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14話目 新たな足止め


「はあ!? 対魔獣の戦闘術を教えてくれだぁ!?」


 翌朝、テトラとオルトに国王が提案したのは莫大な報酬の代わりに魔獣を相手にした場合の戦闘を訓練してほしいというものだった。しかもテトラだけでなく、魔獣討伐の経験が多いオルトにも、騎士団の教官として尽力願いたいという都合の良すぎる内容だ。

 当然、二人は断った。


「無理、無理。俺達はな、先を急いでんの。あとひとつで旅が終わんのよ。わかる? あと少しで自由になんの。こんなところで、のんびりしてる暇はないわけ。行こうぜ、テトラ」

「うん」


 兄妹はそのまま玉座をあとにしようとしたが、ドアを塞ぐはへキス、パラ、ペンターだ。ペンターはきまりが悪いのか、へへへ、と苦笑している。


「なんだ、こいつら。死にてえのか?」

「兄さん、やっちゃう?」

「やっちゃいますか」

「待ってくれ! 話を聞いてくれ!」


 今にも殴り掛からんと肩回しをし始めたオルトとパラ達の間に、メタが割り込んだ。


「ルイスサンが今後も魔獣を使ってくるかもしれないのに、俺達はほとんど誰も、魔獣と戦ったことがない。結界の加護があったからだ。この国に魔獣が来るなんて、あり得なかった。頼む!」

「無理。国がどうなろうと、正直、どうでもいいんだよ、私達は」

「なんてことを言うんだ……! 一国がなくなるというのは、夥しいほどの犠牲を伴うんだぞ」


「それがどうした」


 冷たい声はオルトから発せられた。


「それが俺達に、なんの関係がある? 俺から言わせりゃ、さっさと降参しちまえばいいじゃねえか。そうしたら犠牲者を出さなくて済む。それとも敗戦国として苦労を強いられるのが嫌か? 敗者として奴隷みたいに扱われるのが嫌か? 戦って犠牲者を出すのが嫌なら、少しでも高待遇でいられる負け方を考えたほうがよっぽど平和だ」

「国を棄てろっていうのか」

「ほら見ろ。犠牲者だのなんだの言いながら、結局は国を守りてえだけなんじゃねえか。そんなクソみてえなプライドに付き合う気はさらさらねえ。そこをどけ」

「……頼む」

「だから──」

「兄さん」

「テトラは黙ってろ。今すぐ出発できるようにしてやるから」

「兄さん!」

「なんだ──」


 振り返ったオルトの顔がさっと青褪めたのを、テトラは確かに見た。

 テトラは強い目眩に襲われていた。世界がぐるぐると回って、立っていられなくなる。どん、と尻餅をついたはずなのに、その衝撃はまるでなくて、ただただその場に留まっているのがやっとだった。

 猛烈な嵐の中に飛び込んだみたいだった。

 息ができないくらい強い風が体ごと吹き飛ばそうとしてくる。傍から見れば、それはただの痙攣にしか過ぎないのだろうけれど、テトラは強風に耐えているくらいに激しい戦いだった。


「くそッ! 発作か!!」


 オルトは懐から革製の拘束具を取り出した。手袋を何重にもつけて、絶対にテトラに触れないようにしてから両手に枷をはめ、両足首に枷をはめ、さらに枷から伸びている紐を腰に巻き付けて四肢の自由を一切奪う。

 それから、オルトはなにもしなかった。

 テトラの痙攣が収まるのをじっと待つ。


「なんだ、どうしたんだ」

「うるせえな。いいから静かにしてろ」

「ポリマーとの戦いで負傷していたのか? ヘキスが治癒を得意としているから、今すぐに」

「無理だ! 魔術じゃどうにもなんねぇんだよ! テトラが勝たなきゃダメなんだ!」

「勝つ? 勝つってなんだよ! なにと戦ってんだ!」

「知らねえよ!!」


 頼むテトラ、戻ってこい。勝ってくれ。お前なら勝てるだろ?

 お前は負けないだろ?

 オルトの呟きはテトラの耳に届いていた。

 奥歯をぎしぎしと音の鳴るほどに噛み締めて、目の奥がぎゅっと痛くなるくらいに白目を向いて、ただ意識に反して痙攣する体を動かすまいとする。

 それだけでテトラは汗びっしょりになった。


 まだだ。

 あと少し。

 あと少しで終わるから、待っててくれ。

 それまで、まだそこにいて。


 呼吸が戻ってくると、テトラの目にはあの山が見えていた。

 家族で過ごしたあの山と小屋。緑の香る風。雨水が流れていく泉のせせらぎ。愛する笑い声。

 兄が手を握ってくれる力の強さ。

 幸せだった、あの日の記憶。

 それらが消えていくと、視界いっぱいにオルトの顔があった。自分を心配する兄の顔だ。


 勝った。

 私はまた、勝ったのだ。


「大丈夫か。もう、鎮まったか」


 問いに小さく頷く。

 大きく深呼吸をしてから、自分で拘束具を解いた。


「早くしないと……どんどん強くなってる」

「わかった、行こう。なあ、頼むよ、どいてくれ。俺達には、()()()()()んだ」


 さすがにテトラの状態を見せ付けられたメタはその場を動かざるを得なかった。

 不治の病なのだろうか。そんな中で世界一を目指しているのだろうか。ならば、命が消える前にいかせてやるのが人としての行いだろうという考えと、人らしからぬ発作に圧倒されたからだった。


「……わかったぞ。テトラの秘密」


 だが、断固としてドアの前を譲らなかったヘキスが固い表情で言った。

 はっと振り仰いだのはテトラとオルトの二人だ。テトラはよろめきながら立ち上がる。


「あんたになにがわかる」

「わかったんだ。なぜ、あんなに食欲があるのか。そして、なのになぜ、そんなに痩せているのか。なにより、どうして正六角形に弾かれたのか」

「言わなくていい。言って何になる」

「お前は──」

「「言わなくていいっつってんだろ!!」」


 兄妹揃っての牽制は、だが、無意味に終わった。


「魔獣のハーフだな?」


 テトラの目に僅かに安堵が浮かんだのは、重苦しい秘密を吐露できる場を見つけられたからだったのだろうか。

 テトラは射るようにへキスを睨み付けながら、耐えきれずに、ごふっ、と音を立てて吐血した。

 びちゃびちゃと音を立てて、どす黒い血が絨毯に染み込んでいく。


 二人には、いや、テトラには、時間がないのだった。

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