が集まったのはオルトだ。

 当のオルトは目をぱちくりとしている。テトラはオルトの前に立ち塞がって、視線を真っ向から受け止めてオルトを隠した。


「詮索はやめてくれ。あんたら、私に恩があるんじゃないのか!?」

「そうだとしても! 身体に呪文を刻むのがどれほどの禁忌かわかってるのか!? 魔術師として最悪にして最大の禁忌だぞ! それに加えて、さらに俺達にまで魔獣封印に加担しろっていうのか」

「うるさい!!」


 テトラの行動は実に感情に踊らされた悪手だった。

 へキスの止まらない言葉を、これ以上紡げないようにと唇を溶かす。そうして固めてしまおうとしたのだが、どろどろになった唇に勘付いたヘキスが防御の魔術を発動させた。


 どいつもこいつも、人の気持ちなんて考えずに正論を振りかざす。


 そのくせ、いざとなったら大衆や力に味方して助けてくれない。

 助かるには、幸せになるためには、強くなるしかなかった。

 幼いテトラが強くなるには、禁じ手を使うしかなかった。

 誰も助けてくれなかったくせに!


「今さら私に抗弁垂れる気かぁッ!!」


 防御の魔術を超える攻撃力さえあれば、防御なんて無いに等しい。だんっ、と左足を床に強く叩き付けると、衝撃がそのまま電撃となって波状的に広がった。

 パラとヘキスとペンターが三人掛かりで防ぐ。吹き飛んだところを狙ってまた別の攻撃を仕掛ける。メタが防ぐ。──が、防ぎきれずにしたたかに背中を打ち付けて、もんどりうった。

 誰かひとりでも殺してしまったら、棺を使えなくなるとわかっているのに昂ぶる感情を抑えきれない。


 これが、魔獣のせいだと知っている。


 自分の中にある魔獣がどんどんと大きくなって、体を支配しようとしているのを随分と前から感じていた。魔術に命を削られ、魔獣によっても命を吸われる。


 そんな自分を変えるために、最強ひとつを目指した。

 だが自分の中に魔獣がいる理由を、たったひとり、悟られたくない人がいる。なんとしてでも。


 たとえ、自分が死んだとしても。

 たとえ、自分が殺人鬼に成り果てたとしても。


 めちゃくちゃな攻撃を、テトラより格段に劣る四人が防げるはずもなかった。


 ──テトラ


 だが、双方の間に突然オルトが現れた。

 いつもの激昂型の彼ではなく、懇願するみたいな表情でふらふらと割って入ったのである。


 テトラは思わず放った攻撃と同等力の反属性魔術を発動させて、攻撃を相殺する。

 室内が落ち着いたところで、非難めいた声でオルトを責めた。


「兄さん! 危ないじゃないか! なに考えて──」

「……俺か?」


 オルトの目に、怯えが内包されていた。

 その恐怖がテトラにも伝わる。圧倒されて退()いたのはテトラだった。


 違う。


 そう言いながら首を振って否定したはずなのに、声が出なかった。違う。


「本当は俺が、魔獣の子なのか?」


 違う。


「俺のために、お前が俺の魔獣の部分を奪ってくれたのか?」

「違う!」

「なにが違うんだよ!」


 人はなにかを失うと、補おうと違う部位が発達する。視覚を奪われたら聴覚の能力が上昇するみたいに。

 オルトの場合は、記憶力だった。

 一度読んだらある程度は頭に残される。魔力がなくなったから、体力があり余る。


 オルトは頭を抱えて、苦しげに唸った。


「違和感があるんだ、俺の記憶に……。父さんを思い出したくても、父さんの顔を思い出しても、なんか、全然懐かしさを感じないんだ。俺の父親は、俺達の父さんは!」


 どんな顔だった?


