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11話目 メタの焦燥


 メタは胸騒ぎがして仕方がなかった。

 静かに波打つ海は夜のせいで黒く淀んで見える。敵船はないし、風も穏やかだ。

 なのにメタの胸中はざわついている。

 布陣は完璧だ。

 四人の魔術団幹部がそれぞれ率いる母船が四舶あって、小回りのきく小船が常に警戒をしているのだ。いざ戦闘開始をしても、動き方を念入りに周知させた。抜かりはない。──ないはず。

 腕組をしながら、頭の中で戦法を何度も確認した。小舟には察知魔術を掛けてあるから、死角はない。探知が得意なパラを後衛に回して、集中させているし、そう、大丈夫。大丈夫なはず。

 見事、国境を守り、明日こそベンゼンの加護をより強固なものにしなければ。


 テトラ・トルーシェ


 あの女の実力は知らない。

 メタはあんな女を見たことがなかった。青白くて、恐ろしいほど痩せていて、暗い眼差し。この黒い海よりも濃い闇色の服に見を包む姿は、まるでとうの昔に死んでいるみたいだ。ドレスも着ないし、化粧もしていない、言葉遣いや所作なんて顔を顰めるほど野蛮だ。

 そんな女が世界を制覇しようとしている。

 本当だろうか?

 なにか裏があるのではないか。国家機密の漏洩を脅迫するとか。


 そこまで考えて首を振る。

 馬鹿馬鹿しい。四九の国が脅迫に屈するわけもないし、脅迫の種をそう簡単に庶民が握れるとも思えない。自分にあの女の魔力を測量する察知ができないからといって疑うのはよくない。団長の仕事は信じることだ。


 今はあの女を信じよう。


 それに、あの女が使い物にならなくても、兄貴のほうは肉弾戦には有効そうだった。そもそも地上戦で負けるはずがないし、とにかく加護のために引き止められればそれでいい。


 そのときだった。


「団長! 伝令から報告がありました! 地上、開戦です!」


 膝をついた若い騎士が告げた。

 緩んでいた緊張がいっきに高まる。


「きたか。よし、我々にも間もなく戦闘開始のときが来るぞ! 備えろ!」


 だが、それからしばらくしても敵船の一隻も姿を現さなかった。

 胸のざわめきが大きくなる。

 海が凪いでいればいるほど、最大の過ちを犯しているような気がしてならなかった。

 周囲を見る。国のほとんどの軍備が海に集結している。

 メタは堪らず、最後尾にいるはずのパラを呼びつけた。パラはすぐにやってきた。


「お呼びですか」

「ああ。敵船が近付いていないか、今一度、探知してくれないか」

「もちろん」


 パラは首からぶら下げていた小瓶の蓋を開けた。空気に触れ、中に入っていた液体が星空のように光り輝く。船首に立って、たったの一滴を海に垂らした。光が一瞬にして海全体に駆けていく。


「いません。これまでの経験によれば、間もなく地上戦に勝ちます。挟み撃ちをするには、遅すぎます」

「嫌な予感がする。パラ、地上のほうへ探知を──」


「団長! 魔獣が現れたそうです‼」


 船上がどよめいた。

 結界と加護のあるベンゼン国に魔獣が現れるなど、建国以来ありえなかった。接近さえなかったのに。

 これが加護の衰退か!

 メタはひどく感情任せに舌打ちをした。


「出現した方角を調べろ! 地上戦に配置した騎士の半数を討伐に当たらせるんだ! テトラだ! テトラを向かわせろ!」

「そ、それが……」

「なんだ!」

「魔獣はルイスサンが連れてきたと……! ルイスサンの騎士団は撤退! 地上戦は魔獣討伐一色になっているとの情報です!」


 なんということだ。

 ルイスサンは海上を囮にして、端から魔獣をけしかけるつもりだったのだ。

 対人訓練は山のようにしてきたが、対魔獣訓練は数えるほどだ。世界にはこんな魔獣がいるから気を付けろと、そんなレベルのものだった。

 早く助けに行かなければ!

 

 だが、本当か?

 このまま海を放って援護に向かった途端に、海上から敵船がうようよ現れるのでは?

