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18話目 いざ最後の国へ


「本当にありがとう」


 メタは、握手しようと伸ばしかけた手を止めた。握られずに行き場をなくした手は、宙をさまよいながらメタの体の横へ戻っていく。

 兄妹は既に乗馬していた。


「俺達は国民の声を聞いて、公正な選挙を行い、次の王を決めることにする。あとは今まで通りだ。ベンゼン国を守るという任務を全うするよ」

「魔獣との戦いは、他に教官を見つけます。加護については、また適合者が出てくるかもしれませんし」


 パラは旅に同行しないと決めた。これ以上、国民でもないトルーシェ兄妹の手を借りるのは得策ではないと、皆で話し合って決めたらしかった。

 少し肩の荷が降りたのだろうか。

 四人の顔は晴れやかだった。

 テトラはペンターが気になった。祖父に殺されそうになった傷を、彼は受け止められたのだろうか。

 見ると、ペンターが笑った。苦笑だった。


「二人が羨ましいよ。けど、こんなのどこの国でもあることだからさ、多分」


 まだ乗り越えてはいないのだろう。けれど、現実逃避するほど、弱くはないらしい。テトラは頷いて、ゆっくりと馬を行き先のほうへと回した。


「じゃあ──」

「戻ってきてくれたっていいんだよ! 僕、勉強しながら待ってるから!」

「いつでも歓迎いたします」

「そのときは魔術団に入ってもらうけどな!!」

「……もう脅迫、しない」


 口々に別れを惜しんでくれているのはわかった。これまての国ではこんなことはなかった。早くどこかに行ってはくれまいか。早く消えてはくれないか。いなくなれば平和になるのにと、淘汰されてきた。四人の言葉はどこかむず痒くて、テトラはうまく返事ができない。

 極めつけに、クメンまでもが現れた。汗だくになっているのを見るに、仕事中に合間を見つけて駆け付けてくれたようだ。


「テトラ様、ご尽力いただきまして感謝いたします。次にお会いするときには、ぜひ妹にサインを!」


 熱く言ったクメンは握手の代わりに、胸に手を添えて頭を下げる敬礼をしてくれた。かと思いきや、片膝までつく。この世界での、最大の敬意を表す最敬礼だ。本来ならば、それは自国の国王のみに対してする行為である。

 テトラは珍しく慌てた。


「いやいや別にいいから。道場破りみたいなことしたのに感謝されるってなんなの。この国の人達おかしくない?」

「妹よ、照れんな」

「クソ兄貴が」

「おいおいおい、オニーサマ怒っちゃうよ、それは」

「とにかく!! 行くから!!」


 もうテトラは振り返らなかった。馬を走らせて、胸から込み上げてくるなにかから逃げようとした。けれど逃げ切れるはずがなかった。このむず痒さはいつまでも胸を温め続けようとする。


「いってらっしゃい!!」


 クメンとペンターの声が背中を押す。

 また胸が温かくなる。風を切って走っていて、冷たい風の中にいるというのに、体は妙な温もりを育て続けていた。


「久しぶりに言われたな。"いってらっしゃい"」

「知らないよ、そんなの」

「妹よ、照れんな」

「バーカ!!」


 二人は、最後の国へと走り出した。



◇◆◇◆◇◆



 最後の国は水の都『ヒドロフィルシティ』だ。シティと自称するだけあって、先鋭的な国造りを目指しているのは有名な話である。

 全方位を湖で囲まれたヒドロフィルは本来であれば船でのみ渡航できる島国だ。だが、そこはやはり近未来を謳うだけあって鮮やかな橋が掛けられている。橋は三つあり、通称エイチ橋、ツー橋、オー橋と呼ばれ、それぞれ色が異なる。


