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12話目 メタの仕事


「なるほど、つまりルイスサン帝国はキメラの死骸を粉末にして撒いたわけか」

「そのとおり。ポリマーを形成するひとつひとつは小さな魔獣のモノムなんだけど、そのモノムは蟻みたいな性質で、死体を細切れにして巣に持ち帰って食べるんだ。団員の衣服に付着していた粉末を採取してみた。僕の分析によると、間違いなくモノムが好むキメラの死骸の粉末だった。荒削りのね」

「最初のルイスサンの騎士達は餌を撒くために襲撃してみせた、そんな感じですか」

「なんて奴らだ!」


 メタ、ペンター、パラは重苦しい表情で会議をしていた。ただ、騎士達の被害は最小限に抑えられた。そのとき地上の国境警戒に当たっていたのは二千人。野営組も合わせて四千になるが、不運にもポリマーと対峙したのは、そのうち一割弱だ。殉職者は三十人。重傷者はへキスが治癒に当たっているから、一ヶ月のうちにはこれまでと同じく動けるように回復するだろう。


 今まで魔獣との対面経験のない国を、三十人の命で守れたのは大きい。


 だが、メタはけしてその三十という数字が、少ないとは思えなかった。

 死んだのは若い騎士ばかりだ。怯まず、臆さず、果敢に立ち向かった彼らを自分はどうして守ってやれなかったのか。未来ある若者を。帰りを待ち望む家族がたくさんいる彼らを。どうして守ってやれなかったのか。

 海上に注力したのがよくなかったのか。これまでの経験を重視しすぎたのがよくなかったのか。


 魔獣をけしかけるという、道理に反する攻撃を考えつかなかった自分が愚かだったのか。


「テトラがいてくれてよかったです。森は……半分が死んでしまいましたが、国民には換えられません」


 そのとおりだ。わかっている。わかってはいるのだが、悔やまれる。


 そっと視線を移せば、その先には風呂に入ってさっぱりした顔の兄妹がいる。黒ずくめのテトラは手を休めることなく食事をしていて、森の半分を死滅させたとは、国を救ったのだとはまるで思えない。


「……なんて奴だ」


 それは恐怖に近かった。

 ポリマーをひとりで討伐し、あの広大な森を一面死滅させたその破格すぎる実力と、殉職者がいるというのに兄と笑いながら食事をし続けている人格が、どこか欠陥品みたいで不気味なのだ。


 壊れている。


 なぜだかはわからないが、メタはそう思った。


「団長」

「……」

「メタ団長」

「あ、ああ。なんだ」


 パラに呼ばれ、メタはようやくテトラから意識を外した。


「ご家族に()()に行かなければなりません」


 戦闘があるたびに戦死したのだと伝えている。そしていつも非難されるのは魔術団の長であるメタだ。


 魔術師のくせに守ってくれなかったのか。

 息子を返せ。

 魔術師のくせに。魔術師のくせに。魔術師のくせに。

 騎士は使い捨てか。


 これまで浴びせられた言葉を思い出す。殉職は圧倒的に騎士団のほうが多い。魔術団は希少なため、どこか守られる立場にある。魔術団員を庇って騎士が死ぬことも少なくない。


 それほどの力を持っているのに。


「騎士団長と行ってくる。パラとペンターは、へキスの手伝いをしてくれ。治癒をする人手が足りなくなってるころだ」

「了解」

「それから──」

「わかっています。兄妹を引き留めておきます」


 優秀な副団長で助かる。

 メタは無理に笑顔を作って頷いてみせた。

 そして騎士団長と共に街に向かう。足取りは重かった。



◇◆◇◆◇◆



 騎士団長と魔術団長が二人並んで街を行くということは、()()()()であると誰もが知っている。白の礼服を着るメタと、濃紺の礼装を着る騎士団長。道を行く人々が自然と避けて歩いた。

 そして目を合わせないように足早に去っていく。

 どうか、自分達ではありませんように。

 そう祈りながら去るのだろう。


「ここだな」


 小さな家だった。

 庭にはたくさんの花が咲いていて、野鳥のために餌箱まで用意している美しい家だ。前庭を通って、ドアの前に立つ。深呼吸したのは、団長のどちらもだった。ドアノッカーを叩いたのは騎士団長だ。

 しばらく、反応がない。

 もう一度ノックしようとしたところで、室内から足音が聞こえてきた。


「はーい、ごめんなさい、今、開けまーす」


 そう言いながらドアを開けた女性が、二人の団長を見たときの表情といったら。

 嘘よ、嘘。

 そう繰り返して、現実から逃げるように後ずさりする彼女の腕に抱かれている子供の小ささといったら。

 メタは勇気を奮い立たせて、報告した。


「本日、午前三時五十分。第四騎士団エチルが戦死しましたことをここに、ご報告いたします」


 団長ふたりは、揃って頭を下げた。

 それからは、やはり攻撃の相手はメタだった。泣きじゃくる女性がメタに詰め寄り、胸倉を掴んだり、服の袖口を引っ張ったり、肩をどんどんと殴る。メタは黙ってそれをさせるのが常だった。

 そして自分も毎度、同じ言葉を繰り返すのだ。


 申し訳ありません。

 申し訳ありません。

 若くも気高い騎士でありました。

 敵に向かって、勇ましくも立ち向かい、散っていきました。

 共に働けて光栄でした。

 誇りに思います。

 申し訳ありません。

 申し訳ありません。

 これからも全力で国を守っていく所存であります。

 よりいっそう、訓練に励み、このようなことを繰り返さぬよう精進いたします。

 申し訳ありません。申し訳ありません。


「申し訳ありません」


 自分は、何度、繰り返すのだろう。

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