 その問いに、テトラはついぞ応えられなかった。

 震える唇に力を込めて口を噤むと、オルトの目から涙が溢れた。


「魔術の中に、記憶を奪う呪文もあったな。お前の左の脇腹に彫ったのを覚えてる。それを、使ったのか」


 真実を言いたくもないし、嘘をつきたくもない。兄にだけは、()()()()、嘘をつきたくなかった。


 沈黙がすべての答えだというのに、テトラは尚も口を閉ざした。オルトが吼えた。


「なんでだ! なんで、こんなことをした!?」


 兄から奪った記憶は、兄妹が幸せに暮らすために消滅が必要だったもののはずなのに、どうして兄は失った記憶に苦しんでいるのだろう。

 テトラは、どこから間違えたのか、よくわからなくなっていた。

 過去を語るべきなのか、真実を伝えるべきなのか。わからない。


「……大丈夫だよ、兄さんはもう完璧な人間だ。半分になった魂が、元通りになってる。このまま魔獣を封じ込めれば、人間として暮らせるんだよ」

「それになんの意味がある!?」

「私達が暮らすためだ!」

「どうして、普通に暮らせなかったんだ?」

「人間共が半魔獣は生かしておけないって何度も何度も襲ってきたんだよ! 何度も、何度も!! あのままじゃ、兄さんは殺されてた!!」

「だから俺の中にある父さんの部分を奪ったのか!?」


 なんで、そんな残酷な質問をするのだ。

 オルトは泣きじゃくった顔を両手で拭った。深呼吸をして、テトラを睨み付ける。


「お前だって、半魔獣を蔑む奴らと一緒じゃねえか」

「そんなことない! 私は、ただ兄さんと──」

「だったら俺を受け入れろよ!!」


 そうして、オルトが突進してきた。

 なにをするのか意味を察したときには、もう遅かった。彼は人間にしては、俊敏にすぎた。

 気付いたときには背中をしたたかに打ち付けていた。うっ、と喉が詰まる。馬乗りになった兄の顔を見上げるより先に、その温もりに気付く。


 オルトの掌が、テトラの肌に触れていた。心臓の真上。


 封印の呪文が刻まれたその肌に、オルトの掌が乗せられていた。

 しゅう、しゅう、と熱風が隙間から漏れ出す音がして、真っ青な炎がめらめらと掌から溢れてくる。

 はっとした。


「やめろおぉぉぉぉッ!!」

「俺のところに戻ってこい!!!!」


 兄妹の声が揃った。

 二人の肌の間で青い炎が轟々と音を立てて弾けた。

 炎が生き物のように室内を暴れ回る。小さな体に閉じ込められた積年の恨みを晴らす龍みたいに、壁から壁へと飛び回っている。

 そうして最後には獣のような形になって、大きく牙を剝いた口が出来上がる。かと思うと、オルトの体をいっきに呑み込んでしまった。


 つかの間の静寂。


 硝煙が薄まると、テトラの体に乗っていたのは大きな黒い狐だった。目が闇のように暗く、光がなければひとかたまりの影にしか見えないだろう。


「兄さん……!」


 オルトは天を仰いで高らかに鳴いた。

 数年ぶりの真の姿に喜び打ち震えているのか、妹に嘘を並べられた悲しみだったのかはわからない。オルトはぶるぶると体を震わせて、走り出した。


「待っ……! 兄さん! 待って!! 行かないで!!」


 追い掛けようとしたが、一歩も踏み出せなかった。力が入らないのである。

 これが、魔獣を失くした代償か!

 オルトはもう扉を抜けて、既に遠くにいた。速い、速すぎる。魔術を使おうとした。力の加減をすれば、傷付けずに捕獲できるはずだ。


「待て! そんな体で魔術なんか使ったら死ぬぞ!」


 メタに制止されてしまう。

 気付かなかったが、テトラは両の鼻と両目から流血していた。

 もう、オルトが見えなくなってしまう。


 たったひとりの、守りたい人。

 たったひとりの、家族。

 たったひとりの、私を愛してくれる人。


 もう、手すら届かない。

 あの慈愛に溢れた目を向けてもくれない。


「嫌だぁぁぁぁぁッ!!」


 喉が裂けてしまいそうなほど叫んだのに、オルトは振り返りもしなかった。

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