「すげえ橋だな。なにもねえように見える。透明だ」

「すごいね。使い古されてる。割れないんだろうね」

「だな」


 二人はツー橋のほうへ回った。

 橋を渡ると、これは見事な高層な家屋が多くある。他国の王城レベルの建物がにょきにょきと生えており、道の両側を壁で塞がれた一本道を歩いている気分になる。

 ヒドロフィルシティは国土が狭い。都市(シティ)と名乗るのも、国の大きさに由来するのだろう。それでも人口がベンゼンとほぼ同等なのは、同じ城に何世帯もが居住する間借り方式を取っているからだ。一室にひと世帯とすると、ひとつの家屋に何百と住めることになる。


「さて、どこに行けばいいんだかね」


 オルトは要塞のような家屋達を見上げながら呟いた。


「わからないね。探知してみよう」

「そうしましょう」


 馬を留め、テトラは天を仰いで、空に向かって口笛を吹いた。細く長くではなく、誰かを振り向かせるだけの短くてリズムのいい音だ。

 音が跳ね返ってくる。普通の人間には聞こえない微弱な振動だ。


「あっちに人が大勢いるみたい。そこで聞いてみよう」

「はいよ」


 辿り着いたのは、公園のような広場だった。短く刈られた芝生は水を撒いたあとなのか、きらめいていて行き届いている手入れを思わせる。

 そこに無骨な男達が並んで両腕を組んでいる。彼らは既にテトラがヒドロフィルに入国するとわかっていたようだった。タオルやバンダナを頭に巻いた彼らは日に焼けていて、腕も肩もぱんぱんに膨れている。ぴったりと肌に張り付く服が筋肉の稜線を顕著に主張していた。

 中央に立っていた筋骨隆々の男が大口を開ける。白い歯がやけに目立った。


「テトラ・トルーシェ!」


 男は別の男に小突かれている。そのあとで改めて続けた。


「……殿!」


 殿つけるの遅くね? とオルト。静かにしてろと目顔で訴えると、オルトは大仰に口端を下げてみせた。


「俺らの国がなぜ常勝なのか、知っているか!」


 問われ、オルトに目をやる。こういうときだけ俺を頼るんだから、と嘆息つく兄はそれでもその頭に詰め込まれている知識から、答えを引っ張り出してくれた。


「水の都『ヒドロフィルシティ』、別名『盾の都市』。ヒドロフィルには器用で有能な職人が集まっており、高層階の城をいくつも建設。装飾品、武器、生活用品の多くを手掛け、輸出している。国土に比べて豊かなのは輸出量が別格で多いためである。


 さらに特筆すべきは職人達が総力を挙げた盾。門外不出の制作方法で作り上げられた透明の盾は未だかつて誰にも破られたことがない。そのため、戦争になっても戦闘員は盾に守られて無傷で帰国するという伝説が根強く残る。魔術師が国の周囲に盾を利用した防御壁を立ち並べたおかげで、さらに島国であるということから物理攻撃は不可能。さらに陸から遠く離れているため魔術の力も及ばない」


 知識を披露し終えると、職人達らしき男衆は満足そうに頷いた。


「俺達に王はいねえ! 統率なんざクソ喰らえだ! 俺達は全員で話し合って、全員で『国章渡し』に相応しい戦い方を決めた! これだ!!」


 言って、徒党を組んでいた男達は左右に分かれて道を作った。

 その向こうにあるのは、大きな透明な箱。

 その中に、国章の置かれたピローがある。


「俺達の盾の材料で作った箱だ! 入口はないし、隙間もねえ!! ここから国章を取ってみろ!! 取れたら国章はあんたに──」


 また小突かれている。


「テトラ……殿にくれてやる!!」


 殿、遅くね? とオルト。

 そんなふざけたやり取りをしているなんて職人達は思っていないのだろう。取れるはずがないと自信に満ちた顔が並んでいる。


「これが俺達の戦い方だ!!」


 高らかに宣言された。


 はて、どうするか。初めてのパターンだな。

 テトラは深呼吸した。


 いい匂いがした。

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