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17話目 暴かれた思惑


「つまり、テトラに毒を盛ったのが四人の画策によるものだったと、王が判断したってことか?」


 クメンと共に兄妹は馬を走らせていた。処刑台への道中で事情を聞いている。


「そうなのです。そのため、国賓暗殺を企てた特級罪人として、即日処刑せよとの(めい)が下っております」

「それで、なんで騎士団が俺達を殺そうとまでしやがる?」


 問うと、クメンは顔をくしゃりと歪めた。


「陛下の命令によれば、ポリマーを襲撃させたのはテトラ様に相違ないと……。国外逃亡を阻止せよと……」

「つまり、全員罪人ってことか。なんだそりゃ。王サマは正気か?」


 三頭の馬は疾風のごとく森を抜けた。馬の足音が変化する。土から石畳道を蹴るようになったため、わずかに高くなる。


「国を守ってくれって引き留められたテトラが、なんで国を襲わせるんだ? 国章さえ貰ってりゃ、国なんかどうだっていいのによ」

「わかりません。自分達、騎士団もそんなことあるはずがないとは思いました。テトラ様が、わざわざ我々が魔獣に対する戦闘が不得手であるという情報を掴んでいるとは考えにくいし、国章という目的は達成しているし、なにより、ああして助けてくださったのですから。襲わせるつもりなら、敵いませんでしたと負けてしまえば済む話。国を守って、ベンゼンと繋がりを持とうとするのもよくわかりません。世界制覇さえしてしまえば、繋がりよりも強固な権力を得るのですから、意味がないのです。しかし──」

「王サマは犯人はテトラだと信じ切ってるわけか……。テトラを教官にしようってのは、誰の発案なんだ?」

「団長お二人です。陛下は反対しておりました。軍力を露呈することになる、と。しかし、実力の底上げこそ国の守備のためだとお二人が強く推して……」

「なーんか、話だけ聞いてると──」


「「王が一番の悪っぽい」」


 兄妹の意見は一致してるらしい。クメンはまだ信じられないという顔ではあるが、半信半疑のようだ。


「ここです!」


 処刑台とは王都の中央広場に設置されている斬首台のことだった。木造りの階段の先に首と手を固定する拘束具があり、今まさに大きな剣がへキスの首に振り下ろされんとしている。


 テトラは唇をすぼめて、ふっ、と蝋燭の火にそうするみたいに息を吹いた。

 それはまさに弾丸のような小さな空気砲となって、処刑人の持つ剣を弾き飛ばした。へキスの拘束具も解いてやりたいのだが、なにせテトラは狙いを定めるのが得意ではない。このままではへキス諸とも破壊してしまいそうだった。


「テトラ!」


 そう名を呼んだのは、死の順番待ちをしているメタ、パラ、ペンターだった。


「……孫まで殺すか……」


 その呟きに怒気が孕んでいることをオルトは気付いた。斬首台の正面に備えられた特等席には王が座っている。側近だけを連れており、国民はいない。国民には秘密裏に、だが公式に殺そうとしているのが見て取れる。


「兄さん」

「わかってる。俺は拘束具をぶっ壊してくる。クメン、お前は隠れてろ。とばっちりを食うぞ」


 クメンは一瞬、迷った顔をした。王に歯向かうのをおそれたのだ。馬と共に影へ隠れようとして、だが再び速度を上げて前傾姿勢を取った。


「自分は、妹に胸を張ることをします」


 おやおや、兄妹達は見合って、だが否定はせずに受け入れてやった。

 三人は二手に分かれた。

 四人を救出する二人と、王と対峙するテトラと。


 斬首台と王の間に滑り込んだテトラは、馬を落ち着かせながら王と真っ向から睨み合った。


 王の目は白く濁っている。なにを写しているのか、さっぱりわからない。だが、顔に浮かんでいる笑みはどうしても不遜に見えて仕方がない。


「これはこれは、魔獣と人間の女がまぐわって産まれた(おり)ではないか」


 王から発せられた侮蔑の言葉に、傍に控えていた側近がぎょっとして王を見た。だがすぐにテトラを向いて、職務を全うしようとする。


「殺せ。この国にポリマーを呼び寄せたのは、()()だぞ」


 もはや人間扱いはしないとみた。

 テトラは言った。


「メタ達を処刑してどうする。この国を守護する要じゃないのか。魔術団の戦闘力が著しく下がるんじゃないか」


 側近がまた王を見た。図星のようだ。あの四人は魔術団のトップの実力者に違いない。その四人を失うのは国力の損失と同じだ。

 オルトとクメンがテトラの隣に立った。二人によって解放された四人も並ぶ。七人は王の真正面にいた。

 処刑人が覆面を被ったまま、おろおろと斬首台から降りるのが横目で見える。おずおずと剣を拾いにいき、所在なさげにその場を後にしている。


「罪人は処刑せねばならぬ。それが例え、英雄達であってもだ」「なぜ、四人だと思うのだ」

「四人の他にいない」

「なぜ」

「魔術師としての力量の差に恐れおののき、嫉妬したのであろう」


「そんなことはしません!!」


 メタが講義したが、王は一瞥さえくれなかった。深呼吸をして、パラがあとを引き継ぐ。


「国王陛下。我々はテトラ様よりも格段に劣る魔術師ではありますが、ベンゼン国の魔術団を率いる身として誇りを持っております。妬みに狂い、テトラ様を(あや)めようとするなど、誇りを涜す真似はけしてしません。せっかくの適合者ではありませんか。また加護により、平穏安定なベンゼンに戻るのです。どうして我々がそれを阻もうとするのでしょう。お考え直しください。我々は忠実な──」