 その隙を狙って、息を潜めているのかもしれない。

 どうする。どうする。


「現れた魔獣の種類は? グリフォンか? ウォルフか?」

「ポ、ポリマーです……!」

「な!? そんな馬鹿なことがあるわけねえだろ!」


 ポリマーは希少種だ。小さな魔獣の集合体。一個体になるには、餌が大量にあって一掃しようとしているとき、あるいは、一個体にならなくては倒せない相手がいると判断したとき──


「しまった……テトラか!」


 ルイスサンのやつらめ、テトラがベンゼンに入国したことを知っていて、戦闘に参加すると踏んだのか。凄まじい魔力を持つテトラを強敵とみなし、ポリマーに進化してしまったに違いない。


「パラは残れ! 海を守るんだ!」

「了解。死守します」

(みな)は俺に続け! 仲間がポリマーを食い止めている! 援護に行くぞ!」

「おお!」


 怒号は唸りとなって、国を横断した。



◇◆◇◆◇◆



「……俺は、何を見てるんだ?」


 メタが団員達と到着したとき、そこにポリマーは既に存在しなかった。

 国境からだいぶ離れたところで折り重なるようにして倒れている仲間達を何人も発見した。そのどれもが城に頭を向けていて、逃げてきたのだとわかる。血まみれで、四肢が潰れかけているものも多く見た。息絶えているものも、やはりいた。

 ポーションを飲む暇さえ、なかったのか。


「そんな、馬鹿な!」


 さらに国境へ馬を走らせる。


 木々が生い茂る森が、いっきに開けた。

 ひどい匂いがした。


「なんだ、これは……」


 ここはずっと森が続いているはずだった。

 緑がえんえんと続き、季節によって異なる色の花が多く咲く彩り豊かな森だった。小動物が戯れる憩いの森だった。

 ベンゼンは自然豊かな神に近い国だったはずなのだ。

 なのに、目の前に広がるは黒く濁った地肌だ。

 泥だろうか。

 とにかく強烈な異臭が胸をむかつかせた。


 そんな大地に黒ずくめのテトラが胡座をかいて座っている。


 メタは思わず馬から降りて、テトラの背に歩み寄っていた。

 地面はぬかるんでいた。足がずぶずぶと沈んで、絡みついてくる。


「なにを、したんだ」


 テトラは膝に肘をおいて頬杖をついた。白み始めた空を見て、呑気に「朝になった」と満足そうに言っている。

 見渡す限りの黒い大地に、なにか、大切なものを奪われた気がした。メタはどうしようもない焦燥を声に乗せていた。


「なにをしたかって聞いてんだ!」


 何を言うかという非難が込められた目でテトラはメタを見上げた。

 背後では負傷した団員達を介抱する声や、国境を境に無の地となった現実を目の当たりにして息を呑む団員達の気配がある。


「国とやらを守った」

「これが守っただと⁉ なんなんだ、ここは地獄じゃないか!」

「火もだめ、剣も槍も弓だめって言うから──腐らせた」

「……なに?」

「腐ったら動けなくなる。生命エネルギーを吸収すれば体を維持できなくなって、なんちゃらっていう雑菌が繁殖して腐る。まあどんな理由なのか詳しいのは兄さんに聞かないとわかんないけど、とにかく、それを利用した。ただ欠点がある。狙いをつけられないこと。こいつだけ、っていうのができない。だから、ポリマーを倒したら、こうなっちゃった」


 こうなっちゃった、だと?

 土も、木も花も、小動物達も、全て腐り落ちたというのか?

 この一夜で?

 たったの一夜で?

 メタは膝を付いて土を掬い上げた。

 はっとして、思わず体を引いてしまった。それは土なのではなかった。ぐずぐずに腐敗した花や木や葉や小動物達の肉だった。

 テトラの二つ名を思い出す。

 不触(さわらず)の魔術師──


「兄さんは? 次の国、行っていい? ていうか、お腹空いた。パンでもなんでもいいから、持ってない?」


 メタはこのとき心の底から痛感した。


 この女と戦わなくて、よかった。

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