「聞く耳を持つな。罪人の命乞いぞ」


 王は蝿をそうするみたいに、掌をシッシッとした。側近は王と、七人を交互に見つめる。王の傍を離れてはならないとされているものの、幾分かの迷いが生じたのだろう。半歩、足が動いた。


「……あ!!」


 そのとき、張り詰めた空気をぶち壊す声を挙げたのはオルトだった。全員の視線がオルトに集まる。オルトは指をパチンと鳴らしてみせた。


「思い出したぞ。ベンゼン国の歴史 第二巻の最後の最後にあった、おまけページの三八ページ、建国総則第二八八条『敵対国に降伏する場合の国王の処遇』! ベンゼン国の存続が困難と判断された場合、ベンゼン国は降伏することができる。降伏時、王座に就いていた国王は自国からの降伏への誹謗中傷から守られる立場を与えられることを確約する。金云々、住居云々、小間使い云々! お前、それを狙ってんだろ!」


 王を指差しで指摘すると、王は痩せた顔をしどろもどろに左右に振った。


「そ、そんなことは知らん」


 そして、パラも答えに行き着いたようだった。


「なるほど。王座を手放すのは惜しいが、王でいるのは辞めてしまいたい。いくら前国王といえど高齢ですし、次期王が自分を敬ってくれるとも限らない、邪魔者扱いされるおそれもある。つまり安定した平和な余生を送るには国が邪魔であるという考えに至ったわけですね」

「けど、なんでテトラを戦闘に参加させようっつったんだ? 降伏してえなら、テトラを参加させないほうがいいじゃねえか」


 オルトとパラは勝手に話を進め始めた。

 ペンターは血の繋がった祖父に処刑されそうになったショックで呆然としている。この状況でも会話に入ってこようともしないし、目線がどこか虚ろげだ。当たり前だ。まだ少年なのだ、彼は。ヘキスが肩を抱いて支えてやっているから、なんとか立っていられるのだ。

 テトラは沸々と怒りがこみ上げてきた。


 家族のくせに。


「これは憶測に過ぎませんが、もしぞや陛下は、テトラ様が魔獣に敵わぬと算段なされたのでは?」

「つまり、テトラが負けるってか? おいおい、そりゃねえだろう。どんな誤算だよ。俺の妹がそう易々と負けるわけねえだろ、馬鹿にしてんのか!」

「テトラ様でも勝てなかったのだから、降伏するより他に道はない。そうして国民達を誘導しようとしたのではないでしょうか」

「けど、簡単に勝っちまったから……」

「方針を転換したんです。テトラ様を排除し、なおかつ、戦力の要であるわたくし達をも排除するほうへ。我々がいなくなれば敗戦は必至。降伏へまっしぐらです」

「なんて独裁者だよ。お前のご隠居生活に国ごと巻き込んだってのか!」


 オルトの怒号に王は怯んで椅子から転げ落ちてしまった。側近達が急いで支え、立たせてやる。王の威厳などすっかりなくなった。いるのは、自分の企みが失敗に終わって慌てふためくただの悪人だ。そして、吠えた。


「安寧を願ってなにが悪い! お前達! それが国王に対する態度か! 反逆者共め! 全員処刑だ! 処刑しろ! 処刑人はどこに行ったんだ!」


 この期に及んでまだ王は悪足掻きをして、ぎゃあぎゃあ喚き散らしている。

 もう見ていられなくなったテトラは、呆れ果てた表情のオルトに耳打ちした。


「王が死んだときの法律みたいなのある?」

「あ? あー、あったな。ちょっと待てよ、思い出す。えーと、一巻の三百ページ第四百三条四項、王が自然死した場合のみ、選挙によって次期王を決定する。自然死以外は世襲による第一王子がその座を引き継ぐ」

「ふうん。自然死、ねえ」


 おいおい、まさか。とオルトが勘付いたのをテトラも気付いたが、止められる前に発動していた。

 取り乱す王から側近が二歩、三歩離れた。

 ここだ!

 狙うのが苦手なテトラはある程度、側近が王から離れてくれるのを待ちわびていた。

 目に力を込める。王以外に視界に入れず、ただただその両目で王を凝視した。その口元に笑みが浮かんでいるのをテトラは隠しもしなかった。そしてそのときの両目の白目が虹彩と同じく真っ黒になっていることは自覚がなかった。

 顔の中にぽっかりと浮かぶ二つの空洞は、王を恐怖のどん底に突き落とした。


 あの目は、なんなのだ。


 きっと、そう疑う前に王は自分の体が乾き始めているのを感じただろう。

 喉が狭まり、呼吸が苦しくなっていく。

 王は喉を掻きむしってみているが、そんなことで呼吸ができるようになるなら誰も苦しんだりしない。


「きさ、ま! テトラ・トルーシェ! 王を殺すつもりか!」


 ひいひいと喉笛を鳴らす王の断末魔を聞きながら、テトラは大いに笑った。笑いすぎて、お腹を抱えたほどだった。

 笑いすぎて、その黒の空洞から涙が垂れるほどだった。

 落ち着いてから、言った。


「私が魔術を使ってると、どうやって証明するんだ?」


 その言葉を浴びせられて、王は絶望に沈んだ。

 呪文も唱えていない。体ひとつ動かしていない。魔道具もなにも使っていないテトラが、魔術で王を殺害したとは誰も証明できないのだ。

 王は追いすがるみたいに手を伸ばしながら、その場に倒れた。


「馬鹿だねえ」


 そう吐き捨てたテトラの目は、テトラに戻っていた。

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